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シアの国  作者: 薄荷堂
間の国
33/106

33.絵本

オリーブ長官が気に入りそうな本をあちらに送ることも、私の仕事に含まれている。


そのためにも、着実に学んでいますよ、と示していかなければならない。


『え?これ何だ?』


(うお!)


ケイオスが珍しく日中にやってきたのは、どういうことだろうか。


頭上からぬっと出てきたケイオスは手を伸ばし、テーブルの上にあった絵本のページをめくっていく。


「これ、何だ?」


(おお!)


ケイオスはケイオスで、ミィアンを家庭教師として着実に学んでいるようだ。


(って思っておこう)


「絵本の作りかけです」


「作りかけ?どうして、こちらの言葉?」


「こちらの国で売るので、こちらの言葉に翻訳したものを作ろうとしているんです」


「そうか」


ケイオスはこの絵本を知っていたようだ。


ページをめくっていくケイオスは、どこか懐かしんでいるようでもある。


最後のページまで辿り着くと、本は閉じられ、ケイオスの小さな声が聞こえてきた。


『モーリスに余計なことを吹き込むな』


(‥‥‥どれだ?)


心当たりを探っていると、ケイオスは隣の椅子に腰かけた。


『‥‥‥留学のことだ。行ったきりになるに決まっている』


(これは‥‥‥愚痴だから、ここの言葉なの?)


どう反応したものかと思っていると、ケイオスは封筒をすっと私の前に置いた。


封筒には、宛名も差出人も書かれていない。


(ちょうどいいな)


封蝋を押してみると、きれいに模様が出て、にまっとしてしまう。


『なんだよこれ!魔女さまの封蝋印じゃないか!』


ふふんと渡してやると、ケイオスは、はわー!となって封蝋を見つめている。


この様子では、この絵本を結構好いてくれているのかもしれない。


頭にぽんと手を置かれ、見上げると、ふふんとなっているミィアンが私の頭を撫でている。


「あ!これ!手紙!」


(私に?)


ケイオスに手渡された封筒を、ぺいっと暖炉に焚べておくと、ミィアンは声を出さずに高笑いとなっている。


『んだよ!可愛くないガキ!読みもしないなんて!』


(ん?)


そんなに落ち込まれると、勘繰ってしまう。


さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、ケイオスはすっかりしょぼくれている。


(真面目に王子‥‥‥)


「あなたは、誰にも何も強いたりしないんですね」


「え?」


「読ませようとしないんですね」


「あー‥‥‥」


ケイオスはすうっと顔を逸らし、ミィアンは、にやりと笑ってやっている。


「ケイオスさまは、フユーから返事をもらえれば、ほーら!ってやるつもりだったんですよね?」


そのつもりだったらしく、ケイオスはテーブルに頬杖をついて窓の外を見ていたのだが、小さく頷くのだから律儀な人だ。


「またお見合いですか?」


ケイオスは、小さく溜め息をついてから話してくれた。


私とお付き合いをと言うのなら私を連れて夜会に出るように、と言われたそうだ。


(希望通りにさせてやるよ、とね‥‥‥)


そこで、文通の証拠を、ということか。


「‥‥‥俺、どうしてこんななんだ?」


後悔、そればかりなのだろうと思える。


ケイオスが見つめる先は、過去の自分なのだろうか。






◇◆◇◆◇◆◇






『ケイオスさまの結婚を急いでいるのではなく、周りが結婚したいんですよね?』


『え‥‥‥どういうことだ?』


『うちの娘はケイオスさまのお妃さまになるかもしれんから、おまえんとこの息子にはまだやれん』


『えー?!それで、違ったってわかるのを待ってるってことか?!』


(気付いてなかったの?)


『でも、ケイオスさまが選んだ方が残ってくれてて良かったですよね?』


『そうだー!俺!‥‥‥良かったー!』


胸元をわしっと掴んでほっとしているケイオスを見ていると、なんだかほっこりしてしまう。


『ケイオスさまの内面で選んでもらいたいんですか?』


『ちび‥‥‥大人の男の心の機微ってものを、よくわかってるな』


感心されているようなのだが。


(リンランの恋心だよー)


「つまり、片思いってことですね?」


ケイオスは、ぐっと口を閉じて、またしょぼくれてしまった。


「‥‥‥俺は、ずーっと、俺の人生に付き合わせている、と思いながら一緒にいるなんて、嫌だ」


「お妃さま業が負担になりそうな方なんですか?」


「‥‥‥うちの母親を見てると、こういうのに向いてる仕事だよな、って思う」


(疲れてるな‥‥‥)


しかし、言語の切り替えにもすとんと反応してくれている。


ケイオスというのは、非常にお勉強ができそうな方のように思える。


言っちゃって!と、ミィアンは顔面で語ってくる。


つい迂回してしまったのだが、踏み込むべき場所は明らかだ。


「‥‥‥ケイオスさまから選んでしまうと、向こうは嬉しいって言ってくれてしまう?」


(沈黙)


ケイオスは、ゆっくりと時間をかけて眉間に皺を寄せていく。


「‥‥‥そういうことになるよな?」


ケイオスの声は消え入りそうで、悪いと思いつつも笑ってしまう。

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