016 VS バルギース 3
戦わなければ生き残れない。
このかつてない程最強の敵に挑まなければ、千咲はこのダンジョンから、いやこのボス部屋からすら出る事が出来ない。
だから、千咲は挑むんだ。
「ぬぅッ!!」
ステッキを振り、自分から攻める千咲。
「っざけた事しやがって!! オレぁこっから出てぇんだよぉ!!」
叫びながら、ステッキで殴り掛かる。
ただ乱雑にステッキを振り回すだけでは、バルギースには届かない。
そも、どうやってバルギースを倒せるのかも分かっていない。
強固な鎧に、極められた武術。戦えば戦うだけ、バルギースの強さが分かる。
こんな相手にどうやって勝てば良いのかてんで分からない。
それでも、千咲はステッキを振るう。
何かをしなければ勝てないのだ。がむしゃらでも、何かしなければ勝てるものも勝てない。
「ディギトゥス!! なんかない!?」
『ふむ。では、助言をしようかのう。バルギースは無敵では無い。其方の力でも、十分に勝てる可能性はある』
「何パー!?」
『一パーセント』
「百回殴れば掴みとれっかなぁ!?」
『そう単純な計算では無いよ。良いかい? 道筋を立てて、相手への有効打を見極めて――』
「分かってるよ! なんでかつてない程丁寧に説明すんだよ! めっちゃ口調柔らかいし!」
まるでダメな教え子に優しく教えるような口振りだったディギトゥスに、ぷりぷりと怒る千咲。
だが、ディギトゥスの言いたい事も理解できた。
有効打。そうだ。有効打はあったのだ。
スキル。マジカル・パワースイング。鎧を凹ませる程の威力があった。スキルが直撃すれば、きっとバルギースもただでは済まないはずだ。
「け、どぉ……ッ!!」
それを当てる余裕が無い。
今がむしゃらに振っているステッキも、バルギースには完全に防がれている。マジカル・パワースイングを振るうに少しの溜めが居る。溜めている間にバルギースの大斧でぶった切られて終わるのがオチだ。
『――ッ!!』
イサキのぶんぶんステッキ攻撃は大した事が無かったのだろう。
千咲の攻撃と攻撃の合間を縫って、大斧で反撃をするバルギース。
「ぎぃえぇぇぇ!?」
慌てて身体をくの字にして攻撃を避ける千咲だったけれど、斧の切っ先が千咲の腹を掠める。
「ごぉっ……!?」
切っ先が掠めただけで、千咲の着ていた服を裂き、玉のような肌にぴっと一直線に赤い線が引かれる。
「危ねぇなぁッ!! 中身出たらどーすんだよぉ!!」
怒り心頭でぶんぶんとステッキを振り回す千咲。
だが、バルギースは危なげなく千咲の攻撃に対応する。
どうやったって、千咲はバルギースには勝てない。レベルやステータスもそうだけれど、それ以上に経験や技術もバルギースは千咲を上回っている。
「のぉっ!?」
大斧が鼻先を掠める。
全身に冷や汗が流れる。
「最初のボスにしては強すぎんだろッ!! 普通もっと下のランクからだろうがよぉ!!」
『人生、そう上手くはいかないものだよ』
「知ってるよ!! オレが一番分かってんだよ!!」
人生が上手く行かないなんて事は千咲が一番良く分かっている。
何せ、レベルは上がらないし、両親は自分を生かすために死んでしまった。両親が生きてさえいれば、もう少し違った人生だったに違いない。普通には少し足りないだろうけれど、それでも、幸せな人生を歩めたはずだ。
人生、そう上手くはいかない。
何度も、何度も、何度も、千咲はそれを目の当たりにした。
何度だって、現実は千咲を打ちのめした。
何度も、何度も、何度も、千咲は大斧をステッキで捌く。
戦うたびに、千咲の対応力は上がっている。その事に、千咲は気付いていない。
ただ、千咲は無我夢中だった。
そんな千咲を見て、ただ一人ディギトゥスはほくそ笑む。
良いぞ。その調子だ。その調子で強くなれ。其方には何者にも阻めぬ才がある。
ディギトゥスの思惑など知らず、千咲は咆えながら戦う。
「上手く行かないなりに努力して、それでも報われなくて!!」
筋力ではバルギースには勝てない。千咲は大斧の直撃を受けてはいけない。
「馬鹿にされても、見下されても、必死に生きて!! でも、死にそうになって!!」
さりとてバルギースの懐に入れる隙は無い。千咲にとって、相手は完全無欠の武術の達人。捌くだけで精一杯だ。
「もう良いって思っても、やっぱり死にたく無くって!!」
万に一つの可能性を掴むには、己の身を死に晒さなければいけない。
「何のために生きて来たかなんて分からないけど!! それでも、死にたくないって思った!! 生きたいって思ったんだ!!」
博打も博打。大博打だ。当然、負ければ死ぬ。だが、勝つにはそれしかない。今の千咲にはそれしか思い浮かばない。
時間は無い。体力ももう限界に近い。チャンスは一度きり。それを逃せば、千咲は死ぬ。
「だからぁッ!!」
バルギースの大振りの一撃。
ステッキを滑り込ませて弾き、即座にバルギースの懐に潜り込む。
懐に潜り込む事自体は出来る。それは戦っていて分かった。だが、問題はその後だ。
「ぶっ!?」
縦横無尽に繰り出される体術。千咲には隙があるように見えたけれど、実際は隙など一切無い。
千咲の腹に深く拳が突き刺さる。
威力を殺すには後ろに跳び退るしかない。
「……がはぁッ……!!」
腹に突き刺さった拳は千咲の内臓を破壊する。
血がせり上がり、盛大に吐血する。
衝撃が骨を走り抜け、振動が脳にまで伝わる。
ああ、もう無理だ。こんなん食らったら死ぬに決まってる。たった一撃で体中が痛い。これ以上戦いたくない。こんな痛い思いしたくない。今すぐ此処から逃げ出したい。
「……だ、けどぉ……ッ!!」
それでも、千咲は踏ん張った。
どんな攻撃が来ようとも、千咲は意地でも踏ん張ると決めていた。どんなに痛くても、どんなに怖くても、全て我慢して飲み込んで踏ん張ると決めていたのだ。
そうしないと、バルギースに勝つ事は出来ないのだから。
「……ってぇなぁッ!!」
千咲はバルギースを睨み付ける。虚ろな眼窩が、確かに千咲を見たような気がした。
ステッキを逆手に持ち、千咲はバルギースのスカスカの首元に突っ込む。
千咲では鎧を突破する事は出来ない。であれば、鎧の中を直接攻撃する他無い。
そのための隙を作れないから、こうやって相打ち覚悟で無理矢理隙を作るしか無かった。
「マジカルぅ……」
ステッキの先に魔力が溜まる。
「ビィィィィィィイイイイイイイイイイイイイムゥッ!!」
ステッキの先からピンク色の極光が放たれる。
ビームの衝撃は鎧の中で暴れ回り、バルギースの身体を蹂躙する。
衝撃にガタガタ揺れるバルギースだけれど、千咲はしっかりとバルギースの腕を掴んで離さない。
これで倒す。これで倒さなければ、勝てない。これが最初で最後のチャンス。
だから、死んでもこの手は離さない。
鎧の隙間から極光が漏れ、地面や天井を抉るだけでなく、千咲の身体にも容赦無く直撃する。
それでも、全ての恐怖と痛みを堪えて、千咲はマジカル・ビームを放った。
魔力が切れるまでマジカル・ビームを放てば、自然とビームは止まる。
バルギースの身体中から煙が上がる。
「はぁ……はぁ……っ」
息を切らしながら、千咲はゆっくりとバルギースの手を離し、ステッキをバルギースの身体から引き抜く。
引き抜いた時にステッキの飾り部分にバルギースの頭蓋骨が引っ掛かり、そのまま簡単に頭蓋骨は取れてしまう。
それを見て、少し情報の処理に時間を有した後、千咲はその場に倒れ込んだ。
「勝ったぁ……」
『うむ。おめでとう』
力無く放たれた勝利宣言。それを聞き届けたのは、千咲の内に居るディギトゥスだけだった。