006 平敷衛
時雨の相手をしている間にダンジョン内の安全が粗方確保された。千咲は時雨から離れ、他の者と共にダンジョンの中へ入る。
魔物の死体から素材を剥ぎ取り、ダンジョン内の鉱石を採掘する。
千咲はピッケルとナイフを使って、素材を集める。
えっさほいさと汗水垂らして仕事に打ち込む。自分にはこういう作業の方が向いている。チームワークは関係無い。ただ無心に素材を剥ぎ取れば良い。
黙々と真面目に作業をしていれば文句を言われる事も無ければ、馬鹿にされる事も無い。たまに作業が遅いと言われる事もあるけれど、皆千咲に構っている程暇ではないのでそんな事を言うのは余程千咲の仕事ぶりに不満がある者くらいだろう。もしくは、他人から見て時雨と仲良くしているように映る千咲をやっかんでいるかである。
「休憩だ!! 休憩―!!」
監督役が声を張り上げる。
このバイトではお昼を支給されるので、ダンジョンから出てお弁当を受け取る。お弁当を受け取った千咲は木陰に座ってお弁当を食べる。
ランクAのギルドが支給するだけあって、お弁当は良い所のお弁当屋さんのを用意されていた。冷めているけれど、普段食べている物よりも美味しいので、千咲にとってはこのお弁当は密かな楽しみでもある。
このお弁当は労働の対価だと千咲は考えている。なので、正当な対価だと思えば美味しいお弁当を食べる事に対しては何の抵抗も無かった。だが、時雨のようにただ与えて来るだけの美味しい食べ物には抵抗がある。それは、正当な対価ではないから。
「あー、しょうねーん。美味しそうな物食べてるねー」
木陰でもぐもぐお弁当を食べていると、時雨が自分のお弁当を持って千咲の所へやって来た。時雨の持っているお弁当は千咲が食べている物よりも上等な物である。
当たり前と言えば当たり前だ。ギルド所属の高ランク冒険者と、募集された雑用係である千咲達が同じお弁当を食べられる訳もない。だとしても、千咲が食べているお弁当は良い物なので、文句は無い。金払いも良いうえに、支給されるお弁当も美味しいなんて最高である。
「ハンバーグ弁当かい? 良いねー。ボクのステーキ弁当と交換するー?」
「いらないっす」
断りながら、千咲はハンバーグをもりもり食べる。そもそも、もう手を付けてしまっているので交換など出来るはずもない。
「そっかー。残念。ボク、ハンバーグの方が好きなんだよねー」
と、心底残念そうにしながら、時雨は千咲の隣に座る。
「一口交換しないー?」
「……まぁ、良いですけど」
「ありがとー」
時雨は千咲のお弁当からハンバーグを一口分箸で切り分けると、自分のお弁当へ移す。そして、元々切れているステーキを一切れ千咲のお弁当へ移す。
「うん。美味しー」
ハンバーグを食べ、満足そうに頬を緩める時雨。
何も言葉を返さず、千咲も貰ったステーキを食べる。美味しいは美味しいけれど、ハンバーグとの違いが分からない。どちらも、千咲からしたらとても美味しいものなのだから。
やはり、高ランクの冒険者ともなれば良い物を食べているから違いが分かるものなのだろう。
千咲はゆっくりとご飯を食べる。休憩時間は一時間。ゆっくりご飯を食べていても時間内には食べ終わるし、そのまま休む時間もある。
力仕事だから疲れるけれど、労働環境は良い。給料も高いし、美味しいお弁当も支給される。千咲がこのバイトがあるたびに募集しているのは、他のバイトに比べて良い点が多いからだ。
千咲の事を知って馬鹿にされたような視線を感じる事はあるけれど、直接言われる事も無ければあからさまな嫌がらせをされる事も無い。もしそういう者が現れても、監督官が直接注意をしてくれるのでそれも働きやすさの一つだ。
大手ギルドなので、そう言った行為を行う者に対しての指導は厳格だ。ギルドもイメージ商売。悪いイメージが付けば人も集まり辛くなる。
美郷達のように個人同士となると、どうしても千咲を馬鹿にする者は出て来る。その事に関しては仕方がないと諦めているけれど、だからといって気持ちの良いものでは無い。
「御剣さん、こんな所に居たんですか」
もぐもぐとご飯を食べていると、一人の男性が二人の元へと歩いてくる。
「なーにー?」
「なーにー、じゃ無いですよ。作戦会議の時間、もうとっくに過ぎてますよ」
「あれー? そだっけー?」
「そうです。さっさと行ってください」
「待ってー。今かき込むからー」
言って、がつがつとお弁当をかき込む時雨。一切恥じらいを持たずにお弁当を口の中にかき込む姿を見て、男性ははぁと一つ溜息を吐いた。
もぐもぐごっくんと食べ終えると、空になったお弁当の容器を持って立ち上がる。
「またねー、しょうねーん」
ばいばーいと手を振って去っていく時雨。
男性もその後ろに付いて行くのかと思いきや、男性は千咲の方に視線をやる。
「随分と、御剣さんと仲が良いようですね」
「……はぁ」
まさか声を掛けられるとは思っていなかった千咲は、少しだけ反応が遅れるも、別段仲が良いとは思っていないので気の抜けた返事しか出来ない。
ただ、こういう場合、流れはいつだって決まっている。相手は高ランクだからお前とは釣り合わないだとか、身の程を弁えろだとか、低ランクの癖に調子に乗るなだ――
「貴方さえ良ければ、引き続きあの人の話し相手になってあげてください」
「………………はい?」
思わず、上ずった声が出た。
距離を置けと言われると思っていたので、まさかその逆の事を言われるとは思っていなかったのだ。
距離を置けと言われれば素直に距離を置くつもりだった。というかそもそも仲良くは無いので距離を置く必要も無いのだろうけれど。それが、引き続き話し相手になって欲しいと言われるだなんて思いもよらなかった。
「何分、あの人は苦労が多いのでね。友人もそんなに居ないようですし、貴方のように話せる相手が必要なんです。貴方と話をしている間、あの人は随分と肩の力が抜けているようです。そういった時間は、誰しもに必要な事でしょう」
そこまで言って、男性は胸ポケットから名刺を取り出し、千咲に渡す。名刺には『平敷衛』と記載されていた。
「これ、私の連絡先です。この現場で何か不当な事があれば、私に連絡してください。それでは、午後の作業もよろしくお願いします」
衛はぺこりと一礼をすると、時雨の後を追った。
あまり見た事無いタイプの人物と接触したので、思わずぽかーんとしてしまったが、千咲は名刺を無くさないようにポケットにしまった。
対等に見ている訳では無い。時雨のご機嫌を取るための相手だと認識しているはずだ。それでも丁寧な態度を崩さず、最後に一礼までしていく礼儀正しさ。
対等に見られていないとは分かっている。そも、時雨だって衛の方が立場は上だと分かっている。それでもその礼儀正しさを崩さない衛の姿勢に、不覚にも酷く心を揺さぶられてしまった。
千咲の中で衛は、今のところ両親を除けば一番好感度が高い人物となった。それだけ、衛の礼儀正しさが心に刺さった。