021 損得勘定
千咲が荷物持ちのバイトをしている間に、こっそり実体化してダンジョン内を散策するバルギース。
バルギースが実体化する時に使用するのは自身の魔力。勝手に出て来ても千咲に負担は無い。
「やっぱ、ステータスは落ちてんな」
バルギースは千咲の魂に紐付けられている。それゆえに千咲の魂の影響を受けてしまう。
ステータスの数字など確認しなくとも分かる。最盛期よりも自分の力が衰えている。
自身の力の衰えを感じながらも、その事に焦りや落胆は無い。
千咲の魂の影響を受けているのであれば、千咲が強くなればそれだけバルギースも元の力を取り戻すと言う事だ。
恐らくは単に力が衰えているのではなく、千咲の魂がバルギースよりも弱いからバルギース本来の力を出力出来ないようにディギトゥスが制御しているのだろう。
「とどのつまり、大将が強くなりゃ俺も強くなるってこったな。まぁ……暫くはこの程度で問題はねぇけどな」
そう言って、バルギースは自身の周囲に散らばる魔物の死体を見渡す。
ステータスが落ちていたのは最初に分かっていたので、どれくらい戦えるのかを確認するための腕試しには丁度良かった。
「おい、大丈夫か?」
自身の現在の実力も分かったところで、バルギースは背後に隠れていた子供達に声を掛けた。
バルギースの背後で物陰に隠れていたのは、四人の中学生。
「あ、ありがとうございました」
一人が真っ青な顔でお礼を言えば、バルギースは気さくな笑みを浮かべて返す。
「おう。気にすんな」
ダンジョンランクはD。中学生が小遣い稼ぎに来られる場所ではあり、彼等のレベルであれば余程の事が無い限りは問題が無い状況だった。
けれど、彼等の内の一人が不意の攻撃に焦ってしまい、戦闘中にも関わらず酷く取り乱してしまっていた。敵も数が多かったので、パニックに陥った彼等だけでの立て直しは難しく、このままでは大怪我では済まない状態にまでなった時、たまたまバルギースが通りがかって彼らの代わりに魔物を倒したのである。
大斧は使わず、素手で倒した。階位上昇の件からまだ日が経っていないので、大斧を出す訳にもいかない。短剣一つでもあれば楽ではあるけれど、バルギースは徒手格闘の達人でもあるので素手でも問題は無い。
「気ぃ付けろよ。格下だと思ってた相手に負ける事だってあんだからよ」
「は、はい。気を付けます……」
「コイツ等の素材持って、今日はもう家帰れ。んで、明日全員で反省会でもしろ」
「わ、分かりました……」
それだけ言って、バルギースは自身が倒した魔物の素材を採取する事も無く、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。
この程度の場所、バルギースにとっては庭を散歩するくらいの心持で充分だ。
バルギースがダンジョンを練り歩く理由は二つ。一つは、自身の現在の力量の再確認。これは早々に済んだので残る理由は一つ。
「んじゃま、宿代くらいは稼ぐとするかね」
千咲に世話になるので、世話になる分の金銭を稼ぐ。それが、バルギースがダンジョンを練り歩くもう一つの理由だ。
バルギースはディギトゥスによって現代の知識をある程度は詰め込まれている。そうでなくても、千咲の現状がおかしいという事くらいは理解できるけれど。
千咲の有様は異様だ。バルギースも普通の家庭で育ったわけでは無いけれど、普通の家庭というものを知っている。
千咲の生活はその普通から酷くかけ離れており、千咲自身それが普通では無い事を理解している。理解している上で、それを当然と受け入れてしまっているのだ。
まだ親の庇護が必要な時分に、自分の事を自分でこなさなければいけない。
本人は否定するだろうし、拒否もするだろうけれど、今の千咲には他人の手助けが必要だ。
「家賃とでも言えば、受け取るかね大将は」
まぁ、恐らく断られるだろうけれど。
千咲は他人からの好意を施しや借りと受け取る傾向にある。純粋な好意であっても、損得勘定で考えてしまうのだ。
バルギースが金銭を渡したところで借りとして考えてしまうので、千咲は金銭を受け取る事はしない。後で返さなければいけないくらいなら、最初から断ってしまって、自分で頑張って何とかする。そう考えてしまうのだ。
だが、根がヘタレなのとプライドなんて特に無いので、窮地に追いやられた時は直ぐにディギトゥスに頼ってしまっていたけれど。流石に、命には代えられないという事は分かっている。だから、共犯者であるディギトゥスを頼ったのだ。断られたけれど。
ともあれ、千咲は他人を信用していない。良い意味でも、悪い意味でも。
それが分かっていながら、バルギースはダンジョンを練り歩き、魔物を狩り続ける。
魔物を狩った後は採取をするけれど、一番金になる部分だけを剥ぎ取る。これは狩る量の多いバルギースだからそうしている訳では無く、基本的に誰でも同じことをする。
理由としては死体を丸々持って帰るのが大変だからである。そのため、高く付く部分だけを剥ぎ取り、それ以外は放っておくのだ。死体は時間が経てばダンジョンに吸収されるので放置したところで問題無い。とは言え、数時間は残るので後から来た人の戦闘の邪魔になるから端っこに寄せておくのがマナーではあるけれど。
「他の奴らにゃ悪ぃが、そこそこ狩り尽くしておくか。今後は何かと入用だしな」
止まる事無く、バルギースは軽い運動感覚でダンジョンを踏破する。
狩り尽くすとは言うけれど、千咲とは反対側に進んでいるので、千咲自身の稼ぎに影響を与える事は無いだろう。
「やれやれ……面倒な奴が大将になっちまったなぁ、ったく」




