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シアの国  作者: 薄荷堂
間の国
45/106

45.商売人

「なるほど。軍の野郎共に売れそうな商品を扱いたい、と」


「そうだね。何かある?」


ベッドに腰かけていたラージウは、そのままぽすんと後ろへ倒れると、ふいふいと手招きしている。


椅子から立ち上がり、ベッドの近くまで行ったのだが、手招きは続いているので、よいしょとベッドに上がって顔を覗き込むと、ラージウは私の背に腕を回して、抱き込むようにころんと横に転がった。


腕を枕にさせている私を見下ろす態勢となったラージウは、得意気に微笑む。


「簡単だろ?」


「そんなものは必要としないので、わからない、と?」


「そういうことだ」


「角灯、どうだった?」


「俺は、ああいうのはいらない」


「香水も?」


「おまえの言ってたようなことをやるのは楽しそうだが、香水を持参しない」


「チョコは?」


「俺には酒の勢いなんてものも必要ないし、買うなら酒を買う」


(くっ‥‥‥!)


「香りや味は?」


「特に何も」


(くぅっ‥‥‥!)


こうなったら、とにかく何か買わせてやりたい。


「従者というのは従者のことだと思っていたラージウは、主と仲良くなりたいんじゃない?」


ラージウは、ふふっと笑って私の手を取った。


「俺を弄ぶつもりなのか?」


「あの角灯、試作品なんだ」


ラージウは、私の指を曲がらない方向へと曲げたそうにしつつ微笑んでいる。


「蝋燭全種も必要だよね?」


「全種も必要か?」


「持参してると楽しいことが起きるかも?」


「香水は今夜の石鹸と同じ香りのにするかな」


「これもお酒の勢い?」


「たまには酒の力も借りてみるもんだ」


ラージウは私の指を曲がらない方へと、くいくいとさせてくる。


(いえーい!お買い上げー!)


ふふっと笑い合っていると、部屋に入ってきたケイオスが、ごろんと私達の隣に横になった。


頬杖をついて私を見下ろすケイオスは、にこやかだ。


「今すぐ出掛けよう」


(今から?)


「わかりました」


もぞもぞとベッドを下りると、構えて待っていたミィアンが、私にさっと外套を着せてくれた。


ティファカは私にリュックを背負わせ、そのまま玄関へと押していく。


外に出ると、今夜は雲が無いようだ。






◇◆◇◆◇◆◇






出掛けた先は、ケイオスが滞在している温泉宿の一室なのだが、今夜はヨツバとモーリスは大浴場へと行っている。


隣の椅子に座るケイオスは、すっとブローチを見せてきた。


(ん?ここだけアクアマリン)


『俺はこれをつけて、雪遊びと編み物も出席してる夜会に出てきた』


ケイオスがブローチを両手で包むように持ち、くいと捻ると、そのブローチはかちりと分解され、私が古本集めの間ずっと着けていたブローチと、それが収まる台座が周りについている丸いアイオライトの部材にと分かれた。


『三人のブローチを用意しようと考えて、おまえの分は一つ違うものを入れたくなった。それで、アクアマリンを入れた。俺の意志を示す方法をと考えて、おまえの着けていたブローチを組み合わせたものを着けて夜会に出席して、俺は誰とも踊らなかった』


ケイオスは、私が着けていたブローチと同じ形のものを取り出した。


それは、一つだけではなく、真珠以外の石はすべてアクアマリンで、アイオライトを使っていない。


そのブローチと丸いアイオライトの部材をかちりと組み合わせると、ケイオスは、私が着けていたブローチをのせた手をこちらに差し出した。


『俺はこれからは、夜会のような場ではこの、真ん中だけアイオライトのブローチを着ける。おまえには、こちらの、一つだけアクアマリンのブローチを持っていてほしい。俺が文通したいと思ったのは、おまえだった。俺は、おまえはベッドに連れ込みたいと思っている。おまえと会える日々を続けていきたい。お付き合いという形を取らないか?』


(頬が緩む)


あんなことを言っておいて、浮かんでくるのは、嬉しい、という言葉なのだから笑ってしまう。


『そうだね』


私がハンカチを取り出して手の平の上に広げると、ケイオスはそこに私のブローチをのせてくれた。


ハンカチの隅をまとめて持って、くるりと軽く縛っておくと、今夜も何かの実の出来上がりだ。


(薄いな‥‥‥)


ブローチの入っている部分を包むように、また隅をまとめて持って、くるりと縛る。


(もう一回いける?)


ブローチの入っている部分を包み、隅をきゅっ、きゅっ、と縛ると、ブローチをしっかり保護できたようにも思える。


ケイオスがブローチの実を見つめる顔は、あの日、砂浜で見たものとよく似ている。






◇◆◇◆◇◆◇






『ヨツバさんは、どうして、あの状況を黙って見てたんですか?』


『どうなるのかな、って』


『えー‥‥‥?!』


『フユーは、見事に買わせてやりましたよ!な?』


『ね!』


私はヨツバと、ほくほく気分で頷き合う。


ケイオスは納得がいかないらしかったのだが、私達がラージウの戸惑いについて教えると、口元を隠して笑っている。


『それは、皆さんでそういうことに追い込もうとしてるように思えたのかもな』


『従者としてのお披露目のような場は、まだ迎えていないんですか?』


『二人で公式な場に、というのはまだだが、従者となったことは、もうとっくに周知されているし、あいつ、ずっとティファカと踊ってきたんだ。まだ合わせることができないくらい小さい頃は、抱っこで踊っていて、赤ん坊の頃は、自分が見てるから王妃はゆっくりしてください、とか言って、ずっと抱えてた』


ふすっとなりそうになってしまう。


『‥‥‥それって、ずっと虫除けに使われてきたってことですか?』


『まあ、そういうことではあるんだが、あいつは、え?あー、自分はティファカと踊るんで、という‥‥‥』


『よーし!追い払え!って感じではなく、自分の隣の椅子にはティファカを座らせておいた、という感じなんでしょうか?』


『そうだな。そういう、その場凌ぎ?その場限り?を続けて今に至っているから、ティファカの隣に座れって言われてやっと、え?自分が?となっているんじゃないだろうか』


現状を理解し、四人でにまにましてしまう。


『今ではラージウには誰も寄っていこうとなんてしない、ですか?』


『実態はどうあれ、あいつは、ずーっとティファカしか見てないからな‥‥‥』


『それって、ずっとティファカの虫除けをしていたようにも?』


『‥‥‥俺には、自分がもらいますんでねー、とやってきたと思われてるように思える。どうだ?』


モーリスは、うずうずしている様子で話していく。


『私も同じくです。縁談のようなものにも、ティファカさまをお連れしたんですよね?』


『そうなんだ‥‥‥あいつの分もケーキをくれたと喜んでいた‥‥‥それ以来、ティファカが城の外に出るとなると、あいつを連れて行くようになったから、役職名がついただけのようにも思うんだが‥‥‥?』


首を捻るケイオスに、モーリスは訳知り顔だ。


『自分達でお互いが隣に座っていると気付く前に、一緒に座ってるんだね?と言われてしまったからですよ!』


『わかるような、わからんような‥‥‥』


『いっつも一緒に座ってるんだから座りなよ!ではどうですか?』


『そういうのか‥‥‥え?で、お互いにそんなつもりじゃなかったのに、となっているなら、見合いとかするんだろうか。あいつがその気になったとなれば、どかっと話が来るよな?』


『ラージウさまは、ちまちま見合いとか、あ‥‥‥ティファカさまに、夜会で全員と踊ってこい、とやりそうに思えます‥‥‥』


『そうやって、従者という立場を主張、か。そうなんだよな‥‥‥あいつは誰かを選ぶということをしなさそうだ』


『でも、ずっと一緒にいたんですよね?』


私の発言に、ケイオスとモーリスは顔を見合わせ、揃って小さく首を傾げた。


『他にも自分が座ることのできる椅子が、ずらーっと見えてる中で、それでもティファカの隣の椅子に座ってきたんですよね?』


ケイオスとモーリスの傾きは深くなる。


『ティファカの隣が空いていればそこに座ろうと思うけど、空いていなければどこにも座ろうと思わない、ということかも?』


『え?!この椅子って男性用?!かな?』


モーリスが、どう?とやると、ヨツバが続いた。


『そっちは対になってる女性用の椅子?!だろ?』


『そうだね。二人が一緒にいる形に、夫婦というものが適用できると知って、自分達が座っている椅子はそういう椅子なのか?って段階なのかも』


『一緒にいるのが嫌な訳ではない、ということだろうか?』


『私にはそう見えます。自分達ってどんな自分達?って』


『嫌々ではないんだ、と確認したそうにも見えるな』


『一緒にいたくて、一緒にいるんだ、って思いたいんですね』


ヨツバとモーリスは、何やらきらきらした笑顔で頷き合っている。


『それなら、しばらくのんびりさせておくか』


これなら、春物のお古の出番もあるのかもしれない。

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