……助けた? 誰を?
――腹が減った。
そして、喉も渇いた。というか、もう何もかも限界だ。
「文明ってすごいな……冷蔵庫のありがたみが身に染みるわ」
ここは異世界。魔法とモンスターの世界。
三日前に間男として轢かれ、目が覚めたら草原だった。
運も知恵もクズ大学生の底力で何とか生き延びてきたが、そろそろ限界。
食料なし、金なし、仲間もなし。あるのは、謎の青空と、巨大なトカゲに追い回された傷跡だけ。
昨日なんか、虫が這った果実を「タンパク質!」と自分に言い聞かせて食った。腹を壊した。
(どっかに村とか、集落とか、コンビニとか……)
と、ふらつきながら歩いていると――
「――っきゃああああああっ!!」
遠くから悲鳴。女の子の声だ。
でも俺は考える。
(関わったらヤバいやつだ……)
だが、音の方向と逆に進もうとすると、唐突に草むらから何かが転がり出てきた。
「うぉっ……ととっ」
ボフンと、俺の足元に飛び込んできたのは、やせ細った小さな女の子。泥だらけでボロボロ。何かに追われている様子だ。
(なんでこっちに来るんだよ!?)
俺はとっさに飛びのいた。その瞬間――
ドガァアアン!!!
彼女の転がってきた直後の場所に、巨大な牙を持った獣が地面を引き裂くように突っ込んできた。
(うわ……今の俺、巻き込まれてたら即死だったぞ……)
しかしその魔物、少女に向かって吠えた後、なぜか俺の方は見向きもせず、唸りながら立ち去っていった。
「……あ、あぶねぇ……!」
俺は冷や汗をかきながら、少女の方を見た。
「……う、うぅ……」
気を失ってるようだ。よく見ると、顔に切り傷、足にも怪我。たぶん、さっきの魔物から逃げてる途中で転んだのだろう。
(でも助けたのは……俺じゃないよな? たまたまこっち来て、勝手に助かっただけだよな?)
俺はそっと近づいて、少女の肩を揺らす。
「……おーい。生きてるかー?」
少女はゆっくり目を開けて、そして俺の顔を見るなり――
「……たすけて、くれたの?」
言葉は通じるみたいだ。
言葉が通じることに感動したが、助けたという言葉に冷や汗を垂らした。
左手が無意識にポケットの中にある願珠を握る。
「……いやいやいや、ちょっと待て? 今の助けてないよ? 俺、むしろ避けたし」
「……うれしい……ありがとう……」
「いや、マジで違うからね!? 俺は避けただけで! お前が勝手に助かっただけで!」
少女は涙を浮かべながら、俺の手をギュッと握ってきた。
「ユイ……っていうの。あなたは……?」
「いや、俺、名乗るほどの者じゃないっていうか、むしろ忘れてくれ……」
「……おにいさん、かっこよかった。たすけてくれて、ありがとう」
「かっこよくない!! 今、助けるっていうか完全にスルーしようとしたから!! 目撃者いるなら今すぐ連れてきてくれ!!」
そして――ポケットの中が微かに温かくなる。願珠だ。
見れば、わずかに光を放っていた。
(……発動条件、“助けた相手に好意を持たれる”……マジかよ)
ユイは、俺の袖を掴んで離さない。
その目は、なぜか――もう惚れた目をしていた。
(いや、待て、冷静に考えろ。今のシチュエーション、助けたとはいえない。
誰かがトラップに落ちて助かったとして、それをみてた第三者を“助けた”って言うか? それと同じ理屈だろ)
なのに、ユイは言う。
「……おにいさん、これからもいっしょにいていい?」
「えっ!? いやいやいや、方向が違う。むしろ、お前は俺から距離を取るべき立場だ」
「……こわかった。だから、もう、ひとりは、やだ」
「ぐっ……情に訴えてくるなぁ……!」
その瞬間、ユイの指から細い糸のようなものが伸びて、俺の身体に絡んだ。
「……つながった」
「つながらないで!? それ蜘蛛の糸!? なに!? 虫系ヒロイン!?」
「いっしょにいる。これからも。ずっと」
「いや、いやいやいやいや!! お前、助けてないんだって!!」
少女の勘違いと、謎のアイテム効果と、異世界テンプレのおかげで――
俺は、“助けたことにされた”。
(……もうダメだ。これ、どんな言葉で否定しても無理なやつだ)
俺は小さくため息をついて、草むらに座り込んだ。
「……マジで、助けた覚えはないんだけどな……」
それでも、少女――ユイはにっこりと笑って、俺の隣にぴたりと座った。