家族の定義間違ってね?
――翌朝。
俺はユイのボロ小屋で目を覚ました。
「……うーん……」
昨晩、祠の前で言われた「契約が結ばれる」という言葉がずっと頭から離れない。
(なんだよ“契約”って……異世界にありがちな魔法的な何かか?)
ユイの蜘蛛の糸も気になる。あれ、絶対ただの糸じゃない。俺の心の奥に手を突っ込んで引きずり出そうとするような、嫌な感じがする。
(やっぱあの子、人間じゃねえんじゃ――)
「お兄ちゃん! おはようっ!」
「うおっ!」
いつの間にか目の前にいたユイが、俺の布団(という名の干からびた葉っぱ)にダイブしてきた。
「な、なんだ急に!」
「えへへ。朝の挨拶だよ? “家族”は、こうするんでしょ?」
(ちょっと待て、俺がこの世界で最初に助けたのがユイだったってだけで、なんかいろいろ進行早すぎねえか?)
「……なあユイ、昨日の話、もう一度聞かせてくれ。契約って、どういう意味なんだ?」
「それはねー……」
ユイは布団の中でごろごろ転がりながら、にっこり笑った。
「お兄ちゃんの名前を知るとね、“運命”が繋がるんだって。そしたら、私たち、もっともっと一緒にいられるの」
「もっとって……今だって毎日一緒にいるじゃん」
「違うの。今は“仮”なの。仮家族。だから、名前を聞いて、ちゃんと“本物”にならなきゃ」
「……え? もしかして、俺って“家族登録”されようとしてんの?」
「うんっ!」
「ノリ軽っ!?」
俺は思わず布団から飛び起きた。
(これ、冗談で済む話じゃねえぞ。名前を言うだけで契約って、異世界的には“魂を縛られる”とか“呪いが発動する”とか普通にあるからな!?)
「な、なぁユイ……そもそもさ。お前の“本物の家族”ってのは、つまり何をするのが条件なんだ?」
ユイは、少し照れたように両手をモジモジさせた後、唐突に言った。
「うーんとね……まず、一緒に寝て、ご飯食べて、名前呼び合って、将来的には……」
「やめろ! その先を言うな!!」
「えー? でも、お兄ちゃん、人妻好きなんでしょ?」
「ぶっ!!」
盛大に咳き込む俺。
「な、な、な、なんでその話に……!?」
「だって、昨日の夜、寝言で『人妻って言葉だけでご飯三杯いける』って言ってたよ?」
「聞かれてたの!? しかも割と重度のやつ……!!」
「だから、安心していいよ。私は人妻じゃないけど……いずれ、誰かの“妻”になる予定だから」
「おい!! おいちょっと待てそれってまさか……!」
「お兄ちゃんの、ね♪」
俺はそのまま寝床から転げ落ち、頭を打った。
(この子やっぱり人間じゃない。人間ってこんな発言しねえ!)
「ふふ……じゃあ、そろそろ“名前”の話に戻ろっか」
「待って! 一旦クールダウンしよう!お茶とか入れよう!異世界のカモミールとかない!?」
「お兄ちゃん……」
ユイの声が急に、ひどく真剣なものになる。
「ねぇ、本当に言いたくないの? 私のこと……まだ信じられない?」
「ち、違う! そうじゃなくてだな!」
「だったら、なんで名前教えてくれないの?」
「それは……その……」
「お兄ちゃんの名前、知りたいなぁ……」
ユイの手が、またふわりと浮いた。
――蜘蛛の糸だ。
細く、透明に近いそれが、俺の胸元へと伸びてくる。
「嘘をついたら、わかっちゃうよ?」
「お、おい! それ反則だろ! 嘘発見器とかAIかお前は!」
「ふふっ。お兄ちゃんが隠してること、ひとつずつ、解いていくね」
ユイはそう囁くと、俺の目をじっと見つめてきた。
吸い込まれそうな瞳。
その奥には、何か得体の知れない、深い欲望が渦巻いているように見えた。
(やばい。こいつ、マジで俺を逃がす気ない……!)
「……でも、大丈夫」
ユイは唐突に笑顔に戻った。
「お兄ちゃんの名前、言ってくれるまで……ずーっと、ここにいればいいだけだから♪」
俺は、震える手で干からびた木の実を口に運んだ。
しけった味がした。
(俺……このままここで、“家族”にされるのか……?)




