6.本体
ルツの執務室のストーブにかけた鍋を確認しようと、食器をのせた盆を持って行くと、王太后と遭遇してしまった。
さすがにルツもきちんと椅子に座っている。
来客中という札を用意して使ってもらうようにしようと固く決意し、にへっと笑っておくと、王太后は怪訝そうにしながらも笑いを滲ませてくれた。
「おまえ‥‥‥何してるんだ?」
どこについて言及すればいいのだろうかと思いつつ、テーブルに盆を置き、柄の長いスプーンを手にした。
「林檎とさつまいもというのは、一緒に鍋に入れておけば、それだけで美味しいんです」
鍋の蓋を取ると、甘い香りにどうにも口元が緩んでしまう。
さつまいもをスプーンで崩せるので、もういいだろう。
さつまいもを崩しつつ小さく切った林檎と混ぜ、器によそって王太后に渡しておくと、王太后は、ふむとスプーンを口に運び、かっと目を開いた。
「あっま!」
「この鍋です。蓋も厚みがありますので、林檎とさつまいもの水分だけで調理可能!」
「本当に林檎とさつまいもしか入れてないのか?」
「入れていません。が!林檎とさつまいもは、改良を重ねたものですので、相乗効果というものです」
王太后の目が、胡散臭いものを見る目になっているような気もするのだが、気のせいだということにしておこう。
「で、何してるんだ?」
次はどれについて言及したものか。
「‥‥‥首席さまの助手をしています」
王太后の目が、不審者を見ているかのようになってしまった。
リタは、にこやかに浮遊霊を拾った話を披露していく。
(やめて?)
こちらもにこやかに念を送ってみるのだが、リタはまったく気付かない。
王太后の供をしてきたのだろうディードは、きちんと小馬鹿にした顔でこちらを見てくれている。
王太后ともあれば、もっとずらっと廊下にはみ出るくらいの供を連れてきてもいいだろうに、と、よくわからない現実逃避を試みる。
「と、今のところ浮遊霊なんですが、そろそろ本体に戻ってもらいたいんです」
(本体‥‥‥?)
これは、別離を告げられたのだろうか。
浮遊霊生活を終えるとなると、製作所でどうにか暮らしていかなければならない。
衣食住を与えてもらっている身なので、給料というものを欲していなかったのだが、こうなってしまうと要求してみればよかったと思えてくる。
先立つものが無ければ、凍えて眠ることになる。
風邪を引く、悪化、肉体的死亡、という展開は回避したい。
風邪を引かない、それが重要であり、そのためにはやはり布団をどうしても手に入れたい。
厚かましく、館主に現物支給を要求してみようか。
「おまえー!」
何事かと我に返れば、ルツがリタの胸倉を掴んで激昂中なのだが、リタはにへっと笑っていて、王太后は呆れ顔、ディードの顔には嘲笑が足されている。
「私は認めないからな!」
「僕がもらってきたんですよ?」
「もらっ‥‥‥もら‥‥‥?!」
ルツは痛いところでも突かれたのか、徐々に失速していき、リタから手を離すとぽすんと椅子に腰を下ろした。
ぎりりと眉間に皺を刻んでどこかを睨んでいるルツは、怨念めいたものを醸し出している。
こんなことで血の繋がりというものを薄っすら感じているのだから、我ながら調子のいい奴だ。
◇◆◇◆◇◆◇
ルツの情緒がまったくわからない。
何か言おうとしているのだろうが、ぐっと飲みこみ俯くことを繰り返している。
こちらはもう寝るだけとなっているのだが、ルツが珍しくまだ居間に残っているということは、言いたいことがある相手は私だろう。
出て行ってくれるかな?といったような話がしたいのかもしれないが、そう予想するからこそ、こちらはそそくさと下がらせてもらおう。
「おやすみなさい」
「ああ‥‥‥」
居間を通り抜け、次の関門はリタだ。
リタの部屋に行くと、リタはまだ起きていた。
いつものように上掛けをめくって待っている。
こちらもいつものように灯りを消すと、布団に入って横になっておいた。
リタはそっと頬に頬を寄せると、横になり私の手を取った。
誰かから聞いたのか、それとも、誰かと眠るというのは、こういうものなのだろうか。
いつも通りというものを惜しむ自身に呆れてしまう。
それならばどうして、と自分自身に問うてみたところで、綻ぶことしかできやしない。
どこかに行きたいのに、行きたいところが見つからない。
「浮遊霊さんがいるとあったかいです」
こちらこそ、リタのおかげで毎夜背中が温かい。
確かに愛おしい日々だったのだと、覚えていてくれたなら。
そんなことを自分自身に願ったところで、虚しいばかりだ。




