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わたしのやり方

 ぱち、とわたしは目を覚ました。

 体はふかふかの雪に包まれて、優しく抱き止められていて。

 それはまるで御柱くんに抱えられたみたいで。それはある意味であっていて。

 だけど。


 だけどもう、それだけではいられない。


「ん……」


 ぼっ、と。自らの意思で炎を生み出して操る。

 それは緩やかにわたしの体を起こしていき、雪を静かに溶かしていった。


 できる。わたしの炎を操ること。

 そのやり方。それは御柱くんと重なる過程で自然と身についていた。


 ちら、と御柱くんを包む氷、その足元に目を向ける。

 さっきは手も足も出なかった分厚い氷。

 

 けれど、炎を自在に操れるようになった今ならもしかしたら融かせるかもしれない。


 ふーっ、と大きく息を吐く。

 そして小さく息を止めて。


「やぁっ!」


 腕を振るって炎を放つ。

 それは分厚い氷に巻きついて、氷の枷を破ろうとしがみつく。


 だけど。


「いじっぱり」


 氷は少しも揺らぐことない。この程度じゃ届かない。

 わたしの気持ちを聞く気配すらないのだ、御柱くんは。


「あーもー。仕方ないんだから」


 わたしのことを好きって言ってくれない御柱くん。どこまでも頑張り屋でこんなことまでしてしまった御柱くん。


 けどね、わたし。

 君の痛みを知ったから。


 それに。

 

「あのね、御柱くん。気持ち、聞こえたから。わたしのこと、好きだって」


 だから、抑えられないし、抑える気だってないんだから。


 だから、みはしらくんのせいだからね。

 そう呟いて、彼を見る。


 氷に包まれた、瞳を閉じた彼の顔。

 それはやっぱり大好きな御柱くんのままで。


 ごおっ! と(あふ)れるままの激しさで、炎がわたしを包んでいた。

 雪を消しとばしていくその激しさはどこまでも制御不能。御柱くんの氷の竜巻すら赤く炎に包まれていく。

 それでも御柱くんを包む氷は融けることがなくて。


 代わりに、ぱきぱきと。

 氷の柱と青白い炎を繋ぐ氷の橋たち、その全てが崩壊していく。


 それが引き起こすもの、それは。


『妾が(ねや)を侵すとは如何なる痴れ者か! 我が(ほむら)のうちに消え果てるがよい!』


 貌のない巨大な女な姿と化した、青白い炎の親玉の復活で。


「うぅっるさい! お前がいるから御柱くんが幸せになれないんでしょうが!」


 わたしが倒すべき、御柱くんの敵(わたしの敵)との対峙だった。


-◇-


灯火(ともしび)炎熱(えんねつ)赫炎(かくえん)烈火(れっか)(つど)いて絡み閃熱(せんねつ)と化せ!」


 ことばを重ねてちからを組み立てる。それは御柱くんがやってみせた通りに。

 滑らかに、初めから知っていたかのように、口は動いて。


 ちからを放った、その実感があった瞬間。


 視界が白に染まる。

 訳もわからず目を瞑り、せめて腕を交差して身を守り、一拍置いて。


 遅れてきた爆音と衝撃にわたしは後ろに吹っ飛ばされた。


 状況を。せめて状況を把握するためになんとか目を開いて。

 右肩のあたりが消し飛んだ青白い炎の姿を見た。

 

 わたしひとりでは到底引き起こせないようなちからの行使。


 雪に包まれたときに聞いた御柱くんの言葉。


『我が身、我が魂をこの者に分け与えんことを……!』


 それで理解する。この全身には御柱くんが宿っている。理屈は分からない。けれど、そうなのだ。


 それなら。それなら、ぜったいに。

 あらゆるものに負けないんだって実感できる。


『返せ! 返せ返せ返せ! ()が雛鳥は妾のものである!』


 青白い炎が燃え盛る。欠けた右肩は瞬く間に塞がれて、元の姿を取り戻す。


 そして、それだけじゃない。

 妄執は深く。わたしをけして逃さないと、炎の壁が辺り一帯を覆っていく。

 それは高く高く。捻れて絡み、空までを覆う天蓋と化す。


 一呼吸ごとに肺の中身が傷ついていくような禍々しい熱気が周囲に満ちていく。

 生きて長くここに留まることはできない。そんな実感が確かにあった。


 ……好都合。もとから御柱くんを置いてここから逃げる気なんてないんだから。


-◇-


 放つ。


 敵が撒き散らす青白い炎のうち、わたしに向かってくるものに対して、落ち着いて赤い炎をぶつけていく。

 赤い炎と青白い炎。

 それらは空中でぶつかり合い、熱だけを残してほつれて消えていく。


 絶え間なく降り注ぐ青白い炎。それを相殺するだけで手一杯で、さっきみたいな大技を繰り出すことは難しい。

 けれどそれは相手も同じこと。

 あの大技を警戒してか、わたしを一撃で燃やし尽くすような攻撃を放つことはできないようだった。


 薄氷の上に立つような不思議な均衡状態。

 けれどその天秤は突然一気に傾いた。


「けほっ!」


 肺を焼く熱気にむせて、咳をしたその瞬間。

 視界すべてを青白い炎が染めて。


「うぁあっ!」


 包まれる。それは、護りがなければただちに人を焼き尽くす煉獄の炎。赤い炎に包まれたわたしでも、痛みと熱さは突き抜けて。


「はっ! はっ!」


 息を切らせながら、炎に焼かれながらもその場から駆けて追撃を回避する。

 留まればそれこそ消し炭になってしまう。


 けれど、熱くて痛くて、でもそれ以上に。


「妬ましい、嫉ましい、羨ましい……っ!」


 わたしの心を染め上げていく、青白い炎の根源がわたしの思考を奪っていく。


「みはしら、くんが! いなくなったのに! みんな、ずっと平気な顔をして! 恋人といるなんて! そんなの……っ!」


 こころ、(こぼ)れて。足が止まって。

 赤い炎は無軌道にそこらじゅうを暴れ回って。


 直撃する。

 青白い炎の塊。必殺の意思を込めたであろう、それに身を包まれた。


-◇-


 からだがうごかない。

 力尽きて横になった体は笑えないくらいにぴくりとも動かなかった。


 たったひとつか細い炎の糸が、あの人を探して伸びていくだけ。


『ほほほ』


 頭の上から声が聞こえる。

 勝ち誇ったような醜い声。


『大層なことを言っていたが、この有様よ。お前の炎とて、もはや妾の炎と同じ色をしているではないか』


 掴み上げられる。頭を鷲掴みにされるようにして。


「そうね……羨ましいのは、ほんとにそう」


 わたしの炎はすでに青白い炎になっていて。それはわたし自身を灼く火になっている。


『では()く焼き尽きるが良い。()が雛鳥を穢した痴れ者よ』


 勝ち誇った声。目の前にはわたしを焼き尽くす熱の塊。

 きっとこのまま青白い炎にわたしは焼き尽くされてしまうのだろう。


 だからこそ(・・・・・)


「だからおまえはモテないのよ」


 わたししか見てない愚か者を笑ってみせる。


『貴様ァ!』


 膨れ上がる怒気。

 けれどそれより。


「カッコいいとこ見せてよ! 御柱くん!」


 わたしに残った赤い炎。その糸の先が彼の氷に触れるほうが、早い!


 赤い炎と青白い炎。

 その二つに炙られ続けた氷、それは。


「当たり前だとも!」


 ずっと待ち望んだ彼の声と共に砕け散った。


-◇-


 一陣の風が吹く。

 それはうだるような夏の暑さの中を抜けるような涼やかな風にも似て。


 ふわ、と浮いたような感覚。

 それに気が付いた瞬間。


 わたしは御柱くんに抱きかかえられていた。


「きみは……、きみはこんな無茶までして……っ!」


 絞り出すような御柱くんの声。

 それとともにぎゅ、っと。強く強く抱き寄せられる。


 それは少しだけ痛くて。優しい王子様の御柱くんだとぜったいにしないことで。

 でも、だからこそそれはどこまでも嬉しくて。


 だから。


「心配かけて、ごめんね……」


 そっとほほに手を伸ばして、いつか彼がしてくれたみたいに涙を拭う。

 

 涙に触れた指先。そこがじんじんと痺れるみたいに。熱くて。熱かった。


「伊勢崎さん……」


 彼がわたしの名前を呼ぶ。

 いつもより潤んだ瞳。わたしを見つめる黒水晶。


「みはしらくん……」


 名前を呼ぶ声と互いの視線。交わるそれらの距離がちょっとだけもどかしくて。


 そんなわたしの思いを見透かしたのか、御柱くんはちょっとだけ笑ったあと。


「好きだよ」


 わたしのおでこに口づけをした。 


 ぎゅっ、と思わず目を閉じてしまうほどに感情が吹き荒れる。


 そのまま目を開けられないでいると、そっと頭を撫でられる感触。

 それはどこまでも安心できるような心地よさがあった。


 だから。


「今度こそ、待ってて。すぐに終わらせてくるから」


 わたしの目を見て約束する御柱くんをしっかり目を開けて見て。


「行ってらっしゃい」


 彼のほっぺたにキスをした。


 たちどころに彼は耳まで真っ赤になって。

 それがどうにも可愛くて、愛おしくて。


 わたしは散々頑張らされたぶんは、これでいいかな、なんて。

 満たされた気持ちになっていた。


-◇-


 御柱くんは雪と氷でなんかすごい玉座を作って、わたしをぐい、と座らせる。そして、何も言わずに流星みたいな軌跡を残して飛んでいった。


 空に引かれた軌跡(それ)は何よりもきれいだった、そうなのだけど。


「照れ逃げだぁ……」


 そんなことを考えたりするのである。


 そんなふうにもう恋する気持ちはあふれてて、炎が湧きあがりそうなものだけど、それが現れる気配は全くない。


 だって今、それは御柱くんに預けたものだから。きもち、こころ、ぜんぶ預けて。

 そうしてわたしのぜんぶが彼の力になる。


 だから、もう一度。


「かっこいいとこ見せてね、御柱くん」


 ささやくように呟いて、空を駆ける彼を見上げていた。


-◇-


 硬い氷の軌条(レール)を引いて、御柱くんが赤い炎(わたしの炎)で加速する。

 砕けてきらめく水の粒子は輝いて、まるで彼が虹をかけるよう。


 青白い炎がどれだけ手を伸ばしても、縦横無尽に空を行く彼を捉えられるはずもなく。御柱くんは勢いのまま、巨大な青白い炎を切り裂いていく。


 そして駆け抜けるまま、わたしと青白い炎との戦いの余波で燻る炎にそっと雪を降らせていった。

 雪は炎にかき消されたとしても何度も何度も舞い降りていって、それは少しずつ、けれど確かに。優しく、そうっと炎の勢いを弱めている。


 青白い炎は怒り狂ったように火球を撒き散らす。けれども、もうそれがどこかにたどり着く(誰かを傷つける)ことはない。

 空を舞う、細かな氷のダイヤモンドダスト。火球はそれに触れて弾けて弱まって、何かできることもなく最後は雪に包まれて消えていく。


 その光景は神秘的で穏やかで。離れたところから見るとまるで映画や神話のワンシーンのよう。

 でもわたしはその光景にある激しさを知っている。


 そう、御柱くんは優しくてカッコよくて。でも、わたしはそれだけじゃないことも知っていて。

 傷ついて。頑張って。折れても立ち上がって。カッコいいところを見せてくれる御柱くん。


 わたしはそんな彼が。


「好き。大好き。超大好き」


 だから。


「この気持ち。満ちてあふれて御柱くんのちからになれ」


 そんなふうに。知らず、想いのままに口を動かした、その刹那。


 眩いまでに輝いた御柱くんが一刀の元に青白い炎を切り裂いて。

 断末魔の一つすら許さず、完膚なきまで一欠片すら残さずに。

 やつのいた痕跡すら残さず消し去っていた。

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