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マサヒトの再起動

朝――


森の隙間から差し込む木漏れ日が、俺の顔に遠慮なく降り注いでいた。


鳥の声が遠くで鳴いてる。小動物が木の上でガサゴソ動いてる。そして――俺の横には、相変わらずのユイが静かに胡坐をかいて座っていた。


ユイ。俺を「家族」と呼び、名前で契約を交わし、蜘蛛の糸で足を縛っては、満面の笑みで朝食を作る、そんな存在。


昨日の夜は、ユイのこと、俺のこと、そして――名前の話。つい、口が滑って俺は自分の名前を明かしてしまった。契約は成立した。

もう逃れられないかもしれない。だが…


「ふんふふーん♪」


ユイは朝から上機嫌だ。鼻歌を歌いながら、木の器にスープを注いでいる。虫の出汁に、薬草っぽい葉っぱが浮かんでる。殺傷力はなさそうだが、味覚に関してはたぶん攻撃してくる。


(今だ……)


俺は寝起きのふりをしながら、体をそっと横にずらす。今なら逃げられる気がする。


なぜ逃げたいのか――?


そりゃ決まってる。


人妻だ。


この森の外には、たぶん人間の集落がある。きっと、家庭を持った成熟した女性たちが、柔らかな笑顔で朝のパンを焼いてる。俺を見て「困ってるの?うち来る?」って言ってくれるかもしれない。そんな尊い存在が、この森の向こうにいる――気がする。


もちろん、それは俺の願望だ。だが、そんな妄想一つで、この束縛系自称家族から逃げ出すには充分な理由になる。


(このまま森でユイと二人きりで生活していたら、たぶん俺は、俺じゃなくなる)


朝起きれば隣にいる。夜眠れば夢にも出てくる。しかも最近、「お兄ちゃん、私の部屋作るために、骨と肉の家を建てたいな」とか、ホラーじみたことまで言い始めている。


(やばい、やばすぎる)


俺の理性が叫んでいた。人妻に出会うこと。それは、俺の魂を救済する聖なる冒険。


(俺は行く。ここを出る!)


そっと、足を動かす。蜘蛛の糸――もう絡んでない。ユイは俺を完全に信じ切ってるのか、それとも……いや、考えるな。今は、走れ。

ユイとの生活でこの森で食べれるものもなんとなくわかるようになった。

ユイとの共同生活も今日で卒業だ!

このまま、面倒が増えていく前に…旅立つことにする。


そう決意して、立ち上がる。するとユイの鼻歌が止まった。


俺は息を飲んだ。


――だが、振り向かない。


そのまま一歩、もう一歩とユイから離れようと歩を進める。


「いってらっしゃい」


不意に、背後から声がした。


ぴた、と足が止まる。


……え?


「朝ごはん、冷めちゃうけど……まぁ、戻ってくる頃には、また温めてあげる」


振り向くと、ユイはニコニコ笑っていた。


「いや……あの……」


「うん。お兄ちゃん、頑張ってね。大丈夫。私は、ちゃんと見てるから」


その笑顔が、あまりに自然すぎて、逆に怖い。


(……見てる?どこから?)


「太陽に向かって歩けば村があるから、そこで、きっと素敵な“人妻”に出会えるよ」


俺の背筋が凍った。


「でも、お兄ちゃんは優しいから、きっと誰かを傷つけるようなことはしない。人妻と不倫なんてしない。ね?」


「…………うん?」


「だから、私は信じてる。……もし裏切ったら、糸を喉に通して、肺から心臓に結びつけて、ずっと“家族”でいられるようにしてあげる」


(おい。ちょっと待て)


「それじゃ、行ってらっしゃい♪」


ユイは手を振った。


俺は、走った。森の小道を抜けて、ひたすら走った。


でも、なんだろうな。


逃げ切れた感じが、しない。


俺は走りながら、脳裏に浮かんだあの笑顔を、何度も思い出していた。


……いや、これはダメだ。


これはきっと、“逃げる”んじゃなくて、“泳がされてる”んだ。


俺は今、ユイの手のひらの中で、必死に「自由」を演じてるだけ。


でも――それでも、人妻に会いたい!


その欲望だけは、俺の中で燃え上がっている!


そう、俺の旅の目的は明確だ。


人妻、人妻、人妻!

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