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シアの国  作者: 薄荷堂
左の国
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7.早起き

(どこだ‥‥‥?)


徐々に記憶が追いついてきて現実に着地すると、もう過ぎ去ったのだと安堵する。


今となっては浮遊霊で、リタが泣いているところは見たことがない。


(ふわふわ‥‥‥)


リタの髪は柔らかそうだ。


これが猫っ毛というものだろうか。


色素の薄い茶色い髪は、窓から射し込む朝日に透けるととても綺麗なのだが、今日は朝日を待ってはいられない。


(雨は降ってないよね?)


そろそろ春の気配がするのだが、まだルツの家に置いてもらえている。


リタを起こさないようにそおっと布団を出ると、そろそろと移動して、音がしないように扉を開けた。


閉める時も慎重に。


身支度を済ませると、紅茶を淹れて、パンを焼きながら本を読む。


宮廷の図書庫には膨大な本や書類がある。


偉くなるほど奥まで進めるのは、宮廷内の建物の配置と変わらない。


ディードを連れていけば、私でも奥まで入れてもらえ、さらに持ち出す許可までもらえてしまう。


パンが焼けると、残りの紅茶を水筒に入れて、それも籠に詰めた。


ルツとリタの分のパンは、いつもの籠へ。


本を詰めたリュックを背負い、パンと紅茶の入った籠を左手にさげて家を出る。


まだ早朝とあって、私の他には誰も歩いていない。


五つとなった私は、行先と戻り時間を事前に伝えておけば、一人での外出も可能となった。


製作所で屋内と呼べるのは工房の中だけで、そこをどうにか生活できる場へと変えていきたいのだが、その方法は丸っと未定だ。


(十分なんだよな)


浮遊霊となってからも、商館の皆との付き合いが途絶えることはなく、売れ残りだの訳あり品だのと言っては、服だの鞄だの渡してくれる。


昨年着ていたものがもう小さくて着られないというのは、リタの歳となっても変わらないらしく、これから先というものを思えば、すぐさま気が重くなる。


身長が止まっても、物には劣化という現象が起きるのだから、新しく必要になるという機会に遭遇してしまうことは避けられない。


(身に着けるもの‥‥‥体を作るもの‥‥‥健康を保つもの‥‥‥金、金、金‥‥‥)


現金というものを必要としていない、というのは、恵まれているお子さまなのだと認識している。


生きていくには金がいる。


大人という生き物は、すべてを自力でどうにかしているのだと思うと、眩暈のような感覚を覚えて立ち止まってしまう。


「おーい!どうしたの?」


駆け寄ってきたファーゼは、籠を受け取ってくれた。


「いい香りー!また立ち眩み?」


「平気。まだ暗い中に女の子一人で危ないでしょ?灯りも必要になるんだから、今度からは、もっと日が高くなってからにしなよ?」


ファーゼは憮然として、催促するように手を出してきた。


鍵を渡すと、ファーゼは製作所の門まで駆けていく。


(元気だな)


ファーゼの体には、活力というものが詰まっているのだろうと思えて、なんだか羨ましい。


ファーゼは工房の鍵も開けて、持参してきていた蝋燭に灯りを点けてくれた。


私の懐具合を察してくれているとは、有り難い。


私がリュックから本を取り出すと、ファーゼは目を輝かせた。


「これよ!これ!」


「ディードが、丁重に扱えよ、って」


ファーゼは舌打ちしてから、本を手にして椅子に腰かけた。


「どうして、あんたは入れるのよ!?」


「恩恵だよねー」


八つ当たりする気を無くしてくれたらしいファーゼは、本に視線を落としたので、私はお目当てのものを探しに行こう。






◇◆◇◆◇◆◇






製作所の敷地には竹林が存在し、春の気配となれば探さねばならない。


(どこだー?いるのはわかっているんだぞー?)


がさがさと落ち葉や土をかきわけるようにしながら、筍を探す。


筍を持っていくと、商館の皆や館主のご家族の皆さんも喜んでくれるので、与えてもらった土地で収穫したものを渡して恩返し、というのは、なんだかもやもやするのだが、返せるものを返しておこう。


(お!)


筍を見つけ、周りの土を掘っていく。


地下茎との繋がりが見えれば、そこに鍬を入れて切り離す。


(おー!)


達成感というものも得ることができるのだが、お子さまには一本採るだけでも重労働で、腕力というものに憧れる。


三本も採ればへとへとなのだが、どうやらもう無いようなので、今日のところはこれでお終いとしておこう。


(今何時だ?)


懐中時計で確認すると、もう訪ねて行ってもいいだろう時間だ。






◇◆◇◆◇◆◇






(ふいー!)


朝から風呂に入らせてもらえるとは、有り難いのだが、申し訳ない。


筍を届けると、土まみれになっていると指摘してもらい、こうして風呂に入らせてもらうことになった。


そして着替えとして、リンランのお古を受け取ることとなるのだから、恩返しどころか、これでは物々交換だ。


「あら!ぴったりじゃない!じゃ、これらもいけるわね」


館主の奥さまが、お古の山を鞄に詰め込んでいくのを、三つになるランセンも手伝っている。


「あれ?リンランは?」


館主の奥さまはぴたりと手を止め、どんよりとしてしまった。


「使用人として働いてるわ‥‥‥」


「え?どういうこと?」


「恋に生きるんですって‥‥‥」


恋した相手が野心の塊のような少年なので、その少年はリンランの実家の家業狙いに決まっている!と館主と喧嘩をしたそうだ。


大店の長女とあっては、お相手選びは慎重になるものだろう。


まだ七つであるからこそ、この経験を糧に、と館主夫妻は考えているのだが、何も持たないリンランであっても!とリンランは息巻いていて、すっかり嫁に行く気になっているらしい。


(先にこっちに来てよかった‥‥‥)


そんな状態のリンランのいる商館には近付きたくない。


館主のところには、三つのランセン、生まれたばかりのザイロンと、館主の後継ぎ候補となる男児が二人いる。


だからといって、リンランは家業に一切関わらない、というのは館主夫妻の望むところではない。


館主の奥さまは、ぱんぱんになっている斜め掛けの鞄を私にかけておいてから、ザイロンの様子を見に行った。


「リンちゃんはよその子なんだって」


「えー‥‥‥?リンランがそう言ってるの?」


こそこそと教えてくれたランセンは、深刻そうに頷いた。


「僕がご長子さまとして、しっかりしないといけないんだって」


相当な覚悟のようで、つい体を引いてしまう。


(恋ね‥‥‥)


誰かを特別に思って生きていこうとするなんて、と、遠い異国での生き方のように感じてしまう。

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