35.手土産
『おーう!ちび!これをやろう!』
久しぶりにやってきたケイオスは、大きな籠を渡してくれた。
わくわくしつつテーブルに運んでいき、籠にかけられていた布を取ると、中には大きなガラスの覆いがあり、その中には丸っとバームクーヘンが入っている。
(いいな‥‥‥こういうのなんだよ)
『好きなんだろ?』
(え?)
ケイオスに、とんとんと胸元を示され、自分の胸につけているブローチに目をやる。
『あー!これはバームクーヘンじゃないですよ?』
どのようなものなのかと説明すると、ケイオスはしげしげとブローチを眺めて首を傾げる。
『偉くなると石‥‥‥?ああ!俺、王子なんだ』
(そうだね)
なんとも気軽な身分確認に、楽しい気分にさせてもらう。
『ケイオスさまが見たことのあるブローチは、台座の見えないものばかりでしょうね』
『そうだな!』
(これって空元気?それとも浮かれてる?)
ミィアンの方を見ると、ミィアンも疑問に思っているようだが、ケイオスはこういう人だったような気もする。
紅茶を淹れてお茶にすることにして、バームクーヘンを切り分ける。
私がフォークで小さくして口に運ぼうとしている横で、ケイオスは手掴みで食べている。
『お上品だな、がぶっといけよ!ん?おまえ!ちび!ガキだもんな!』
どうやら、私の上の前歯が存在しないことに気付かれてしまったようだ。
一本抜けると、すぐに隣の一本も抜けてしまい、今ではあちこちの歯がぐらついているような状態だ。
自分で鏡を見ても笑ってしまうので、笑われるのは仕方ないとは思っているのだが。
(こんな笑う?)
ケイオスは、すでに口に入れていたバームクーヘンで咽て苦しむほどに笑っている。
これが、前歯の無い顔面の威力というものか。
◇◆◇◆◇◆◇
前より大きな歯が生えてくるのだからと、口内で何が起きているのか理解はできるのだが。
これから自分の顔面の面白具合がどのように変動していくのか、そればかりは予想したくない。
『悪かったよ。機嫌直せよ』
『いつも通りです』
『いつも通りじゃないだろ?』
『‥‥‥口元をあまり動かしたくないだけです』
ケイオスはまたも笑い出すのだから、面白がられているとしか思えない。
世の中の歯抜け達は、こんなにも笑われる過程を経ているのかと、すでに大人の歯となっている皆に尊敬のような念を抱いてしまう。
(誰もが通る道‥‥‥なのか?)
こうしてひっそり暮らすことができていることに、感謝の念を抱かずにはいられない。
そう思えば、これまでのどれもが、ここまで辿り着くには必要なものだったということになるのかもしれない。
(え?あ、はい)
ケイオスは、ソファに座らせてあった、試作品の熊のぬいぐるみを抱えさせてきた。
(そして、さらにね‥‥‥)
ケイオスがソファで笑い転げるために、熊のぬいぐるみをどかしたのだと思っておこう。
やっと笑い終わったらしく、体を起こしたケイオスは目尻を拭っていたのだが。
『ああ!これ!魔女さまの助手じゃないか!』
ケイオスは、私から熊のぬいぐるみを受け取ると、掲げるようにして持って眺めている。
魔女さまの助手も知っているとは。
魔女さまの絵本は母が作ったものであり、熊のぬいぐるみの助手は、私が作ってもらった続編から登場するのだが。
(もしかして子持ち?)
普段は熊のぬいぐるみではなく、赤子でも抱えているのだろうか。
『おまえって、ヤージュ・アルメリア‥‥‥ではないよな?』
『違いますね』
『続きが気になってるんだよ!新刊はいつ出るんだ?』
私の母は死んだそうなのだが、作家業はどうするつもりなのか、私は知らない。
『いつでしょうね?』
『このぬいぐるみも売るのか?』
『売ります!』
魔女さまの封蝋印は、想定以上の売れ行きなので、ぜひともこの勢いで熊のぬいぐるみも売り出したい。
『おまえって‥‥‥金が好きだろ?』
『大好きです!』
黙って頷いているケイオスは、今日も何かを理解してくれたようだ。




