007 合同学習
とまぁ、ここまで来ればお察しの通り、千咲の一週間はダンジョン漬けなのである。
学校に行き、授業でダンジョン学習があればダンジョンに行き、その後はバイトでダンジョンに潜る。休日はギルドの公募バイトに応募してダンジョンに潜り、公募が無い場合は個人でのパーティーの募集に応募してダンジョンに潜る。
それが、千咲の生活。
「……ねむ……」
眠たげな眼を擦りながら、千咲は授業を受ける。
「では、午後のダンジョン学習ですが、こちらはギルドの方々との合同学習となります。ギルドの方々に指導いただきながらの攻略となりますので、ギルドの方々の言う事をよく聞いて学びの多い攻略にしてください」
授業の最後、担当教科の教師がそう締めくくる。
それを聞いて、そう言えば今日はギルドとの合同学習だったと思い出す。
ギルドとの合同学習はギルドとしても、学校側としても実のある事だ。ギルド側からすれば新人を育成するための練習にもなるし、学生を護衛対象として護衛する練習にもなる。
ダンジョンでは時として救助活動を行う事もある。パーティーが壊滅的な被害を受けて、ダンジョンから離脱するのが難しくなった場合は救助活動が行われる。その時、パーティーメンバーを護衛するのも救助を依頼されたギルドの仕事だ。
また、学生からすればプロの戦い方を知る事が出来る上に、安全を確保して貰った上で戦う事が出来るので、普段は戦わないような相手との戦闘を行う事も出来る。
それ以外にもギルド側は有望な生徒と繋がりを持つ事が出来るし、学生も就職先の一つとしてどういうギルドなのかを知る事が出来る。千咲達の通う学校は冒険者を育成するだけの学校では無いので、就職先は多岐に渡るけれど、ギルドもその多岐に渡る就職先の一つである。こうして知っておくのも生徒の為になる。
生徒達は学校が用意したバスに乗ってダンジョンへと向かう。
「……空が赤い」
バスに揺られながら千咲は窓の外を見る。もっとも、最後尾の五人掛けの席の真ん中に座っているので窓は遠いのだけれど。
「ああ、確かにな」
独り言のつもりだったけれど、隣に座っていた冬華は千咲の独り言に言葉を返す。
「あら、本当ですね」
冬華と挟むように千咲の隣に座る竜胆も、窓の外を見て同意を示す。
冬華からの返答があった事にも驚くけれど、その後に竜胆が返答した事にも驚く。まぁ、ただ単に千咲の言葉が聞こえて窓の外を見て気付いただけだろう。
そう思って、千咲はその後の言葉を続けなかった。どうせ、そのまま二人で話を始めるとも思った。
だが、千咲の予想に反して二人は何も言わなかった。冬華は窓の外を見たままで、竜胆は続きを促すように千咲を見やる。
独り言に続きなんて無いので、千咲は特に何も答えないけれど。
そうして、バスに揺られながら千咲達はダンジョンに辿り着く。
ダンジョンには既にギルドの面々が到着していた。ランクBのギルドが今回の合同学習の教導訳である。
「それでは、パーティーごとに別れてダンジョンに潜ってください。くれぐれも、安全第一でお願いします」
元々割り振られていたのか、ギルドのパーティーがどのパーティーに付くのかは決まっていた。
千咲達はギルドのパーティーを伴ってダンジョンに入る。ダンジョンはランクD。メンバーを考えれば、充分に安全は確保されていると言えるだろう。
「じゃあ、今日はよろしく。聞きたい事とか、思った事とか、なんでも言ってみてくれ」
パーティーリーダーの男性が冬華達に優しく言う。
「はい、頼りにしてます」
竜胆が外行き用の笑みを浮かべて返す。パーティーリーダーの冬華はこういう対人関係は苦手なので、愛想の良い竜胆がいつも対応している。
言うまでも無く千咲は対応しない。ずっと後ろで事の成り行きを見守るだけだ。今回もそれは変わらない。
合同学習だとしても千咲のやる事は変わらない。千咲はいつでもパーティーの後方で荷物持ちである。
ギルドのメンバー五人。千咲達五人。計十人はダンジョンに足を踏み入れる。
「……っ?」
ダンジョンに入った瞬間に背筋を氷が這うような怖気が走ったような気がした。一瞬、ほんの一瞬だったけれど、潜在的な恐怖を掻き立てられるような気持ちの悪い感覚に思わず足を止める。
「桃花、どうしました?」
足を止めた千咲に竜胆が声を掛ける。
「……別に」
変な怖気が走った、なんて言ったところで竜胆は納得しないだろうし、気のせいだと一蹴するに違いない。
「では離れず付いて来てください。ランクDとは言え、桃花では一人になったら危険な場所ですからね」
「……分かってるよ」
「いつも来てる場所ではありますが、油断は禁物です。いつ何時、何が起こってもおかしく無いのがダンジョンなんですからね」
「だから分かってるって」
くどくどと注意をする竜胆に、鬱陶しそうに顔を顰める千咲。
「その子の言う通りだぞ、坊主。ダンジョンには罠もあるし、特殊個体が湧く事だってある」
注意された千咲に、更に注意を促すように引率のギルドメンバーの一人が言う。
彼の言う特殊個体とは本来そのランクのダンジョンに現れる事が無い、上位のランクのモンスターの事である。特殊個体にも個体差があり、一概にどのランクでどの程度の強さの特殊個体が現れるのかも定まってはいない。
ただ一つ言える事は、特殊個体が現れたらろくなことが無い、という事だけだ。何せ、強さが桁違いだ。ランクDで出現する特殊個体ですら、ランクB程の強さがある。
「後は、階位上昇だな。特殊個体と一緒で滅多に起こる事は無いがな」
階位上昇とは、ダンジョンのランクが急激に上昇する現象の事である。特殊個体と同じで原理不明。突然起こると言う事しか分からない。上昇するランクもまちまちで、過去にはEからSへと変化した事もある。
特殊個体も階位上昇も確率はかなり低いけれど、決して無いとは言い切れない。
もっとも発生件数はかなり少ないので、発生した現場に居合わせる確率の方が低いのは確かだ。
「なんにせよ、油断無く、だ。ダンジョンに居る時は、気を引き締めておけよ」
「……はい」
普通に注意され、普通に反省する千咲。
「なんだか、私の時と素直さが違いませんか?」
「オレはいつだって素直だよ」
素直にムカつくし、素直にイラついているだけである。誰だって、馬鹿にされて嬉しい事なんて無いのだから。その気持ちを素直に表しているだけだ。今みたいに普通の注意にも素直に自分の非を認めて反省はする。
千咲の言葉に納得が行っていない様子の竜胆ではあるけれど、千咲を詰めるよりもプロのアドバイスを聞く方が大事だと判断したのか不服そうながらも何も言い返しては来なかった。