異世界初日、パニック開始
「……おぉぉ……マジかよ……」
草むらに突っ伏したまま、俺は現実を受け入れようと頑張っていた。
頑張ってはいたが、心が追いつかない。
空は広い。やたら広い。そして太陽が二つ。
そのうちの一つが、うっすらピンク色してるのがまたムカつく。
「……いや、何で太陽ピンク色なの!? 誰だよこの設定考えたの!」
思わず声に出してキレる。誰もいない。返事もない。
(……まじで異世界じゃん……)
目の前には巨大な木、知らない草、妙にデカいトカゲ(見なかったことにする)──
なにこれ、ファンタジーRPGの一番最初のフィールドみたいな世界。
「能力……スキル……メニュー画面とか……出ない?」
目を閉じて「ステータスオープン!」って叫んでみたが、風の音しかしなかった。
目を開けても、そこにウィンドウは出てこない。せいぜい視界に小バエが1匹飛んでるだけ。
「スキルも無し、武器も無し、パンも無し!? ……俺、村人Aじゃん……!!」
自分で言っておいて泣きそうになった。
とりあえず立ち上がり、周囲を見渡す。
「……いや、あれだけ偉そうに“記憶と知恵だけ持たせてやる”とか言っといて、丸腰スタート? 鬼かよババア!」
文句を言っても仕方がない。ボケた老婆に期待するのはやめよう
「とりあえず、なんか食えるもん探そう……」
森の木の実っぽいのに手を出してみるも──
「ん? これ、ブルーベリー……っぽ……いや待て、すっぱい! ヤバい味する!?」
ベッと吐き出す。
(あぶね……俺、今、麻痺から始まる死へのスローライフが始まるとろこだった……)
次に探したのは水。喉がカラカラだ。
小川の音を聞きつけて走る。泥に足を取られながらも、ようやく水辺へ到達。
「神……! やっと出会えた……神はいた……!」
両手ですくって飲む。少し冷たい。味は……まあまあ。
(やばい、文明って大事……ペットボトルのありがたさが身にしみる……)
体力が回復したので、今度は避難場所探し。
日も傾いてきてるし、野宿で死ぬとかイヤすぎる。
(洞窟……とか、木の下……いや、RPG的に考えると洞窟は絶対モンスター出る……)
木の根元のくぼみがほどよく隠れてそうだったので、そこに身を潜めることにした。
葉っぱを敷き、倒木を風よけに立てかける。
「ふっ……これが文明の力……俺のサバイバルIQ、意外と高いのでは?」
ただし、雨が降ったら即終了のクソ拠点である。
___
夜。
虫の声と、風の音。ときどき、遠くで「ギャッ!」みたいな動物の悲鳴。
(あれ……なんか俺、異世界で一番最初に食われるタイプじゃね?)
ガクブルしながら、草のベッドで震えていた。
「っていうか、冷静に考えたら何だよ“記憶と知恵は持たせてやる”って。そんなもん、日本の大学生の知恵なんかこの世界じゃ役に立たねーっての!!」
いや待て。こういうときこそ、悪知恵という名の生存戦略。
「まずは村を探す。そこに文明があるはず。人がいれば、言葉が通じるかもしれんし……」
いや、通じなかったらどうすんだ?
「仕草! 笑顔! 土下座!! 万国共通の人間語で乗り切る!!」
なにこの計画。先が不安すぎる。
それでも、星空の下で独り寝る夜は、不思議と心が静かだった。
(……あの人妻、今頃どうしてるかな)
思い出すのは、バカみたいな日々だった。
大学の帰り、寄り道した喫茶店。目が合って、笑って。
家族がいるのに、どこか寂しげで──
(……ああいう顔、ずるいよな)
火遊びのつもりだった。
けど、いつの間にか、火の中に飛び込んでいたのは俺だった。
(……もう、元の世界には戻れないのかな)
ため息をついたとき、夜空の星が一つ流れた。
「……まあいっか。明日、生きてりゃ、何かあるかもしれん」
俺は草の上で寝転がりながら、ふと呟いた。
「……この世界にも、人妻は……いるのか?」
誰も答えなかったが、夜風が少しだけ優しく吹いた気がした。