003 同じ中学
千咲達はダンジョンを進んで行く。ダンジョンは坑道のような内装をしており、時折天井を支える木製の柱である鉱柱や、坑道内を照らす灯りが伺える。
「おーい、桃花。何時まで鉱石取ってんの。先行くよ」
マリーローズが鉱石を取る千咲に声を掛ける。
千咲は今日の成果を貰えないので、自分の分の稼ぎを必死で確保している最中である。
「おい。置いてかれるって。早く来なよ」
「――ぐぇっ」
マリーローズは強引に千咲の襟首を掴み、冬華達に置いてかれないように歩く。
「は、なせ……っ!」
「アンタ弱っちいんだから、ウチらの言う事しっかり聞きなよ。アンタが怪我したり、死んだりしたら、ウチらの評価が下がるんだよ?」
「苦しい、から……っ! 離せ……っ!」
「はぁ……ようやく喋ったと思ったら文句ばっか。はいはい、離しますよー」
ぱっと掴んでいた千咲の襟首を離すマリーローズ。
千咲は咳き込みながらも、置いて行かれないように歩みは止めない。
「あ?」
「あら?」
だが、戦闘を歩いていたひまりの脚が止まる。必然、冬華達も脚を止める。
「ちっ、ブッキングか……」
「あらあら、それはこちらの台詞ですよ?」
冬華の愚痴に言葉を返したのは、千咲の知らない声。
見やれば、前の通路から見知らぬ五人組がやって来ていたようだった。
白を基調とした上品な制服に身を包んだ五人組は、冬華達を見ると馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「御機嫌よう、狼森さん。一般の高校に入学なさったって噂、本当でしたのね」
「だから何だよ」
「いえ。冒険者としての能力は高いのに、どうして一般の高校に入学されたのかと疑問に思っただけです」
冒険者、とはダンジョンに潜る者の総称である。そして、先程から冬華の話している相手はその冒険者を育成する学校の所属である。冒険者を育成するためのカリキュラムが組まれている他、熟練の冒険者による指導と、一流の教師による座学によって文武共に高度な教育を行っている学校である。
彼の学校からは名高い冒険者が幾人も排出され、例年期待の新星として注目の冒険者が生まれている。また、冒険者達を雇う企業であるギルドという組織があるのだけれど、有名ギルドへの就職率も高い。言わば、冒険者のエリートを生み出すための高校なのである。
まぁ、底辺を這いずり回っている千咲にはまったくと言って良い程関係の無い話だ。
この会話が終わらない事には先に進めなさそうなので、千咲は近くにあった鉱石を採取する。今日は分け前無しなので、自前でどうにかするしかないのだ。
「別に、あたしは有名になりたい訳じゃ無いから。注目されたい訳でも無いし」
「あら? その割には地方紙のインタビューを受けていたようですけれど?」
「インタビューされた事無いあんたは知らないだろうけど、あれやると教師の受けが良いんだよね。内申点、少しでも上げといた方が受験も楽だったし。歯牙にもかけられなかったあんたには分からない苦労がこっちにもあるって事、少しは理解した方が良いと思うよ」
「――っ。ちょっとちやほやされただけで偉そうに……っ」
冬華の物言いに、苛立ったように眉を寄せる少女。
しかして、少女は直ぐに余裕のある笑みを浮かべ、その矛先を変える。
「……ふふっ、パーティーメンバーには恵まれなかったようですね」
「あ?」
「まさか、無職をメンバーに入れるだなんて」
少女のその言葉を聞いて、同じパーティーメンバー男子が嘲りを含んだ声音で口を挟む。
「おい、それってお前が言ってたあの無職か?」
「ええ、そうです。ランクEの無職。信じられる? 高校生にもなって職が無いのよ?」
少女がそう言えば、パーティーメンバー達はくすくすと嘲りの色を含んだ笑いをこぼす。
「な~んか、気に食わないんだけど~」
「数合わせとは言え、パーティーメンバーを馬鹿にされるのは気に食わないわね」
ひまりとローズマリーは苛立ったように眉を寄せる。
二人の苛立ちなど気にする様子も無く、少女達は嘲りを含んだ声音で続ける。
「同じ中学の好ですか? 可哀想になっちゃんたんですか? お優しいですね」
「え?」
同じ中学。その言葉を聞いて、千咲は思わず声を上げる。
思いがけず大きな声になってしまったのか、全員が千咲の方を見やる。
「どうしたんですか、桃花?」
竜胆がそう問えば、千咲は困惑したような顔で返す。
「……オレ達、同じ中学なの?」
「「「「「は?」」」」」
千咲の言葉を聞いて、パーティーメンバーと相手方の少女が呆けた声を出す。
「……同じ、中学ですよ? 因みに、私と冬華は貴方と一年から三年まで同じクラスでしたよ?」
「……そう、なの?」
「えぇ……」
認識されていないとは思ってもいなかった竜胆は、呆れたような、少しだけ傷付いたような声を漏らす。因みに、冬華は絶句している。
「あ、あの、桃花さん? 私の事も、憶えてないのですか? 二年と三年は一緒だったんですけど……」
相手の少女は引き攣った笑顔を浮かべながら千咲に言う。
「……いや、全然」
「そう、ですか。そうですかそうですか」
千咲の返答を聞いた少女は、明らかに怒り調子で言葉を返す。
千咲は中学の思い出がゼロと言って良い程に何も無い。親しい友人も居なければ、千咲に話しかけてくれたクラスメイトも少ない。何せ、千咲は無職。ステータス至上主義、とまではいかないけれど、わざわざ取り柄の無い千咲に進んで声を掛ける者は居なかった。
学校行事も殆ど欠席しているし、修学旅行も行っていない。なので、クラスメイトの事は殆ど憶えていない。クラスメイトは最早風景と同じだった。
「え、え? マジで言ってる~?」
「本当に? 本当に憶えてない?」
ひまりとマリーローズも確認をするけれど――
「あー……うん」
――千咲はこくりと頷いた。
千咲からすれば、数合わせだとしても自分に声を掛ける理由が分からなかった。だが、それが同じ中学だったとあれば、向こうからすれば他の者よりは声がかけやすかったのだろうと勝手に納得する。
ただ、周囲が千咲に関心が無いように、千咲もまた周囲に関心なんて向けていなかった。だから、冬華に声を掛けられた時は本当に困惑した。地方紙に載っていると知ったのも、クラスメイトが話しているのを聞いただけだ。
千咲の回答を聞き、気まずい空気が流れる。
「……」
この気まずい空気を作ったのは千咲だけれど、冬華の心底信じられないといった目に耐えられず、視線を外して鉱石の採取を再開する。
「ちょちょちょ! 鉱石は良いから! アンタ、マジでウチらの事知らなかったわけ? こう言っちゃなんだけど、ウチのこの髪に見覚え無いの? 金髪よ、金髪」
「……うるさいなぁ。別になんだって良いだろ」
「はぁ!? うるさい!? 桃花のくせに生意気なんですけど!!」
「単なる数合わせだろ、オレは。なら、オレがお前達を知ってようが知ってまいが、別にどうだって良いだろ」
「それはそうだけど!」
「じゃあもう良いだろ」
それで会話は終わりとばかりに、千咲はそれ以上何も言う事無く鉱石の採取を続ける。
「あ、こら! 無視すんな! アンタ中学の誰も憶えて無いわけ!? ねぇ! ねぇったら!」
それが気に食わなかったのか、マリーローズは千咲の元へ行き肩を揺らして問い質す。
結局、そのまま言い合う雰囲気では無くなったのか、なんとも言えない空気で解散となった。