012 スキルと魔法
ディギトゥスが眠り、心細くなってしまった千咲だけれど、こんなところに突っ立っていても事態は好転しない。
千咲は覚悟を決めて歩き出す。
「……此処、隠し部屋だったのか?」
どうやら、千咲が居た部屋は隠し部屋だったらしい。と言うのも、部屋には出入口と言うものが無く、骨がぎゅうぎゅう詰めになっていた棚は千咲が突っ込んだ事で壊れてしまっているものの、扉のような構造は見受けられなかった。
完全に隠された部屋。出入りすら想定されておらず、誰にも気付かれなければ最後まで隠し通されるはずだった部屋。
ちらりと室内を見渡してみるけれど、ただの石造りの部屋であり、その中心に棺らしき物が置かれているだけの部屋だった。財宝がある訳でも無し。何かの文字が刻まれている訳でも無し。恐らくは、本当にただ隠したかっただけの部屋なのかもしれない。
あれだけ邪悪な存在だ。誰の目にも留まらないようにと思うのも無理からぬ事だろう。
「……っし、行くか」
とはいえ、今はそんな事を考えている場合では無い。
千咲は可愛らしい装飾の施されたステッキを握り締め、恐る恐る石造りの通路を歩く。
目下の千咲の目的はこのダンジョンからの脱出。脱出直後に変身を解けば千咲がこんな格好をしているとバレる事は無いだろう。
以前の自分よりも強くなったとは言え、千咲のランクはD。生きてダンジョンを出るには、会敵しないように注意して進むしかない。やる事は最初と変わらない。
一番良いのは何処かのパーティーと合流する事だけれど、合流してしまったら千咲が変身を解くタイミングがかなり難しくなってしまう。背に腹は変えられないので、パーティーに合流したい気持ちの方が強いけれど。
一人で何事も無く出られたら嬉しいなぁと思いつつ、それが高望みである事を千咲は十分理解している。何せ、階位上昇してから即座に会敵してしまったのだから。
「てか、出口どっちだ……」
転移魔法陣による強制転移によって場所も分からない。それに、千咲は魔法を使えないので、探知魔法でダンジョン内を探知する事が出来ない。
千咲がダンジョンから抜け出すには、助けを待つか地道に練り歩くしか無いのだ。
慎重に歩いていると、暫くして千咲は広い空間へと出た。広いと言っても、骨が敷き詰められた狭苦しい通路よりは広い程度。
ただ通り過ぎればそれで終わり。そのはずだった。
部屋に入った途端、部屋の奥の通路から骸骨兵士が現れる。
「っ」
声を抑えて千咲は慌てて隠れようとするけれど、既に骸骨兵士に視認されてしまっている。
骸骨兵士は迷わず千咲の方へ迫る。
やるしかない。覚悟を決めて、千咲はステッキを握る。
「って、だからこれでどうやって戦えって――うわっ!?」
骸骨兵士が大剣を振るう。
間一髪のところで、千咲は大剣を避ける。
「避け、られる……っ!」
骸骨兵士の振るった大剣を避けられた事に驚く千咲。何せ、先程遭遇した時は、相手の剣筋など見えなかった。それが、見て避けられるまでに進歩している。
「それなら……っ!!」
千咲はしっかりと骸骨兵士を見る。怯えて目を逸らすな。しっかり見れば、避けられる。避けられるのであれば、勝機はある。
再度、骸骨兵士が大剣を振るう。速度、剣筋、その全てを、千咲は目で捉える事が出来た。
今度は危なげなく大剣を避け、握り締めたステッキを振りかぶる。
「そぉいっ!!」
ステッキを骸骨兵士の頭に叩き込めば、ぽわんっと光が弾けて骸骨兵士を吹き飛ばす。
「わおっ!?」
手に持っている武器となる物がステッキしか無かったから振るったけれど、まさか威力を伴う光を発するとは思っておらず驚きの声を上げる千咲。
驚きながらも、今はそれどころでは無いと吹き飛んだ骸骨兵士へ視線を戻す。
が、衝撃によって吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた骸骨兵士は動く事は無かった。
「倒した……?」
暫く倒れた骸骨兵士を見ていたけれど、一向に動く気配は無い。
「………………っはぁ……」
骸骨兵士を倒せたことに安堵の息を吐く千咲。
今までも命懸けで戦ってきたけれど、骸骨兵士は今までで一番の強敵だった。思わず、緊張の糸が切れそうになる。
だが、ここはまだダンジョン。気を抜いてはいけない。
それでも、とある感情が心底から湧き上がる。
「戦える……オレ、戦える……!!」
気が抜けそうになるのと同時に、高揚感が身体の奥底から湧き上がる。
前の自分じゃ到底勝つ事なんて出来なかった相手に、千咲は勝ったのだ。
「って、調子に乗るなよオレ。調子乗れる程強くねぇんだから。戦闘は必要最低限。逃げ延びるのが目的だからな。よしっ!」
高揚感を抑えながら、ふりふりとフリルと長くなった髪を揺らしながら千咲は先へ進む。
「まさか、ステッキにこんな力があったなんてなぁ」
歩きながら、千咲は自分の持つステッキの効果に驚く。
「さっきの光、多分、魔力だよ、な……?」
威力を伴った光に、千咲は覚えがあった。竜胆や他の魔法を使える面々が魔法を放つ時に生じる光と同等の性質だった。
「そうだ。スキルとか確認すれば良かったんだ」
パニックに陥っており気付けなかったけれど、ステータスで自分がどんな魔法やスキルを使えるかを確認すれば良かったのだ。
ステータスでは自身のレベルや職業を確認できる他、自分が習得しているスキルや魔法を確認する事が出来る。レベルアップもしなければスキルも魔法も習得しない千咲にとって、縁遠いものだったのですっかり忘れていた。
ステータスを開き、千咲は自身に何が出来るのかを確認する。
スキル
マジカル・パワースイング
マジカル・スラッシュ
魔法
マジカル・ビーム
「……なめてんのか、これ……」
あんまりなネーミングに思わずそう口にしてしまう千咲。スキルや魔法を使えるようになるのはありがたい事なのだけれど、せめて名前を見てどんな技か分かるようにして欲しいものだ。
恐らくだが、先程の威力を伴う光がマジカル・パワースイングなるものだろう。力の限り思い切り振り抜いたので間違い無い。
「まぁ、戦えないよりはマシ、だよな……」
力を込めてステッキを振ってみれば先程のように威力を伴う光が発生する。
「おぉ~」
威力を伴う光を見て、千咲は感嘆の声を上げる。
出すぞ、という意志を持てば力一杯降らなくてもスキルは発動するようだ。それでも、力を込めた方が威力は上がるだろうけれど。
「てか、身体だる……」
それと、スキルを使うと疲労感がある。魔力を消費しているのだろう。今までに感じた事の無い類の倦怠感を憶える。
スキルは強力だけれど、使いどころはよく考えなければいけないだろう。
それでも、なんとか戦える。今はそれだけで十分だった。