022 戦って稼いでみぬか?
「え、いらない」
千咲のバイトの時間が終わり、家に帰ってから採取した素材を献上すれば、バルギースの予想通りの答えが返って来た。
「言うと思ったぜ」
呆れたように溜息交じりにこぼすバルギース。
「家賃代わりだ。それに、アンタのお陰であのクソみてぇな場所から出る事が出来た。その礼でもある。受け取って貰わねぇと、俺の立つ瀬が無ぇ」
「そう言われても……」
そう言われても、いらないものはいらない。
全部自分の力でやらなければいけない。そうでなければ、意味が無い。
他人なんて頼りにしてはいけない。だって、この世界で頼りに出来るのは自分だけなのだから。
だが、ずずいっとバルギースは千咲に自身が狩り取った素材を押しやる。
「良いから受け取れ。家賃代わりでもあるけどな、これは俺の生活費でもある」
「生活費?」
「ああ。俺がこうして姿を現すのに、俺自身の魔力を消費してる。その魔力を補うのにも飯を食う必要があるからな」
バルギースは自身の姿を維持するのに自身の魔力を消費している。
「俺はアンタの部下だ。っつうか、気持ち的には護衛のつもりだ。だから、アンタから離れるつもりもねぇ」
バルギースからすれば、千咲は気骨のある戦士ではあるけれど、バルギースよりも弱い。バルギースの魂は千咲の魂と紐付けられているので、千咲が死ねばその時点でバルギースも消滅するだけとなってしまう。
千咲に負けて死ぬつもりだったけれど、思わぬ形で新たな生を歩む事になった。その生を簡単に終わらせてしまうのも勿体無いと思っている。
「つまり、アンタとこのせまっ苦しい部屋で過ごす事になる訳だ。衣食住を共にする訳だから、家賃やら食費やらをまとめた生活費を俺が払うってこったな」
「……いや、なら自分で換金して、適当にご飯食べてよ。家賃とかはいらないから」
「……」
千咲がそう言えば、バルギースは苦々しそうな表情を浮かべて眉をしかめる。
予想していた通り、千咲は梃子でも考えを曲げる様子が見受けられない。バルギースがどれだけ言葉を尽くしても、千咲は絶対に受け取らないだろう。
恐らく、人に頼るのが怖いのだろう。人に頼れない状況が千咲にとっての平常であり、その感覚に慣れてしまったから、人に頼るのが怖いのだ。自分以外に任せるという感覚に、慣れていないのだ。
パーティーを組んでいる以上、役割分担というところは理解しているだろうけれど、完全に荷物持ちとして割り切っているので相手に任せているという感覚が薄い。
どうしたものかとバルギースが脳内で頭を抱えていると、不意に千咲の布団の上に一人の女性が現れる。
「なんだ、献上されたのであれば素直に受け取れば良かろう」
「うわっ、びっくりした」
突然現れたディギトゥスに驚く千咲は、驚き過ぎて箸を落してしまう。
黒い肌、黒い髪、黄金の瞳の女性なのは変わらないけれど、最初に出逢った時の仰々しい恰好はしておらず、ボディラインが伺える黒のワンピースだけを着ていた。
自分の部屋に女性を上げた事が無い千咲はどぎまぎするかと思いきや、ディギトゥスの邪悪な気質を知っているためどぎまぎなんてしない。不思議な事に一切心が揺れ動かない。
「バルギースは其方の臣下。臣下の献上を断るのも無礼であるぞ?」
「いや、臣下じゃ無いし……。それに、こんな事されなくても、俺は自分の事は自分で出来てる」
「出来てる? ほう、随分と自身を過大評価しているのだなぁ」
にやりと悪辣にディギトゥスの黄金の双眸が弧を描く。
「こんな襤褸屋敷で、こんな貧相な身体で、こんな粗悪な飯を喰ろうて、自分の事が出来てると、其方は本当にそう思うておるのか? ん?」
ディギトゥスの髪がひと房伸びて、千咲の頭を馬鹿にしたように撫でる。
「金銭はどうだ? 高校三年間の学費を払いきれる程稼いでおるのか? そんな事は無いだろうなぁ。いつも切り詰めて生活しておるものな。貯金を切り崩す月もあるくらいだ。宝箱から見付けた金塊以来、まともに貯金なんぞ出来ておらんのだからなぁ」
まるで見て来たように千咲の今までを語るディギトゥス。それもそのはずで、ディギトゥスは千咲の中に入った瞬間に千咲の記憶を覗いている。だから、千咲がどんな経験をして、どんな理由からレベルが上がらなくなったのかも知っている。千咲が知り得ない事も、千咲の記憶を覗いて知りえているのだ。
ディギトゥスが千咲の中に入った瞬間から、千咲はディギトゥスに隠し事など出来ないのだ。
「さて、此処で質問だ。其方、自分の事をちゃんと出来ておるのか? ちゃーんと、この先の事も大丈夫だと、保証出来――」
「おい、そこまでにしろ」
バルギースの怒気を孕んだ声がディギトゥスに向けて放たれた直後、ディギトゥスの首元に巨大な刃先が押し当てられる。
バルギースがいつの間にか手にしていた大斧の切っ先を、ディギトゥスの首元に押し当てているのだ。
「俺はコイツの臣下だが、テメェの臣下になったつもりは無ぇ。俺の大将を侮辱するっつうんなら、その喧嘩……俺が買うぜ?」
確かな怒気と殺気を込めてディギトゥスを睨み付けるバルギースだけれど、ディギトゥスの黄金の双眸は嘲笑うように弧を描き続ける。
「妾に敵わぬくせに、よう吠えるな」
「敵う敵わねぇじゃねぇんだわ」
「ふふん。やはり其方を第一の臣下に選んだのは当たりだったようだな」
「あ? だからテメェの臣下じゃねぇっつってんだろ」
「おうおう。知っておるさ。ふふっ」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ディギトゥスは指先一つでバルギースの大斧を押し返す。
「さて、涙目になってしまった其方よ」
「……別になって無いし」
バルギースから視線を千咲に戻し、からかうように言うディギトゥス。
千咲は涙目になっていないと言っているけれど、実際ディギトゥスにチクチクとぐうの音も出ない程の正論をぶつけられて涙目になっている。今まで必死に見ないように、考えないようにしていたところを突かれて、不安と情けなさで涙が出てしまう。
「そうかそうか。それならそれで良い」
とは言うけれど、依然として馬鹿にしたように黄金の双眸は弧を描く。
「そんな人に頼るのが苦手な其方に一つ提案だ」
「……提案?」
「ああ。其方はずっと荷物持ちであったろう? それでは大きな稼ぎは見込めぬ。せっかく良い教導役も手に入ったのだ。なぁ、其方よ」
いつの間にディギトゥスの手の上にある大きな宝石の付いたリボン。それを、ディギトゥスは千咲に差し出す。
「戦って稼いでみぬか?」




