8.お嬢さま
製作所に戻ると、ファーゼはごろんと横になって本を読んでいた。
「ここに布団を敷くつもり?」
大きな棚を床に寝かせておけば、収納家具にもなり、その上に布団を敷けるようにすれば、寝台にもなる、という優れもの、なはずなのだが。
「そうなんだけど、布団をどうやって手に入れようか、ってね‥‥‥」
ファーゼは、私の下ろしたぱんぱんの鞄を背もたれにして、もぞもぞとちょうどいい角度を探しているようだ。
「独立かー‥‥‥」
ファーゼはうっとりと語っていく。
「宮廷医師になって、毎日ざっくざく!一人暮らしして、好きに暮らすんだー‥‥‥!」
「ギドロイさまはどうするの?」
ファーゼは途端にやさぐれて溜め息をついている。
「母親が侍女だから幼馴染ではある‥‥‥父親は遠縁ながら王族筋の生まれで宮廷医師。そこそこいい家のお嬢さん‥‥‥だからって、妃候補だと見なされても‥‥‥」
「国の平安を思うのなら、有力者のお嬢さまを?」
「そうよ!あいつは母さんに懐いてるし、父さんが政治的に出しゃばらないから、義理の両親があの二人だったら楽ー!って思ってるだけ!」
「ギドロイさまに言えば、図書庫入れるんじゃない?」
「え‥‥‥?」
ファーゼは真面目な顔で考え込んでいる。
お嬢さまというのは、どこも大変なようだ。
ディードが私を図書庫へ入れてくれるようになったのは、こうしてファーゼを釣るためなのではないかと思っているのだが。
◇◆◇◆◇◆◇
持ってきた本をすべて読み終えたらしく、ファーゼは伸びをしている。
「あー、ばっきばき‥‥‥ふっかふかのソファを手に入れてよ」
(それもギドロイさまなら持ってるよ?)
あまり突きすぎるのはよくないだろうと思い、心の中で言っておく。
「やたらいい匂いがするわね」
「油揚げさまの力だよ!」
筍ごはんの入った器をずいと差し出すと、受け取ったファーゼは、すんすんといい匂いに頬を緩めてから蓋を閉めた。
「これも異国料理よね?」
「一応ね。それ、よかったらどうぞ」
「ありがと。国境を越えて商売繁盛な大店の‥‥‥あんたって何?」
「え?‥‥‥取引相手かな?」
「今日の取引はこれ?」
「そういうことになったね‥‥‥」
ファーゼは、ぱんぱんな鞄を持ってくると、私がリュックを背負うのを待って、その上からかけてくれた。
筍ごはんは籠に入れて、帰り支度は完了だ。
リタは夕食を何か用意しているだろうか。
ファーゼを大通りまで見送ろうとしていると、リンランらしき人を見つけてしまい、ついファーゼを木陰に引っ張り込んだ。
「あれってリンランよね?男‥‥‥」
ファーゼと渋い顔で頷き合う。
リンランと青年は、二人の声は聞こえないものの、どう見ても修羅場だ。
(泣いてるよ‥‥‥)
恋に生きるとはこんなに苦しむものなのか、と、見ているこちらも胸が痛む。
青年は立ち去り、リンランもとぼとぼと歩き出した。
お供部隊の皆さんも、こそこそと後を追っている。
「あそこもね‥‥‥でも、あんなんじゃ、誰かつけておかないとね‥‥‥」
「心配だからね‥‥‥」
お供部隊の皆さんも行ってしまうのを待ってから木陰から出ると、ぐいと腕を引かれた。
「あれ?どうしたの?」
リタは、ぬーんとなってこちらを見下ろすばかりで、何も言ってくれない。
「あの‥‥‥こんにちは‥‥‥?」
ファーゼが恐る恐るという様子で声をかけると、リタは姿勢を正して言った。
「あ、はい、こんにちは。リタジオードと申します」
ファーゼは緊張を緩めると、余所行きの微笑みを引っ張り出した。
「ファーゼロッテです。ここで失礼しますね」
せっかく余所行きお嬢さまとなったのだが、ファーゼは、さっさと立ち去ってしまった。
あれを見ると、お妃さま候補となるのも納得なのだが。
(可憐なんだよな)
「‥‥‥どうしてこんなに大荷物なんですか?」
「あー‥‥‥筍を持っていったら、お古をぱんぱんに貰いました」
鞄をぽんぽんとしてみせても、リタのぬーんは引っ込まない。
「こっちは筍ごはん。リュックには本」
持ち物については、すべて説明し終えたのだが、リタはぬーんを強めてしまった。
筍ごはんの蓋を開けてみせると、リタはぬーんとなりつつも小さく微笑んでくれた。
「帰りましょう」
ほっとして、筍ごはんを籠に戻すと、リタが籠と鞄を持ってくれた。
「ありがとう」
「いいえ」
私では視界を遮られつつ胸の前で抱えることになっていた鞄が、リタが持つと大き目な手提げとなり、その変化がなんだか面白い。
(出会った頃、十二って言ってたから、今年十三)
リタにも恋というものが訪れているのだろうか。
リタはこれから青年へと成長していくのだと思うと、私の独り立ちよりも、リタがルツの家からいなくなる方が先なのだろうか。




