62.草取り
ミィアンとヨツバもゼルガルのお使いに同行させてもらえることになったので、離宮には、ナオジー達と私、そしてゼルガルの置いていった護衛二人が滞在している。
タミーラのお昼寝時間となり、居間に顔を出すと、ナオジーは何やら書類仕事中だ。
『草取りしてもいいかな?』
『‥‥‥草取り、ですか?』
『こっちの区切りの中にあるのは、雑草ってことでいいんだよね?』
『そうです‥‥‥』
居間を出ようとしても引き止められないので、やってもいいということだろう。
外に出ようとすると、護衛だそうな二人もついてこようとする。
(‥‥‥監視?)
『寒いから中にいて?敷地から出ないし、窓から見えるよ?』
二人は非常に何か言いたそうなのだが、私は言いたいことを言ったので、外に出る。
(この辺なら見える?)
建物の方を振り返ると、一人は姿が確認できる。
(‥‥‥監視?)
部屋の中で木材を加工すると、どうにも木屑な空気が満ちることになる。
できれば外でやりたいので、小さなテーブルと椅子を置くことのできるスペース分だけ、草の無い部分を作りたい。
(恩知らず、だとは思う)
あちらに帰って会いたい人はいないのか、と聞かれても、誰も浮かんでこなかった。
会いたくない訳ではなく、いつも通りでいるのだろう、と思っていて、今会いに行くことをしようと思わない。
手紙を預かるが、と聞かれ、手紙って何書くの?と聞くと、ちょっとあれなのだという認識を深められてしまったように思う。
(でも、フユー・マツリカだからね)
一年以上付き合わせてしまっているミィアンとヨツバは、やっと帰宅だ。
しかし、ヨツバには勝手に仕事を与えてしまったので、リンランも来るのならば、一緒に来るのかもしれない。
(給料‥‥‥もらってきてくれないかな)
お古の追加でも歓迎するが、ラージウはごっそり買ってくるのだろうと予想している。
そういえば、王女さまともあれば、クローゼットな部屋を持っているのかもしれない。
(そういうのもいいよね‥‥‥服とかアクセサリーだけの部屋)
作るものを思いつけば、草取りを済ませてしまおう。
◇◆◇◆◇◆◇
タミーラのお昼寝が終わったのでと、草の無くなったスペースで木材をぎこぎこやっていると、すっと護衛の一人がやってきた。
(え?)
鋸に向けて手を差し出されたので、渡してみると、木材を切ってくれる。
(速っ!)
あっという間に木材が切断されてしまった。
木材を組み合わせて持ってみると、その護衛は、とんとんと釘を打ってくれた。
(速っ!)
『ありがとう』
護衛は、さっとその場を離れていった。
腕力というのも、また素晴らしいものだと思うのだが、私は一生手に入れることはできないのだろう。
(ゼルガルさまのところまで連絡のいく迷子って‥‥‥どんな?)
ヨツバとナオジーの二人だけで、名を呼びながら探してくれたのだとしても、恥ずかしい。
大勢で探されたのだとしても、恥ずかしい。
心の中で転がり回って悶えつつ、鑢をかける。
(いや、指名手配かも‥‥‥だったら恥ずかしくはないけど‥‥‥)
自分で自分を落ち着かせようと微笑んでみたところで、不気味なだけだ。
(まだ、生きてる‥‥‥)
魔女や錬金術師としてぺらぺら語ったので、要注意人物と認識されはしたのだろう。
あれだけすらすらと出てくるのだから、まだ犯罪者ではない、という状態なのだろうか。
(駆除!とは、まだ、なられていないのか‥‥‥真っ直ぐ育てよ的な猶予‥‥‥?無理だよー!老婆はもう育たないからさー‥‥‥あーあ‥‥‥)
心の中で溜め息をついてしまう。
(ゼルガルさまとラージウ‥‥‥あれもこれも聞いてくるんだろうな‥‥‥)
私にとって、フユー・マツリカというのは、生きやすいのかもしれないが、それももう終わりだろう。
(疲れたな‥‥‥ん?)
砂浜で会った犬と同じ犬に見える犬が、きれいに私の隣に座っている。
『お犬さま、足元、気を付けてね?』
木屑を箒で集めていると、犬は、荒地な草の中へと進んでいく。
『お犬さま、蛇とかいると危ないよ』
私も追いかけていくと、犬はこちらに来てくれたのだが、何かくわえているようだ。
(何だ‥‥‥?)
『お待ちください』
ついてきてくれていたらしい護衛は私を止めると、犬からくわえていたものを受け取って、私にも見せてくれた。
(リンランのノートに見える‥‥‥)
リンランは絵を描くのが好きで、いつもノートを持ち歩いていた。
すぐに開けるからと言って、栞代わりにリボンを巻いていたあのノートは、ここにあるこのノートなのだろうか。
(でもリボンの巻き方が‥‥‥)
『何?ノート?』
(んお?)
急にここに現れたのではなく、ここまでついてきていたのだと、すぐに予想できたのだが、初めて見る人物が急に側に立っていると驚いてしまう。
護衛からノートを受け取った少年は、リボンを巻かれているページを開いた。
『上手だな』
(でしょ?)
こんな時なのだが、ふふんとなりそうになってしまう。
(ん?でも、開いてすぐに描けるページに巻かれてない‥‥‥)
そうなると、このリボンはまさしく栞として使われているということだろうか。
少年は、ぱらぱらとページをめくっていく。
(ザイロンばっかり)
リンランは、寝ているザイロンを眺めては、寝顔をノートに描いていた。
(お、この日はランセンも一緒にお昼寝だねぇえー!?)
『危険思想の持ち主だね‥‥‥』
(え?)
珍しく文字が書かれているページには、様々な家族構成の家において、娘婿がいかにしてのし上がるのかが書かれている。
(野心の塊‥‥‥って、これから?)
『これ‥‥‥もらってもいいですか?』
少年と護衛は、は?となっていたのだが。
護衛は警戒を強め、少年は、じっとこちらを見ている。
『君、魔女なの?』
『‥‥‥そう、言われますね』
『どんな魔女?』
『‥‥‥この世の暗黒面を見せる魔女、ですとか、生きる希望を奪う魔女、や、どん底を突き破る魔女、というのもありますね』
少年は興味深そうに頷き、護衛は私の視界から外れた。
(消される‥‥‥?)
『タミーラって、兄さんの子かな?』
『どう思います?』
『あの女性は、乳母だね』
『どうして偽装を?』
『そりゃあ、君を便利に使うためさ。今頃どこぞの女性と楽しんでるに違いないよ』
『なるほど。離宮以外にも、ここって、王さまの持ち物なんだってー、へー、だったり、ここって、王さまも来るらしいよー、へー、な場所がありますか?』
『行ってくるの?』
『‥‥‥行ってきましょうか?』
『何をするつもりなの?』
(そうなんだよねー‥‥‥)
行ったところで、何ができるというのだろうか。
『‥‥‥こういうところでねー、って思う、でしょうか?』
少年は、またも興味深そうに頷く。
『どんな女性と楽しんでると思う?』
(どんな‥‥‥?)
『‥‥‥馬車乗ってて、お!って思った女性、です』
『馬車でぐるぐる?』
『あー、馬車でですか‥‥‥』
(でも、どこを‥‥‥)
あの青年も、同じような気持ちでいるのだろうか。
(絶望ってこういうのかも‥‥‥ん?)
私が歩き出すと、がさがさと草を分けて進む音がついてくるので、少年と護衛もついてきてくれているのだろう。
『死ぬの?』
池のほとりに立つ私の横で、少年は心配そうだ。
(死ぬのは自分‥‥‥ということで、あの女性は王女の滞在している街に?でも‥‥‥)
『ノート‥‥‥もらってもいいですか?』
『‥‥‥いいよ』
少年が渡してくれたので、外套の裾から、ずぼっと中に突っ込んでおいた。
ウエストのところで止まるように、ノートを少し差し込んでいると、少年は不審者を見ている顔となっている。
(よし)
『護衛さん、あれに手が届きますか?』
『え?どれでしょうか?』
護衛は私の側に来て、私の指さす辺りをじっと見ている。
気付いてくれたらしく、護衛が私達の背後へと目配せすると、少年の護衛達が、少年だけでなく私にも池から距離を取らせた。
バッジから推測するに、この少年が第三王子なのだろう。
犬も少年の側に来て、きれいに座ると、池の側にいる護衛は、池の方へと手を伸ばしていく。
この池は、竹筒で囲う意匠なのか、囲んでいた竹を切ったのかわからないが、竹筒状のもので囲まれていて、池の中にも竹筒がぶすぶすと刺されているような見た目だ。
護衛が池から出ている一本の竹筒に手を伸ばすと、竹筒は、すっと池から抜き取ることができた。
確かな手応えがあったらしく、護衛は池に向かって身構える。
こんな時なのだが、わくわくしてしまうのだから、私というのはお子さまらしいお子さまだ。




