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シアの国  作者: 薄荷堂
間の国
41/106

41.砂浜

離宮を書庫とする旅は順調に続いている。


ミィアンとヨツバは、ぎらぎらした目で離宮を確認しては、夜にはどのような商売をと話し合っているので、館主に提案する頃には、すっかり案が練られているのだろう。


『‥‥‥海って、海じゃないのか?』


砂浜で砂を零し続ける私に、ケイオスは戸惑いながらも面白がっているようだ。


『こっちもきれいです』


休暇として海辺の街へと連れて来てもらえると、私は海へ行くことを希望し、こうして砂を零している。


『おまえって、物欲は無いのか?』


『あ、この砂もらって帰ります』


私がハンカチを取り出すと、ケイオスは呆れ笑いに移行したのだが、広げたハンカチが風で飛ばないように押さえてくれている。


さらさらとハンカチへと砂を零すのは、何やらむずむずしてしまう。


(これは‥‥‥背徳感!だろうか?)


ハンカチの隅をまとめて持って、くるりと軽く縛っておくと、砂を包んでいるハンカチはころんとしていて、何かの実のようにも見える。


(うお!)


どこから来たのか、犬がすんすんとハンカチに鼻を寄せる。


(でかいな)


砂浜に座る私とそんなに変わらないような大きさの犬は、きちんときれいにお座りして、遠慮がちに私にもすんすんと鼻を寄せてきた。


(ハンカチと同じような匂いだろうね)


『何か落としたから探していたの?』


このご婦人は犬の飼い主だろうか。


『いいえ。砂を零したいので零していました』


『砂を零したい‥‥‥』


ご婦人は、自分を納得させようとしているかのように、小さく頷きながら、私の隣に座って砂を零し始めた。


ご婦人と犬に挟まれ、海に目を向けると、絶え間なく波が寄せては引いていく。


(ざばー‥‥‥ざぶざぶざぶ‥‥‥)


ふと我に返ると、自分ってなんてお子さまらしいお子さまなんだろう、という感想が浮かんでくる。


(ん?‥‥‥この目‥‥‥)


『‥‥‥老婆ですか?』


ご婦人は、ふすっと笑ったかと思うと、静かに微笑んでいる。






◇◆◇◆◇◆◇






『引っ込んでろ、と‥‥‥』


『そう聞こえるでしょ?!私のこれまでを否定されたような気分なの‥‥‥』


『ご婦人にとっては、後継者ということになりますからね』


『そうでしょ?!私は私の守ってきたものを、って‥‥‥』


『お嬢さんはいらっしゃらないんですか?』


『いるわ‥‥‥え?娘に継がせるってこと?』


『ずっと一番近くでご婦人の働く姿を見てきた方です。ご婦人のしている仕事の役職名を新しく作るのはどうですか?』


『あらー!出世したような気分になるわね!そうね‥‥‥丸っと継いでもらおうと思うから、色々大変なのかもしれないわ』


『ご婦人としては、二号店に反対している訳ではないんですよね?』


『‥‥‥案としては素晴らしいものだと思うの。でも‥‥‥』


『おまえがやるんかい!と?』


『そうなのよ!本店!本店を!って‥‥‥』


『息子さんから見れば、補うところなんて無いのかもしれませんね』


『ま!このお子さまは!お上手なんだから!』


気さくなご婦人に、心が和む。


『正直どうなんです?他のご兄弟の皆さんではちょっと、ということなんですか?』


『あー‥‥‥そういう風に聞いてもらえると‥‥‥』


『ぽんと飛び出そうとしているのではなく、店に関わっていく自分なりの立場というものを作ろうとしているのは、息子さんにとっての適材適所ということなのかもしれません』


『適材適所‥‥‥あの子は、周りばっかり見てて、自分のことを見ないような子なの‥‥‥』


『心配ですね』


『そうでしょ?あの子のことを見ててくれる誰かに、って思うでしょ?』


『ご婦人からは、恋仲に見えていたんですか?』


『恋仲‥‥‥?恋仲‥‥‥では‥‥‥』


ご婦人は首を傾げて考えている。


『そういうことになるんだろうなー』


『それよー!でも、それだって、お互いにお互いを選んでるってことよね?』


『そうですね。夫婦生活というものが上手くいきそうに思えます』


『もー‥‥‥このお子さま老婆ー‥‥‥』


ご婦人をしょんぼりと俯かせ、海の方に目をやると、海面で反射する日光で目が眩みそうだ。


『どんな二人を望んでいるんでしょうね?』


『‥‥‥今なら、一番先に好きなものを手にしていいのよ?』


『きちんと諦めさせてあげないと、ということですか?』


『わかってるわね!そういうことなのよ!でも‥‥‥あの子をそっとしておきたいとも思うの‥‥‥』


私は砂に小瓶の絵を描いていく。


『これは、一緒に食べると思いが伝わるかもね、仲が深まるかもね、という金平糖です。へー、そうなんだー』


私が、すっと懐に仕舞う仕草をすると、ご婦人は、背筋をぴんとさせて笑ってくれた。


『そういうのよー!そういう、あ‥‥‥って思わせることができるだけでいいのよ!』


『大人の世界には、それは気があるってことだー、と判断されるようなものって何かありますか?』


『そうね‥‥‥何かあるかしら‥‥‥』


『うちのお祖父さんが昔お祖母さんにこれを贈ったんだー、というようなものはどうです?』


『そういうのを妹が、お兄さまもいかが?とか言って渡して、すっと仕舞う』


『いいですね!』


『すっと仕舞えるもの‥‥‥男性から女性へ贈りそうなもの‥‥‥お高いものではなく‥‥‥妹からの提案という形‥‥‥金平糖、いいわよね』


『おまじない、という言葉がございます!』


『あら!妹から、恋のおまじない、とか言って?』


『何とも可愛らしいやりとりです!その場で実行できるけどやらない、としたいので‥‥‥晴れた夜に、というような条件でしょうか?』


『その日の天気にしてしまうのね。あ‥‥‥でもあの子は‥‥‥』


ご婦人は何やら悩み出してしまった。


『大人っぽさが足りないようでしたら、香水はどうです?』


『いい!いいわ!妹の好きなのも買ってあげれば報酬にできる‥‥‥けど、そこは、連れ込む手練手管の一つとして、というような形の方がいいのかしら?』


『耳のところにちょっとつけてやったら、腰でも抱いてってな!おまえもどうだ?』


『きゃー!』


ご婦人が一緒になって面白がってくれるので楽しい。


しかしご婦人は急速に萎れてしまった。


『‥‥‥来てくれると思う?』


『‥‥‥そうですね。その方が来てくれないと、その方と、と思われてしまうかもしれないですね』


『私って、どうしてこんななのかしら‥‥‥』


誰かを大切に思うというのは、とても難しいことのようだ。

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