004 芳村美郷
結局、その日の千咲の稼ぎはそんなに多くは無かった。バイトして稼ぐよりは稼げるけれど、命を張った割には少額である。
学校には戻らず、そのままダンジョン前で点呼をして解散。
「冬華、カラオケ行きません?」
「あー……どうすっかな」
「それよりさ、ゲーセン行こ、ゲーセン。ウチ、欲しいぬいぐるみあるんだよね」
「え~。それよりドーナツ食べよ~よ~」
冬華達が放課後に何して遊ぶかを話し合っている間に、千咲はさっさとバイト先へと向かう。
「あっ……」
死ぬような思いするダンジョンの後だと言うのに、これから向かう先もまたダンジョン。
後ろから冬華の声が聞こえた気がしたけれど、ダンジョンを出た今、冬華達は千咲に用があるはずも無い。自分の事では無いので、千咲は振り返る事無く去っていく。
バスに乗り、バイト先であるダンジョンへと向かう。
千咲の行うバイトは、荷物持ちである。ダンジョンで採取した鉱石や魔物の素材等を持ち運ぶだけの仕事。とはいえ、奥に進めば進む程荷物は増えるし、筋力的にそんなに多くは持てない。
また、上位ランクとなれば魔法袋と呼ばれる、見た目以上に多くの物を収納できる袋を持っている事が多いので荷物持ちは必要無い。逆に低ランクは取り分を決めておいて荷物持ちを雇う事がある。命を張る事が無いので取り分は他の者よりも安くなってしまう事は多いが、それでも普通に働くよりは多く稼げる。
次のダンジョンに辿り着いた頃にはすっかり夕方になっていたけれど、今回のダンジョンは迷路のようになっているので中に灯りがともっている。夜になっても灯り等を持ち歩かなくて良いので、昼夜問わずに冒険者が集まるダンジョンでもある。
ダンジョンランクはD。他の者にとってはそんなに危険が無いダンジョンだけれど、千咲にとっては格上のダンジョンだ。気を引き締めて挑まなければいけない。
時間ぴったりに到着した千咲だったけれど、千咲の姿を見た男は不機嫌そうな顔を隠しもせずに声を荒げる。
「おい、おせぇぞ! 無職のくせに待たせんな!」
「……すんません」
怒鳴られた千咲は不承不承ながらも謝罪をする。こういう時は言い返すよりも謝った方が早いと学んだのだ。謝りさえすれば、ぐちぐち言いながらも引き下がるのだから。
自分を疎む相手の対処など慣れたものだ。
今回募集のあったパーティーは男が三人の女が二人の五人パーティー。学年は違うらしいが全員大学生であり、同じ大学のサークルメンバーなんだとか。なんでそんな事まで知っているのかというと、本当に、本当に珍しい事ではあるのだけれど、このパーティーメンバーの一人が千咲に優しくしてくれるからだ。
「ちょっと、そんな言い方無いでしょーよ」
怒鳴った男に、むっと眉を寄せて注意する一人の女性。
「気にしないで、千咲くん。時間ぴったりだから!」
そう言って、女性は千咲の頭を撫でる。
「……っす」
ぺこっと頭を下げる千咲。
「チッ」
その様子を面白く無さそうに見る千咲を怒鳴った男。
千咲を庇ってくれたのは、大学二年の芳村美郷。美郷は珍しく千咲に優しくしてくれる人物の一人だ。
今回のバイトの募集は、ギルドに所属していない冒険者がよく利用する国営のパーティー募集サイトから応募した。ギルド所属はそもそもギルド外の冒険者を募集する事は殆ど無い。フリーで活躍している者を勧誘したり、鉱石や素材の運び出し等で多くの人員が必要な時に募集をしたりもするけれど、基本はギルド内で全て収まる。
そのため、国営のパーティー募集サイトを使うのはギルドに所属していない冒険者くらいだ。美郷達のように、ちょっとしたお小遣い稼ぎでダンジョンに潜る者はたまに利用したりしているらしい。
因みに美郷の反応から察する事が出来ると思うが、千咲が美郷達と一緒にダンジョンに潜るのは初めての事では無い。何故だか千咲を気に入ってくれた美郷が、毎回千咲に連絡をしてきてくれるのだ。
「チッ。おら、さっさと行くぞ」
美郷が優しく接してくれているから、千咲も誘いを断る事は無いけれど、美郷以外のメンバーはあまり千咲を良く思っていないだろう。何せ、ステータスの低い千咲に固執する理由なんて一つもないのだから。
「さ、行こ。千咲くんは一番後ろね」
「……っす」
美郷に促され、千咲はパーティーの最後尾を歩く。
「千咲くん、進路の事とか考えてる?」
「いえ、全然」
「まぁ、高校一年生だとそうだよね。私は色々迷っててさ。色々ね先輩とかの話も聞いてるんだけど――」
ダンジョンに入って直ぐ、美郷は千咲とお喋りをしだす。と言っても、喋っているのは殆ど美郷で、千咲はそれに相槌を打つだけだ。
現状、高校すらまともに卒業が出来るか怪しいのに、進路の事なんて考えている余裕は無い。
「そう言えば、新作のフラッペ飲んだ? あれ凄く美味しかったよ」
美郷は話したい事が多いのか、話題があっちこっちに飛んで行く。
「この間猫カフェ行ったんだけど――」
「すっごい厭味な事言う教授がいてさ――」
「そう言えば、ランクAのダンジョンまた出たってね――」
止めどなく話題が出て来る美郷に、千咲はこくりこくりと相槌を打つ。
流石に戦闘になれば口を閉じるけれど、戦闘が終われば直ぐにお喋りを再開する。
喋る事が好きなんだろうなと思いながらも、千咲はお喋りの為の話題を持っていないので、相槌を打つ事しか出来ない。
ただ、時折千咲を怒鳴った男から怒気と苛立ちの籠った視線を向けられるのには気付いていた。
視線の意味は分からずとも、自分がそういう目で見られる事には慣れているので気にはしないけれど。千咲にとっては大多数がその男のような視線を向けて来るので、美郷のように好意の目で見られる事の方が困惑してしまう。
「はぁ。ったく、良いよな荷物持ちは。付いて来るだけで金貰えんだから」
「後ろお喋りしてるだけで良いんだろ? ほんと、楽な仕事だよ」
「こーいうのなんて言うんだっけ? 寄生虫?」
「ははっ、言えてる!」
前を歩く男三人が千咲に聞こえるのも憚らずに千咲を馬鹿にする。
「ちょっと――」
それにムッと眉を寄せて食ってかかろうとする美郷であったけれど、美郷が何かを言う前に千咲は美郷の手を引いて美郷を止める。
「……大丈夫です」
美郷にだけ聞こえる声音で、千咲は自身は気にしていない事を伝える。
実際、男達の言う通りだ。千咲はこうやって安全な仕事を選んでいる。一人でダンジョンに潜って稼ぐ事もあるけれど、こうして一緒にパーティーを組んでいる方が多く稼げるのは事実だ。
だから、千咲はこうして荷物持ちの仕事を選んでいる。あの募集サイトでは役割ごとの募集もあるけれど、千咲は荷物持ちだけを選んでいるのだ。
寄生虫、だなんて馬鹿にされたって仕方ない。そうしなければ、千咲は生きていけないのだから。
どんなに悔しくとも、どんなに腹が立っても、どんなに馬鹿にされても、千咲はその言葉を飲み込まなければいけない。無駄なプライドなんて必要無い。必要なのは、ただ生きていく為に稼ぐ事だけなのだから。
「前、進んでますよ」
「あ、うん……」
千咲は美郷の手を離し、パーティーが進んでいる事を伝える。
その日も、千咲にとっては安全に稼ぐ事が出来た。これで良い。身の程は弁えている。だから、この生き方で良いのだ。




