33.絵本
オリーブ長官が気に入りそうな本をあちらに送ることも、私の仕事に含まれている。
そのためにも、着実に学んでいますよ、と示していかなければならない。
『え?これ何だ?』
(うお!)
ケイオスが珍しく日中にやってきたのは、どういうことだろうか。
頭上からぬっと出てきたケイオスは手を伸ばし、テーブルの上にあった絵本のページをめくっていく。
「これ、何だ?」
(おお!)
ケイオスはケイオスで、ミィアンを家庭教師として着実に学んでいるようだ。
(って思っておこう)
「絵本の作りかけです」
「作りかけ?どうして、こちらの言葉?」
「こちらの国で売るので、こちらの言葉に翻訳したものを作ろうとしているんです」
「そうか」
ケイオスはこの絵本を知っていたようだ。
ページをめくっていくケイオスは、どこか懐かしんでいるようでもある。
最後のページまで辿り着くと、本は閉じられ、ケイオスの小さな声が聞こえてきた。
『モーリスに余計なことを吹き込むな』
(‥‥‥どれだ?)
心当たりを探っていると、ケイオスは隣の椅子に腰かけた。
『‥‥‥留学のことだ。行ったきりになるに決まっている』
(これは‥‥‥愚痴だから、ここの言葉なの?)
どう反応したものかと思っていると、ケイオスは封筒をすっと私の前に置いた。
封筒には、宛名も差出人も書かれていない。
(ちょうどいいな)
封蝋を押してみると、きれいに模様が出て、にまっとしてしまう。
『なんだよこれ!魔女さまの封蝋印じゃないか!』
ふふんと渡してやると、ケイオスは、はわー!となって封蝋を見つめている。
この様子では、この絵本を結構好いてくれているのかもしれない。
頭にぽんと手を置かれ、見上げると、ふふんとなっているミィアンが私の頭を撫でている。
「あ!これ!手紙!」
(私に?)
ケイオスに手渡された封筒を、ぺいっと暖炉に焚べておくと、ミィアンは声を出さずに高笑いとなっている。
『んだよ!可愛くないガキ!読みもしないなんて!』
(ん?)
そんなに落ち込まれると、勘繰ってしまう。
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、ケイオスはすっかりしょぼくれている。
(真面目に王子‥‥‥)
「あなたは、誰にも何も強いたりしないんですね」
「え?」
「読ませようとしないんですね」
「あー‥‥‥」
ケイオスはすうっと顔を逸らし、ミィアンは、にやりと笑ってやっている。
「ケイオスさまは、フユーから返事をもらえれば、ほーら!ってやるつもりだったんですよね?」
そのつもりだったらしく、ケイオスはテーブルに頬杖をついて窓の外を見ていたのだが、小さく頷くのだから律儀な人だ。
「またお見合いですか?」
ケイオスは、小さく溜め息をついてから話してくれた。
私とお付き合いをと言うのなら私を連れて夜会に出るように、と言われたそうだ。
(希望通りにさせてやるよ、とね‥‥‥)
そこで、文通の証拠を、ということか。
「‥‥‥俺、どうしてこんななんだ?」
後悔、そればかりなのだろうと思える。
ケイオスが見つめる先は、過去の自分なのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇
『ケイオスさまの結婚を急いでいるのではなく、周りが結婚したいんですよね?』
『え‥‥‥どういうことだ?』
『うちの娘はケイオスさまのお妃さまになるかもしれんから、おまえんとこの息子にはまだやれん』
『えー?!それで、違ったってわかるのを待ってるってことか?!』
(気付いてなかったの?)
『でも、ケイオスさまが選んだ方が残ってくれてて良かったですよね?』
『そうだー!俺!‥‥‥良かったー!』
胸元をわしっと掴んでほっとしているケイオスを見ていると、なんだかほっこりしてしまう。
『ケイオスさまの内面で選んでもらいたいんですか?』
『ちび‥‥‥大人の男の心の機微ってものを、よくわかってるな』
感心されているようなのだが。
(リンランの恋心だよー)
「つまり、片思いってことですね?」
ケイオスは、ぐっと口を閉じて、またしょぼくれてしまった。
「‥‥‥俺は、ずーっと、俺の人生に付き合わせている、と思いながら一緒にいるなんて、嫌だ」
「お妃さま業が負担になりそうな方なんですか?」
「‥‥‥うちの母親を見てると、こういうのに向いてる仕事だよな、って思う」
(疲れてるな‥‥‥)
しかし、言語の切り替えにもすとんと反応してくれている。
ケイオスというのは、非常にお勉強ができそうな方のように思える。
言っちゃって!と、ミィアンは顔面で語ってくる。
つい迂回してしまったのだが、踏み込むべき場所は明らかだ。
「‥‥‥ケイオスさまから選んでしまうと、向こうは嬉しいって言ってくれてしまう?」
(沈黙)
ケイオスは、ゆっくりと時間をかけて眉間に皺を寄せていく。
「‥‥‥そういうことになるよな?」
ケイオスの声は消え入りそうで、悪いと思いつつも笑ってしまう。




