御柱くんがやってきたこと
そしてどれくらい歩いたのか分からなくなるくらい前に進んだあと。
ついにわたしはたどり着く。
ごうごうと吹き荒ぶ吹雪の真ん中。黒い雲から地上へ降る竜巻の階段。
その中心を貫く氷の柱の大元に。
「御柱くん……」
御柱くんがいた。
分厚い氷の柱の只中に、あのときの格好をしたままの御柱くんがいた。
あたまがまっしろになる。
たすけなきゃ。それだけで頭がいっぱいになった。
「御柱くん! 御柱くんっ!」
叩く。叩く。叩く。
氷の柱を思いっきり、手が赤く腫れても、冷たさで指先がしびれても止まらない。
「うぁあああーっ!」
感情があふれて炎に変わる。それを両手に集めてなんども氷の壁に叩きつける。
がんがんと音が響く。
そのたびに鈍い痛みと鋭い冷たさが、何度も。
なんどもなんどもなんども。
襲ってきたってわたしは耐えられるのに。
「あ……っ、やだ。やだやだやだやだ!」
ぱきぱきと凍りつく氷がわたしの握った手をそっと覆って。ぱきん、と砕けて消えた。
わたしはそんなこと望んでないのに、それはまるで傷ついた手を優しく止めるようで。
御柱くんが止めたみたいで。
「やめてよ、そんなのっ……!」
涙が止まらなかった。
-◇-
それから。
氷の柱に抱きついて溶かそうとしたり、落ちている石を投げつけてみたりしたけれど、御柱くんを氷から出す方法はどうしても見つけられなかった。
ことここに至ってまで、御柱くんは私を拒んでいる。そんな風に思えて。
悲しかったり。怒ったり。そんな気持ちになるのだけれど。
激情が溢れきった心は妙に凪いでいて。
「御柱くんなんだね。やっぱり」
氷の柱も。この不思議な世界を覆う吹雪も。
どちらも気づいてしまえばどこまでも御柱くんを感じられて。
全て御柱くんがやったことなんだと確信してしまった。
なら。それなら。
御柱くんがそうしなければならなかった理由があったはず。
それを何とかしよう。
そうしたら御柱くんも氷から出られるかもしれないから。
それはあまりにも都合の良い考えで。
もう本当はどうしようもないのかもしれないけれど。
それでも無理矢理に心の火を灯す。
諦めたらそこで全部終わってしまうのだから。楽になるだけなのだから。
そうしてわたしはあたりを見回して。
『それ』を見つけた。
クリスマスツリーがあった場所。そこを中心に燃え盛る炎、その凍りついた姿を。
「は、え……?」
怖かったり緊張感を覚えるよりも先に、ぽかんと口を開けてしまう。
だってそれはあり得ないほどに大きい。駅前の背の高いホテルよりも背が高く、駅の出入口よりも横幅が広いのだ。
今まで気づかなかったのがあり得ないくらいに。……それくらい御柱くんを見つけて取り乱してしまったということだけど。
ともかく。
凍りついた炎。それが氷の柱と向かい合っている。
視線を思いきり上に向ければ、氷の柱から生えたいくつものトゲが凍りついた炎を貫いているのが見えた。
あの、来るときに見た青白い炎。その親玉みたいなものを氷の柱が封じ込めている。
つまり、これが原因。『御柱くんがそうしなければならなかった理由』に違いなかった。
ぞくと背中が総毛立つ。
直感的に分かったから。あの凍りついた炎、それを何とかする方法を。
「わたしの炎で塗りつぶせば」
火事のあった場所で凍りついた炎にやったみたいにやれればきっと、この凍った炎はきっと無くしきることがでくる。
でもそれは、人と同じくらいの大きさの炎であれだけ苦しかったのに、それの何十、いや何百倍もの苦しさを耐えきらなければいけないということで。
怖い。熱いのも痛いのも、自分が別のものに塗り替えられそうなあの感覚も。
あれが何倍もの激しさで襲ってくるなんてきっと耐えられるわけがなかった。
ぺたりと座り込む。
その瞬間、周りに留まっていた吹雪がわたしを覆った。
一瞬だけ完璧に折れてしまった心。それだけでわたしを覆っていた炎の渦は消え果てて、御柱くんの雪がわたしを包んだ。
「だ、め……。まだわたし、がんばれる……」
雪に包まれて一気に意識を奪われていく。
眠い。眠くて。
せめて文句を言いたくて手のひらでぺちんと氷の柱を叩いた。
「ばか……」
意識が闇に溶けていく。
-◇-
『かけまくも……、かけまくもかしこき白雪よ……! 流れ伝う水神よ』
どこか。どこか遠く。声が聞こえて。
『幾久しく我らと共にありて、我ら心安らかに日々を過ごさしめ給ふ……!』
息も絶え絶えで絞り出すようなその声は。
『全て。すべて、あなたがたの大御恵みの賜なるを、慎みて感謝を捧げ奉る』
ずっと聞きたかった御柱くんのもので。
『願はくは、我が祈りをば御心に留め置き給ひて、我が身、我が魂をこの者に分け与えんことを……!』
だいじょうぶだよ。みはしらくん。
そう口にしようとしたそのときに。
『かしこみかしこみ申し上げる』
ぶわぁっ、浮くような。
流れていく。
それは川の中を流れる小さな雪のかけらになったみたいな感覚で。
大きなうねりに振り回されながら、何もできずに振り回されていく。
それでも流れは時折とどまって、わたしはそのたびに断片的な何かに触れていく。
それは何かとても大きくて優しいものに揺られている心地よさだったり。
ふわっと浮くように抱き上げられたときの視界の高さだったり。
柔らかくて、幸せな時間。
きっとそれはとても小さな頃の。
「あんよがおじょうずねぇ、ほまれくん」
御柱くんの思い出だった。
時間が加速度的に流れていく。
そしてわたしはとどまるたびに御柱くんの過去を知っていく。
例えば彼が神社の一人息子だったこととか。
お母さんを早くに病気で亡くしてしまったこととか。
一人で育ててくれたお父さんが大好きだったことだとか。
それらはきっと御柱くんの口から聞くべきことで、ほんとうはこんなふうに知るべきことじゃない。そう思うのだけど、見えるものは止める術がなくて。
そして、わたしは『それ』を見た。
青白い炎。御柱くんの神社を襲ったそれを、御柱くんのお父さんが命懸けで祓ったこと。
それでも完全に倒しきるには至らなくて、哀しむ間もなく始まってしまった御柱くんの戦いの日々を。
ずっとずっと。
10歳の頃から戦い続けた御柱くん。
そして流れは終点にたどり着く。
クリスマスイブ。
御柱くんがいなくなった日。
最後の日。
深く、深く彼の意識を追う。
-◇-
12月24日、クリスマスイブ。
9時40分。
待ち合わせより早く、僕は駅にいた。
辺りをしっかり見回しても伊勢崎さんの姿は見当たらない。
釘を刺しておいた甲斐はあったということだ。あの人はそうでもしないと待ち合わせの一時間前から平気で待ってたりするから。
……それにどうしようもなく嬉しくなってしまうのだから、僕も同罪ではあるのだけれど。
思わず頬が緩みそうになって。
その愚かしさを打ち消すように、自分の両手で軽く頬を張った。
内心では強く張りたいけれど、この顔すら彼女を騙すためのものなのだから。
赤く燃える心を持つ伊勢崎さん。僕は彼女と心を繋いで、炎の護りを手に入れなければならない。
青白い炎。今度こそあれを完全に滅ぼすために。
「みーはしらくんっ!」
顔を上げて、一瞬呼吸を忘れた。
髪型がいつもと違って。
うっすらとピンク色に色づいた頬はきっとメイクもしてるのだろう。
膝下まで伸びた深い赤色のロングコートはふんわりと揺らめいて、大人びて見えた。
きっと今日のためにたくさん準備したのだ。
僕が気づくこともできない部分も含めて。
頬が熱くなる。それを全力で抑えて。
「おはよう、伊勢崎さん。今日も素敵な格好だね」
「ふえっ! あ、あははは!」
伊勢崎さんを照れさせる。
ほっぺたを両手で押さえてふるふると体を揺らす彼女はいつも通りに可愛らしくて。
僕は彼女に見えないうちに頬を赤くした。
「さあ、行こうか」
「うんっ!」
努めて平静に彼女の手を取って、彼女に素敵な夢を見せる。それがどういう理由によるものなのか、もう自分でも区別できなくなっていたとしても。




