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014 VS バルギース 1

 逃げようと思った。だって勝てないから。行ったところ無駄死にになるのは分かっていたから。


 逃げ出すのが正解だ。誰だってそうする。誰も、千咲を責める事なんてしない。


 それでも、気付けば走り出していた。


「おぉっ、らぁッ!!!!」


 力を込めて、思い切り振り抜けばマジカル・パワースイングが発動する。無警戒だったバルギースは大きく吹き飛ばされる。


 ああ、それでも、バルギースに対して致命打とはならない。そして、千咲はバルギースのレベルとランクを見てしまった。


「あぁ、クソッ!!」


 事ここに至ってはもう遅いけれど、心の底から思う。


「逃げれば良かった、ほんとに……!!」


 恨みがましい目を後ろで倒れている聖羅に向ける。聖羅が戦っていなければ、ボス部屋なんてスルーしていた。名声よりも自分の命の方が大事だ。わざわざ死にに行くような事なんてしない。


「オレじゃ勝てないから、さっさとソイツ等治療しろ! 時間は頑張って稼ぐから!」


 聖羅は魔法を使える訳では無いけれど、怪我や傷を治す万能薬である回復薬(ポーション)は持っている。ポーションはダンジョンで手に入れる事も出来るけれど、材料を集めて生成する事も出来る。


ただ、効き目はピンキリだ。欠損等を治せるくらいのポーションはダンジョンでの出現率も低く、生成できる者も限られるので値段が高過ぎる。


 聖羅達は一人二本ずつ所持しているけれど、治癒力が高いポーションでは無いので、全員がポーションだけで完治するのは難しいだろう。


「わ、分かり……って、貴女レベル15!? む、無理ですわ!! 勝てるわけありません!! それに、名前マジカル・ピーチって何ですの!?」


「煩いなぁ!! 何でも良いだろ!! それに勝てないって言ってるだろ!! 時間稼ぐからさっさと治療してくれ頼むから!!」


「あ、は、はい!」


 完治は無理でもこの場を離脱するには十分回復できるはずだ。痛む身体に鞭を打って、聖羅はポーションを飲む。


 聖羅が行動に移しだしたところで、千咲はバルギースを見る。


 バルギースは既に立ち上がっており、マジカル・パワースイングを受けた箇所に手を当てて損傷を確認していた。


 マジカル・パワースイングを受けた箇所は盛大に凹んでおり、バルギースが生身であればそのダメージは内臓にまで到達していた事だろう。


 だが、バルギースは骸骨だ。骨にいくらかの衝撃は伝わっているかもしれないが、それでも動く分には問題は無い。


 バルギースは下手人である千咲に視線をやりながら、大斧を構える。


 レベル差は倍以上。油断をしていたら一瞬で負ける。


 その心構えをしていたから、油断なんて少しも無かった。


「――ッ!?」


 が、一息の間に彼我の距離を詰めて来るバルギースに思わず息を飲む。


 千咲の驚愕など知った事では無いバルギースは、容赦無く大斧を振り降ろす。


「っぶ……!?」


 受け止める、なんて選択肢には無かった。


 迫る大斧に対して、千咲はステッキを滑り込ませて身体を移動させながら大斧の軌道を別方向に逸らす。


 直後、大斧の一撃が石畳を割る。


「う、げぇ……っ」


 バルギースの一撃の重さに慄きながら、千咲はバックステップでバルギースから距離を取る。それでも、バルギースにとっては訳無い距離。どれだけ意味があるか分からないけれど、連撃に対処しなければいけないよりはマシだろう。


 大斧を叩いた腕がびりびりする。直撃していたらびりびりするどころじゃないだろう。


「っで!?」


 一息つく間も無く、バルギースは千咲へ肉薄する。


「っそだろぉっ!?」


 大振りでは捉えられないと判断したのか、振りの短い攻撃で千咲を襲う。


 振りが短いけれど、筋力は千咲よりも春花に上。無理くりステッキを滑り込ませるけれど、一撃一撃がかなり重く、その度に体勢を崩される。


 何とか反応出来ているけれど、攻勢には決して出られない。いや、時間を稼ぐだけだ。防戦一方でも時間さえ稼げるのであれば問題無い。


「んにょっ、のぉっ!!」


 フラフラになりながらも、千咲はしっかりとバルギースを見据え、大斧の動きをしっかりと捉える。一撃でも食らったら死ぬ。絶対に目を離せない。


「――っ!! ダメぇッ!!」


 誰かの金切り声が聞こえて来た。それが分かった直後に、千咲の腹に衝撃が走る。


「ぉぉ……っ!?」


 身体がくの字に折れ曲がり、千咲は勢いよく吹き飛ばされる。


 石畳を跳ね、柱に強く叩き付けられ、べしょりと地面に落ちる。


 何が起こったのか分からず、千咲の頭は混乱する。


「っそぉ……っ」


 頭を強く打ち、酷くくらくらする。たった一撃貰っただけで体中が痛い。


 それでも、立ち上がらなければ死んでしまう。


 痛む身体に鞭打って、千咲は小鹿のように震えた脚で立ち上がる。


 立てると言う事は脚は付いている。身体も真っ二つになっていない。だが、衝撃を受けた腹は痛みを訴え、気持ち悪くなるくらいに熱を持っている。


「ぉえっ……」


 腹から込み上げてくる物を我慢せずにぶちまける。


 びちゃびちゃと汚く吐く千咲に、聖羅は大きな声で助言をする。


「斧ばかり注視してはダメですわ!! ソイツは体術も秀でてますの!!」


「ぁやぐ、いえ゛よぉ゛ぉ……ッ!!」


 あまりに遅いアドバイスに、吐きながら文句を言う千咲。


 アドバイスを貰ったところで、今の攻撃に反応で来ていたかどうかは分からないけれど。


 聖羅には見えていたけれど、事の真相は、大斧に注視し過ぎた千咲にバルギースが強烈な蹴りを入れた、という事だ。


「どぉずんだぉ……っ」


 痛すぎてまともに喋れない。


 ポーションを持たない千咲は回復する術が無い。時間を稼ぐだけとは言え、このままでは戦えない。


「……」


 だが、バルギースは何故か追撃をして来ない。


 それどころか大斧を降ろし、どこぞへと歩いて行く。


 これは逃げるチャンスでは? と即座に判断した千咲は、ゲロ塗れになった口元を乱暴に拭いながら、聖羅の元へと走る。


「じゅ、準備ぃ!! 準備でけだぁ゛!?」


「ま、まだですわ!! ポーションでの回復には時間が――後ろ!!」


「――ッ!?」


 聖羅が叫び、千咲は慌てて背後を振り返る。


「っ……」


 振り返った瞬間、目前に迫っていた頭蓋骨。


 あ、死んだ。


 自身の死を直感した。この距離では避けられない。


 どうして一息で距離を詰められる相手に背を向けてしまったのだろうと深く後悔する。


 だが、来たる衝撃はいつまで待っても襲って来る事は無かった。


 ただただ、千咲とバルギースの目が合うだけの時間が数秒続くだけ。


「……ぇぇ……なにぃ……」


 恐怖で涙目になりながらようやくそうこぼす千咲。自分よりずっと強い相手に睨まれているのも怖ければ、骸骨を見るのだって怖い。普通骨なんて見る機会は無いのだから。


 怯える千咲の目を見据えながら、バルギースの顎がかたかたと揺れる。


『ニ、ゲル、ナァ……』


「ひっ!?」


 突然言葉を発したバルギースに、短く悲鳴を上げる千咲。


 そんな千咲に、バルギースは手を上げて何かを見せる。


 それは、薄汚れた小さな小瓶。


 バルギースは小瓶を千咲の手に握らせると、千咲からゆっくり離れる。


「ナニコレ……ナニコレナニコレナニコレぇ!?」


 パニックになりながら聖羅を振り返れば、聖羅は千咲が渡された物を見て半信半疑ながらも答えを返す。


「……恐らく、ポーションかと……」


「なんでぇ!? なんでポーション!? アイツ実は良い奴なの!?」


「そ、それはないと思いますわ。貴女が来なければ、殺されてましたし……」


「だよな、だよなぁ! えぇ……何ぃ……すっごく怖いんだけど……」


 バルギースが何故自身にポーションを渡したのか理解できずに困惑する千咲。


 バルギースの方を見やるけれど、バルギースは千咲から距離を保ったまま千咲を見ているだけだ。


「逃げても良いと思う?」


「あの、すみません……まだ、こちらも時間が……」


「は、ははっ……だよな……」


 ポーションを飲ませはしたけれど、回復には時間が掛かっている上に、意識もまだ戻っていない。


 戦って時間を稼ぐしかない。


「ぐぞぉ……っ!!」


 涙目になりながら、千咲は小瓶のコルクを抜いてポーションを呷る。


 じわぉっと身体中に温かさが広がり、ゆっくりと痛みが引いて行く。


「やってやる……やってやるよぉ、こんちくしょう!!」


 やけくそ気味に叫びながら、千咲は聖羅達から離れる為に歩き出す。


 良いポーションだったのか、聖羅達よりも傷の治りが早い。既に、万全に近い状態まで戻っている。


「ぺっ!!」


 血の混じった唾を吐いてから、千咲はステッキを構える。


 千咲が構えたのと同時に、バルギースも大斧を構える。


 一瞬の間。合図も無く、バルギースは地を蹴った。


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