013 骸骨将軍・バルギース
ステッキを持って、千咲はダンジョンの中を練り歩く。何度か骸骨兵士との戦闘をこなしたけれど、問題無く倒す事が出来た。それでも、一対一に限るけれど。相手が複数での戦闘は行っていないので、二体以上になった場合に対処しきれるかどうかは分からない。
骸骨兵士を倒した事に高揚感を覚える。比べてはいけないのかもしれないけれど、この感覚はきっとスポーツに似ている。死力を尽くして勝利した時の高揚感と達成感。それを、命というスパイスで更に濃くしたような気持ち。
強くなるためにダンジョンに潜る人の気持ちが分かったような気がした。
だが、いけないとふるふると首を横に振って高揚感を振り払う。この高揚感は癖になりそうになるけれど、千咲には必要の無い物だ。
「マジで、出口どこだよぉ……」
骸骨兵士を倒した時に高揚感は覚えるけれど、まったく恐怖を感じない訳では無い。何せ、一度殺されかけたのだから。それに、体感では一時間程ダンジョンを練り歩いており、幾つかの戦闘をこなしたので疲労も溜まっている。
歩いても歩いても骨、骨、骨、骨。骨ばっかりで嫌になるし、気が滅入る。
「てか、意外と頑丈なのな、このステッキ」
握り締めたステッキを顔の高さまで持ち上げる。
グリップの上には可愛らしいリボン。ステッキの先には大きなクリスタルで出来たハートがあり、何度も骸骨兵士をぶん殴ったけれど傷一つ付いていない。
最初は心許なかったけれど、幾つもの戦闘を経てなお傷一つ無いその姿に、今では全幅の信頼を置いていると言っても過言ではない。前に使っていた鈍らよりも頑丈で頼りになるのだ。見た目はまぁ、アレだけれど。
まぁ、それでもこんな見た目で無ければ百点満点で文句のつけようも無かったのにとは思ってしまう。
このまま何事も無くこのダンジョンから抜け出せねぇかなぁと思いながら、てくてくとダンジョンを歩く。
「……ん? 何か、音、聞こえる?」
自身の足音以外の音が聞こえて来たような気がして、千咲は足を止めて耳を澄ませる。
「なんの音だ……?」
音の正体が気になり、慎重に音のする方へと向かう。
何かの声。何かの音。怒号。それに、恐らく戦闘音。
段々と音が鮮明になっていく。
そうして、千咲は一つの部屋に辿り着いた。
開け放たれた大きな扉。まるで巨人が潜るために作られたかのように大きい。
開け放たれた扉の向こうの部屋から音は聞こえていた。
慎重に、千咲はひょこっと顔を出して部屋の中を覗き込む。
室内は巨大な扉に見合う程に大きな部屋だった。広大な室内では、一体の骸骨と五人の学生が戦っていた。と言っても、既に三人は地に伏しており、残った二人の内の一人も今まさに地に伏した所だった。
「ボス部屋じゃんか……」
千咲が覗き込んだのは、ダンジョンボスが鎮座するボス部屋だった。
戦いの素人である千咲から見ても、今ボス部屋で戦っている者達はこのままでは負ける。それどころか命を落とす。今地に伏している四人も致命傷はなんとか避けたようだけれど、このままでは命を落とすのは時間の問題だろう。
だからと言って、千咲が戦って勝てる相手でも無い事は明らかだ。ボス部屋で戦っているのは先日、冬華達に突っかかって来た少女であった。彼女のランクは冬華達と同じ。恐らく、パーティーメンバーも同じだろう。その彼女達が負けているという事は、ランクはCかそれ以上。千咲では到底敵う相手では無いだろう。
見てみぬふりが正解だ。千咲は弱い。行っても無駄死にするだけだ。それに、千咲は死にたくない。あの時、ディギトゥスが千咲を助ける直前、本当に怖かったのだ。
だから千咲は、踵を返した。千咲はまだ死にたくは無い。
彼女の家はエリートの家系だった。父親は大企業の重役だ。兄はその父の補佐役をしており、会社の業績を上げる程の活躍をしている。母も父と同じ企業で働いており、新設された部署を仕切り、順調に成績を上げている。
それだけではない。仕事以外の所でも、家族はエリートだった。出来ない事の方が少ない。そう思えるくらいに、彼女の家族はなんでも高水準にこなせた。
そんな中、彼女――御手洗聖羅は、家族よりも出来る事が少ない人間だった。
一般人からすれば、聖羅は人より出来る優秀な人材だ。だが、家族からすれば自分達と同じ事が出来ない出来損ないだった。
疎まれては、いなかったと思う。それでも、大して期待はされていなかった。
見返してやりたいとか、認めさせたいとか、そんな気持ちは無い。大した期待をされていなくとも、聖羅は家族を愛していたから。
ただ、自分が何か出来ると証明したい。聖羅はその気持ちを挑戦だと捉えていたけれど、実際は劣等感から来る焦燥であった。
自分も家族のように何か出来るはずだ。何か、家族よりも秀でた物があるはずだ。
そう思い、聖羅は冒険者を育成する高校――国立戦闘技能専門高校へと進学をした。因みに言えば冒険者という呼び方も俗称であり、正式名称は迷宮調停師である。迷宮を残しておく事もあるので、調停という呼び方になったそうだ。まぁ、冒険者でも間違いは無い。ダンジョンが出来た当初はダンジョン内を冒険するので、冒険者と呼ばれていたのだから。
ともかく、聖羅は冒険者として生きていく事を決めた。父の会社の新事業としてギルド部門を新設する案が出ているらしいと聞き、聖羅は家族が手を広げていない部分の成果を上げようと思った。聖羅は冒険者としての素質もあった。戦闘においては家族の誰も敵わないくらいに。
そうして高校に進学し、ダンジョンに潜り、今日。階位上昇という成果を上げるには十分な異常事態に遭遇した。
階位上昇したダンジョンでダンジョンボスを倒せば十分な成果を得られる。ダンジョンボスを倒せば、ダンジョン内に居るモンスターは弱体化する。巻き込まれた他の者も逃げやすくなるし、きっと聖羅達に感謝する事だろう。
聖羅は仲間を説得して、ボス部屋を目指した。
だが、見積もりが甘かった。
「こ、こんなっ……!! ぐぁっ……!?」
目の前の骸骨が大斧を振るう。聖羅は盾でそれを受けるけれど、衝撃に耐えきれず大きく吹き飛ばされる。
目の冴えるような青色に銀の差し色の入った鎧を見に纏う骸骨。聖騎士のようだと思ったけれど、扱う武器は身の丈を超える大斧。無骨、しかして、上品な飾りを施されている。
ダンジョンが出来てから、人々にはモンスターの情報を閲覧する能力が備わった。情報の多少は人それぞれだけれど、名前とレベルは誰でも確認する事が出来る。
聖羅は地に伏しながら、相手の名とレベルを確認する。
骸骨将軍・バルギース レベル38 ランクC
レベル差はそんなに無い。同じランクが五人揃っているこちらの方が有利だった。それなのに、結果はこの有様。
こちらの動きは完璧だった。全員が冷静に判断し、冷静に動いていた。
だが、相手の方が上手だった。それに、装備によるステータスの上昇もあるのだろう。
たった数分でこの有様だ。
「……こ、の……っ!!」
立ち上がろうと腕に力を込めるけれど、上手く身体を起こせない。それどころか、地面に腕を付けられない。
「――っ」
腕に目をやれば、大斧を受けた盾は割れ、腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。
衝撃のせいで麻痺していた全ての感覚が戻って来て、聖羅に痛みを訴える。
「うぅっ、ぅっ……!!」
痛みで目に涙が滲む。
衝撃を受けた身体は上手く動かせない。
地に伏した聖羅に止めを刺そうと、バルギースは悠然と歩み寄る。
このままでは死ぬ。それが分かっているのに、身体が言う事を聞かない。
死ぬ。死ぬ? やだ、やだやだやだやだ!! 死にたくない!! 死にたくない!!
心の内で喚き散らすけどどうしようもない。何せ、助けなんて無い。誰も、聖羅を助けてはくれない。
バルギースが立ち止まる。大斧を振れば一撃で聖羅の命を散らす事が出来る距離。
躊躇いは無い。慈悲は無い。そこにあるのは、確かな殺意。
バルギースが大斧を振り上げる。
「ぃゃぁ……っ」
迫る死を見たく無くて、聖羅は目を閉じた。
「おぉっ、らぁッ!!!!」
直後、響き渡る轟音。
明らかにバルギースの大斧の音では無い。
驚き目を見開くと、視界に映るのは目に痛い程のピンクの服を着た一人の少女。
「あぁ、クソッ!!」
可愛らしい服装とは裏腹に、口の悪い悪態を吐いた少女は聖羅の方を見やる。
「逃げれば良かった、ほんとに……!!」
心底後悔しているような声音と表情。だが、彼女の発した言葉とは対照的に、聖羅は得も言われぬ安堵を覚えていた。