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家族

俺は今、少女の導きで森の中を歩いている。


……と言えば聞こえはいいが、実際は小学生くらいの子が「お母さんに会わせてあげる!」とウキウキで獣道へ手を引っ張ってくるという、ホラーとギャグの境界線を踊るような状況だ。

ユイが握る手の力が強くて少し痛い…


「もうすぐだよ。お母さん、今日はきっと機嫌いいと思うの。昨日の晩、虫をいっぱい取れたから!」


「虫!?」


「うん、サクサクしてて栄養たっぷり。お母さん、大好きなんだ~」


やめてくれ、どんどん“人間”のイメージから離れていってるぞ、お母さん。

(冷静になれ、俺。これは異世界だ。虫くらい普通に主食なのかもしれない。問題はそこじゃない。母親だ。母親が本当に“存在”するのか――それだけが問題だ)


そして何より、ユイはさっきからずっと俺の名前を聞き出そうとしてくる。


「ねえねえ、お兄ちゃんのお名前、教えて? ママに紹介するのに、名前がないと困っちゃうなあ」


俺はニッコリ笑って誤魔化した。


「じゃあ、紹介のとき“お兄ちゃん”って呼んでくれればいいよ。それで問題ないだろ?」


「……ふぅん」


ユイが笑った。

でもその目は、笑っていない。


その瞬間、ユイの小さな指先から、ふわりと糸が伸びる。


――また出た、蜘蛛の糸!


(俺の心読まれてる気がするんだよな……!明確な嘘をついたら何をされるかわからないから怖ぇ)


「名前、言ってくれないんだ。……じゃあ、お母さんに紹介するの、ちょっと困るなぁ」


「や、やっぱ名前はさ、もうちょっと仲良くなってからってことで……!」


「仲良くなってると思ってたのに……ショック」


うわ、出た! 全方向から罪悪感をぶん投げてくる!


俺が口ごもっていると、ユイは急に立ち止まった。


「……ここだよ。お母さんのところ」


目の前には、小さなほこらのようなものがある。木で組まれていて、なぜか所々に赤黒い染みが……いやいやいや!


「なあ、ユイ。これ、お母さんの“家”?」

「うん。お母さん、寝てるの。ほら、声かけて?」


「え、いや、あの……」


俺は明らかに、足がすくんでいた。


この異世界で、“母親”がこの中で寝てるって想像してみろ。むしろ生きてたら怖いわ。

ユイの母親は熊か何かなの?


「お母さーん! お兄ちゃん連れてきたよー!」


ユイが無邪気に叫ぶ。……だが、返事はない。


(そりゃそうだ。だって、お母さんいないんだろ?)

俺は人妻に会えるという淡い期待を捨て、ユイが母親というナニカが存在しないことを祈る。


ユイはしばらく耳を澄ませた後、寂しそうに言った。


「……やっぱり、今日は無理かも。恥ずかしがってるのかな。お兄ちゃんのこと、きっと見てるけど……」


(おいおい……なんで“見てる”って言い方するんだよ)


「じゃあ、また今度ってことで……」


「……でも」


ユイが俺の腕をぎゅっと掴んだ。


「お兄ちゃん、嘘ついてないよね? 本当に、お母さんに会いたいと思ってる?」


「えっ、そ、そりゃ……」


「ねえ、“本当”の気持ち、教えて? 名前も……」


また、あの糸が出た。


(ヤバい! このままだと何かまずいと得体の知れない恐怖が襲う!)


俺は咄嗟に話を逸らした。


「な、なあユイ。お母さんって、本当にここに住んでるのか? 例えば、別の場所で暮らしてるとか……あっ、そういえばユイとなんで別の所に住んでるんだ?」


「……ふふっ、やっぱり、気づいてるんだ」


ユイの口元がにぃ、と吊り上がる。


「でも、安心して。お母さんは、ちゃんとここに“いた”の。私と一緒に。……ね?」


俺の背筋が凍った。


(いた? 過去形? いや、“いた”ってなんだよ。過去に存在して、今は……?)


「……ねぇ、お兄ちゃん。もし、お母さんがいないって言ったら、どう思う?」


「え……」


「騙されたって思う? 私のこと、嫌いになる?」


「……いや、別に嫌いにはならないけど……」


「でも、名前は教えてくれないんだよね?」


クラッッ!

精神を貫かれるような視線。なんだこれ…


「……でもね、お兄ちゃんが本当に私を信じてくれたら……名前を教えてくれたら……それだけで、契約が結ばれるんだよ?」


「け、契約?」


「ふふっ。なんでもない、なんでもない♪」


ユイは祠にそっと手を添えて、何かを囁いた。

その後ろ姿は、やけに静かで、そして――少し、悲しそうだった。


「じゃあ、帰ろうか。お兄ちゃん。今日は、お母さん、ご機嫌ななめみたい」


俺は、歩きながら心の中で呟いた。


(……やっぱり、母親なんて最初からいなかったんじゃねぇか?)


でも、もう少しだけ確かめたい気もしている。


なぜなら――この異世界で俺の名前を知ろうとする存在なんて、今のところユイしかいないからだ。


「……なあ、ユイ」


「ん?」


「俺の名前……どうしてそんなに知りたがるんだ?」


ユイは振り返り、笑顔で答えた。


「だって、お兄ちゃんが“本物の家族”になるためには、それが必要なんだもん」


俺は、また背筋が冷えた。


――“家族”って、なんだよ。


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