ペルソナ
妻が、ある日突然、仮面を身に付ける様になった。顔全体を覆い隠し、ニッコリと笑っている様に見える目元が印象的な……。そんな、真っ白な仮面を…。
因みに俺は、そんな彼女に気味の悪さを覚えていた。
怒りからか、それとも悲しみからか…の、負の感情が込められた声音に反しての、笑っている様な印象の仮面を身に付ける事で、視覚と聴覚や勘等の情報のズレ、且つ表情が読めない事で、妻の考えている事が全く判らない。
自分は、仮面を身に付けていない為、表情からある程度の情報を出しているのに…。夫婦なのに、自分は情報を出してて、彼女は出さない。
そんな、対等な関係性じゃない事に、俺は苛立ちを覚えていた。
「アイツ、気持ち悪いんだよなぁ。真っ白な仮面で、顔全体を覆い隠してさぁ。お前の、見飽きたブス顔なんか、仮面なんか付けんでも、最初っから見ねえっつうの」
「ひっどぉーい。そんな事言ったら、奥さん、泣いちゃいますよぉ」
そう言って、俺を窘める愛人に、やっぱりこの娘と関係を持って好かったなぁと思った。だって、俺の妻への愚痴に対して、先程まで愛し合った男よりも、自分の恋敵であろうクソ女の方へ肩を持つ、優しくて器が広いコなのだから。
「奥さんが、仮面を身に付ける様になったキッカケとか覚えてますぅ?」
「えっ?気付いたら付けてたから覚えてないケド…。なんで?」
「もしかしたら、アタシ達の関係が奥さんにバレちゃって、その牽制に……」
「ないないっ!だってアイツ、俺の気持ちを考えてくれない鈍感女だから。だから君と、数年前から、こうやって愛を語らい合ってるんじゃないかぁ」
そう言えば、愛人は俺を怖い顔で見た。
……あれ?彼女が、俺をそんな顔で見るわけがない。目を凝らして愛人を見ると、いつもの愛くるしい顔で俺を見つめていた。
…気のせいか。そうだ。彼女が、俺をそんな表情で見るわけがない。だって俺等はーー
“もしかしたら、アタシ達の関係が奥さんにバレちゃって、その牽制に……”
愛し合ってるのに…秘密の共有をしているのに…なんで、俺を困らせる事を彼女は言ったのだろう?男心に理解があり、且つそれを行動に移せるから、俺みたいな既婚者を落とせたクセにさ?
如何して、俺達の関係に水を差す様な事を言ったのだろう?
「なあーーッ!?ぅああ"っっ!!」
俺は思わず悲鳴を上げた。愛しの彼女の顔を再び見たら、妻と同じ仮面を身に付けていたからだ。妻と違い、愛人の目元付近は怒りからか、目出し部分が外側に向かって釣り上がっているのが更に怖い。
「どっ…如何したの?悲鳴なんか上げてーー」
「来るなッ!お前っ、アイツのスパイだったんだな!?」
「…はあ?アイツって誰よ!?それにスパイ、って……」
はあぁ…と溜息を吐く愛人に、馬鹿にされてると感じた。と同時に、妻に雇われたスパイのクセに俺を馬鹿にしやがって…と強い怒りが湧き起こる。
「……お前か?妻に、俺の前では、仮面を身に付けろ、って指示を出したのは?」
「……は…はあ!?仮面って……アイツって、もしかして奥さんの事?指示って、貴方の奥さんとはーー」
「黙れッ!!!よくも数年間、俺を騙しやがったな!?痛い目に遭わせてやるっ!」
「は?えっ?ちょっ…!?」
俺は、愛人をベッドへと押し倒すと、その首へ手を掛け、少し締める様に力を入れた。
「やめっ…ぐる、し……」
「だったら、俺に心からの謝罪をしろ」
「っ……ごめ、んな、さーーッッ!?」
「…やっぱり、俺に謝罪しなきゃならねぇ事、したんだな?悪い女だな。じゃあ、お仕置きだな?」
愛人の首を締め付けている手に、力を込めた。それにより、愛人は更に苦しそうに顔を歪め、「ヤメて…」と言いたげに、俺を見つめていた。
「俺を騙し続けたんだ。暫くの間、バツを与えてやる。喜べ」
どれぐらいの時間が経ったのだろう。女の声が聞こえなくなった。それに、脈の振動も、手から伝わってきていない様な…。
嫌な予感がして、女の顔を数時間振りに見ると、仮面が取っ払われていた。それにより顔を拝見出来たわけだが、女は……血の気が引いたみたいな青褪めた顔をしていて、息をしていなかった。
「っ……おっ…おい。冗談、だろ?」