017 手加減
バルギースを倒した今、ボス部屋の外に出られるはずだ。しかし、死力を尽くして戦った後のため、千咲は疲労困憊で動けない。
『それにしても、疲労困憊だのう』
「そ、そりゃぁ、腹ぶん殴られてるし……初ボスだしぃ……」
今もお腹が滅茶苦茶痛い。というか、全身で居たく無い所が無いくらいだ。
『まぁ、ボス戦とは言うが、彼奴めはそうとう手加減をしておったな』
「はぁっ!?」
ディギトゥスの言葉に、思わず大きな声を上げてしまう千咲。
「手加減!? あれで!?」
『ああ。よう考えてみよ。其方のランクでバルギースに敵うと思うか?』
「……いや、思わないけど……実際勝ってるし……」
『最後まで、手を抜いておったよ。其方が彼奴の首元にステッキを突っ込んだ後でも、バルギースは即座に対応出来ておったわ』
「マジかよぉ……」
『其方が勝てたのは、ひとえにバルギースが手を抜いておったおかげじゃ。其方が慟哭を上げた後に急激にやる気が無くなっておったのう』
どういった理由があるかは分からないけれど、バルギースは最初から戦う気が無かった。
『まぁだが、勝ちは勝ちだ。自身の足りないところや、戦いへの姿勢も見えて来ただろう? 今度はそれを糧に精進すると良い』
「うん……」
あんまり納得はいかないけれど、ディギトゥスの言っている事は正しいので素直に頷く千咲。
『むっ、時間もそんなに無いな。千咲、バルギースに触れろ』
「なんで?」
『良いから触れ』
「分かった……」
触る意味は分からないけれど、千咲はバルギースに触れる。
直後、バルギースは光の粒子となって千咲に吸い込まれる。
「え、え、え? ナニコレ!? ナニコレぇ!?」
『狼狽えるな。其方の力にしているだけだ』
力にしているだけとは言われたけれど、敵が光の粒子となって自身に吸収される様なんて見た事も聞いた事も無い。
「これ、本当に大丈夫なやつ?」
『大丈夫さ。妾を信じよ。……さぁ、終わったな。千咲、変身を解け。そろそろ救助が来る頃合いだ』
「え、ほんと?」
ディギトゥスの言葉に、安堵と気色の声が漏れる。
『ああ。変身は解いておけ。何か言われたら、頑張って逃げ延びてボス部屋まで来てしまったと言うのが良いだろう』
「分かった」
ディギトゥスのアドバイス通り、千咲は直ぐに変身を解く。
変身を解いたところで傷や痛みが消える訳でも無く、うーうー呻きながら救助を待つ。
「桃花ッ!!」
千咲がボス部屋でうーうー呻いていると、ボス部屋の入り口から声が聞こえて来た。
聞き覚えのある声だけれど、別段安堵などは覚えない声。
入り口の方を見やれば、そこには冬華達の姿があった。冬華だけでは無く、合同演習の為に千咲達に付いてくれていたパーティーの人達や、バルギースと戦っていた聖羅達のパーティーの姿もあった。
「なんだよ……お前等か……」
冬華達の姿を見て、思わず悪態を吐く千咲。
ぼろぼろになった姿を見られたところでどうとも思わないけれど、それを馬鹿にされるのは面倒臭いし不愉快だ。
もう一歩も動きたく無いので、そのまま寝っ転がっていると、爆速で冬華が千咲の元へ駆け寄った。速度が速すぎて千咲の元へ辿り着いた時には、千咲が吹き飛びそうな程に風が吹いた。
「大丈夫か、桃花!? あぁ……こんなに怪我して……っ」
大斧を脇に置き、怪我だらけの千咲を見てわなわなと震える冬華。
「竜胆!! 早く回復して!!」
「分かってます」
「どうして、どうしてボス部屋なんかに……」
「命からがら逃げのびたんだよ」
嘘は言ってない。命からがら逃げのびた結果の今である事に変わりはない。まぁ、詳細は大分省いているけれど。
冬華や竜胆の後にも、ぞろぞろと人が集まって来る。ぼろぼろになった千咲を見る者や、ボス部屋を警戒し続けている者が居る中で、聖羅は千咲の近くにしゃがみ込む。
「桃花さん。ここに、ピーチさんという方は居ませんでしたか? 私達、その方に助けられまして……」
「知らん。オレが来た時にはこの部屋には誰も居なかった」
「そう、ですか……」
千咲の言葉を聞いて、表情を曇らせる聖羅。
自分の判断ミスでパーティーメンバーを死地に追い込んだあげく、その後始末をマジカル・ピーチにして貰ったのだ。
「素っ頓狂な恰好をしていましたが、あの方が居なければ私達は死んでいました。お礼と謝罪をしたかったのですが……」
「素っ頓狂……」
千咲だってしたくてした恰好では無い。全部ディギトゥスが悪いのだ。
「おい、桃花は怪我してんだ。喋りかけんな」
千咲が聖羅と話をしていると、冬華が不機嫌さを隠しもしないで聖羅に文句を言う。
一瞬、冬華に言い返そうとした聖羅ではあったけれど、冬華の言う通り怪我をしている千咲にこれ以上無理をさせてはいけないと思いなおす。
「……そうですわね。申し訳ございませんでしたわ、桃花さん」
「いや、別に……」
身体中痛いは痛いけれど、喋れないわけでは無い。それに、少しずつではあるけれど痛みも引いて来て身体が楽になってきているのが分かる。少し喋るくらいなら問題無い。
そして、千咲は知らない事だけれど、ディギトゥスが少しだけ千咲の身体に干渉してゆっくりとだが回復をさせていたのだ。器が死んでしまっては元も子もない。外に漏れない程度に回復をかけるくらいの事はする。
外と内の両方で回復を行っているので、意外と治りは早い。会話を続けたい相手では無いけれど、ごめんなさいと謝られると調子も狂う。
それに、先程から冬華の様子が変だ。いつもはすまし顔なのに、今の冬華からは余裕が一切感じられなかった。
まぁ、パーティーメンバーを失えばトラウマになってしまう者も居る。数合わせとは言え、人が死んでしまうと言う恐怖に襲われているのだろう。
竜胆もいつになく真剣な表情を浮かべているし、ひまりもマリーローズも神妙な面持ちである。
なんだか居心地が悪くて、千咲はそっぽを向いた。
嫌われたり、馬鹿にされたりする事は慣れている。けれど、心配される事には慣れていない。
『返事はするな。状況だけ伝える。ダンジョンも落ち着いた。特殊個体も発生している様子は無い。身体を休めるためにも、今は眠っておけ』
頭の中でディギトゥスがダンジョンの状況を伝える。
眠れと言われても、こんなに注目された状態で眠れるはずも無い。それに、いくら安全だと言われても、ダンジョンの中で眠れる程神経は図太くは無い。
『ふむ。まぁ、そう言われても眠れぬだろうな。安心しろ。妾が寝かしつけてやる』
その言葉の直後、ゆっくりと千咲に睡魔が訪れる。
『お休み、千咲。今日は良い物を見せて貰った。次も期待しておるぞ』
ディギトゥスが何かを言っているような気がするけれど、千咲は襲い掛かる睡魔のせいでそれどころでは無かった。
睡魔に抗えず、千咲は意識を手放した。