68.大広間
「おまえ‥‥‥何やってるんだ?」
私が、すっと忍者の本を差し出すと、王太后は受け取って、きちんと全部読んでくれている。
(こんな並ぶ?)
大広間には、さすが王太后!と言うしかない人数がずらりと控えていて、きょろきょろしたくなってしまう。
賜ったブローチの存在をすっかり忘れていたので、宮廷内に入れてもらえるか心配していたのだが、門番が私を覚えてくれていたようで、私もゼルガル達と一緒に入れてもらうことができた。
大広間なのだが、応接間のように長椅子やテーブルが置かれているのは、お子さまに配慮してくれたのか、休暇中であるゼルガルに配慮してくれたのか。
王太后は読み終わったらしく、本を閉じてテーブルに置いた。
どうやら受け取ってくれるらしい。
「‥‥‥で?」
「池にですよ?」
私が忍者発見について語っていくと、王太后は徐々に半笑いとなっていく。
「ざばー!忍者だー!です!撒菱、持ってるよね?」
忍者は、さっと撒菱を取り出してくれたのだが、手が震えているような気がする。
「今は変装してますが、忍者なんです!」
「‥‥‥で?」
私がトートバッグから取り出そうとすると、忍者が、がっと押し込めさせてきた。
(だめ?)
池を歩いてはくれないようだ。
「忍者は慎重なので、誤った情報を伝えてしまわないように、声を出してのやり取りをしてくれません‥‥‥オリーブ長官に通訳してもらいたいんです」
王太后が、ちらりと目でやると、すぐに動いたのはディードだ。
(やった‥‥‥!)
これはもう、オリーブ長官なら人情でどうにかしてくれるはずだ。
出してもらった菓子に手を伸ばすと、ゼルガルがそっと私の手を取り、私の膝へと着地させた。
(だめ?)
「‥‥‥で?」
(え?)
「忍者、ギドロイさまの忘れ物じゃないですよね?」
半笑いを通り越した王太后が目を向けた先には、どことなく青っぽいギドロイがいた。
声を出せないのか、口だけが動いているように見える。
どうやら、違う、と言っているようだ。
ちらっとゼルガルを見ると、ゼルガルは、にこっとして微かに頷いてくれた。
これでもう、忍者の所有権は私が得たと思っていいだろう。
「おまえ、何を、やっているんだ?」
(え?)
「どうしてもあんこを炊きたいって言ったら、ゼルガルさまが小豆を買ってくれることになったので、ついでに忍者を見せびらかしに来ました。見たことありました?」
「‥‥‥無い。おまえ、ブローチは?」
「‥‥‥今って、仕事中、ですか?」
王太后が笑い出すと、大広間の空気が張り詰めた。
王太后が、さっと手で下がるように示すと、皆は波が引いていくように大広間を出て行く。
練習済みなのかというきれいさに見とれていると、残っているギドロイは、口をぱくぱくさせている。
(何?)
「ギドロイ、こちらへ」
王太后に呼ばれ、ギドロイは青みを増しつつこちらへ来た。
王太后は、ギドロイを示して私に聞く。
「こいつ、何て言ってた?」
「え?‥‥‥何て‥‥‥何て‥‥‥何て言ってました?」
王太后が、ふすふすしつつギドロイを見ると、ギドロイはさらに青みを増したようだ。
王太后は、小さく溜め息をついている。
「‥‥‥おまえ、旧モクレン領と、旧センリョウ領、いるか?」
「ありがとうございます!」
「頼んだ」
ふすふすしていた王太后は、はーやれやれと大広間を出て行った。
ギドロイは、すいと目で示してくるので、私は小さく首を横に振る。
(嫌だ‥‥‥)
どうせ、歯抜けの活躍でも笑われるに決まっている。
ギドロイが若干顔を歪めつつ示してきても、やはり首を横に振っていると、オリーブ長官がやってきた。
「長官!本物の忍者です!」
オリーブ長官は、戸惑いながらこちらへ来てくれたのだが、忍者の顔を見ると、すあっ!と口を開いてから閉じた。
「読んだわ!ぜひ話を聞きたいから、こっちに案内してちょうだい!」
「はい!行きましょうゼルガルさま!」
ゼルガルが立ち上がると、忍者を含めた護衛達も動き出した。
捕獲を試みようとしていそうなギドロイを、するっと抜いておくことはできたのだが、ディードに立ち塞がられてしまったので、ずいとトートバッグを差し出しておいた。
「長官!この方、池を歩いて見せるそうです!」
「あとで見てあげるわ!」
ディードは微かに口元を緩めてトートバッグを受け取り、小さく頷く。
(よし!)
無事に大広間を出ると、どうやらあの宿舎には向かっていないようだ。




