32.文通
包囲先を調べるために、この街に滞在しているそうなケイオスは、毎日やってきては筆談するようになった。
(ミィアンと‥‥‥)
ミィアンと筆談しているケイオスは、でへでへに見える。
王子ともあれば、幼い頃からこちらの国の言葉を学んでいそうなものなのだが、ケイオスも学んでいる最中ということにしているのだろうか。
こういう形で思いを寄せる相手を待っているのかもしれないが、ここに通う言い分を用意させてしまったモーリスは、毎日胃が痛そうに玄関前で待機している。
モーリスが玄関前にいることで、王子がいます、と言っているようなものとなり、姫に対して、来るなと威嚇になるようには思うし、接触させてしまうことを確実に防ぐことができるだろう。
裏口にも警備の人員を置き、さらに家の周りを回らせる厳重さで、なんだか物々しい。
王子がこんなのときれいなお付き合いなんて誰も思わないだろうが、ミィアンとヨツバは心配しているので、こうして玄関前で温かいココアを飲むことにしている。
しかしこれではミィアンが、と思ってしまう。
お子さまは、背後に回らせてもらえる時は、背後に回らせてもらっておけばいいのだろう、と思うことで自分を誤魔化しているような気もしてすっきりしない。
「まあ、どっちも来ないよねー」
「来てしまっては、留学する意思があると見なされてしまうだろうからな」
ヨツバのココアには酒を足しているそうで、私のココアとは違った香りがしてきて非常に気になる。
「選ぼうとしていた方も、先の王さまの妹さんのお孫さんなんだよね?」
「そうなんだが、そっちは嫁いでいった先王の妹、嫁いでいった娘、孫、という繋がりなので、もう他人、というようなことを言われたそうなんだ‥‥‥」
モーリスは、愚痴がてら内情をぽろぽろと教えてくれる。
「お孫さんの所属先の家格の差を理由に、ってこと?」
「んー‥‥‥家格という点では、私にはそっちの方が、と思えるんだ。言いがかり?いちゃもん?とりあえず却下するための理由として挙げることができるのは、そのような、は?というものくらい、という‥‥‥」
「こちらが選んでやった相手をなぜ選ばない?!」
「それだ‥‥‥まさしく、それ‥‥‥王妃は実の母親ではあるんだが、ケイオスさまと、不仲って訳ではなく‥‥‥何て言うんだろうな‥‥‥」
「合わないの?」
「あー‥‥‥それかな‥‥‥合わない‥‥‥?上手く言えないんだが、ケイオスさまは、ああやって受け入れようとする。そんなにほしくなかったってことよ‥‥‥だろうか?」
「‥‥‥いや、選ぼうとしたんだよね?」
「って思うんだよー‥‥‥!だから、こちらが選んでやった相手を!ってのにしか見えないんだ‥‥‥でも、まあ、ケイオスさまはあんなんだから、もう一方をその気にさせたのはケイオスさま、とも言える‥‥‥」
「王妃さまは、それを知ってるから、応援するよ、ってやったのに!なのかな?」
「でも、選ぼうとした方にもあんなんだったんだ‥‥‥」
「‥‥‥誰にでもああなの?」
モーリスは、しばし言葉を探していたようだったのだが。
「‥‥‥ミィアンさんのような、女性的な方って言うのかな‥‥‥」
「出るとこ出てて、引っ込んでるとこ引っ込んでる美人?」
「まあ、そうだね‥‥‥」
「選ぼうとした方にああやって接したいから、そのような方々にはそうやって接するようにしてたの?」
「え?あの方、そんなに賢そうに見える?」
ここでそんなに真顔で聞かれてしまっては面白いのだが、モーリスは真剣なのだからと、笑いを押し込めておく。
「‥‥‥隠してた訳じゃなくて、じゃあこの子にする、だったの?」
「‥‥‥ケイオスさまは、夜会に出れば、寄ってきてくれた順に全員と踊る方なんだ。寄っていかなくても、会場にいれば、ケイオスさまは絶対に寄って行って会話をする。そんなんだから、もしかしてと思わせまくっていた‥‥‥」
「候補者が絞れなくて、婚姻を結ばせることのできないお嬢さまが大勢いるってこと?」
「そういうことだ‥‥‥さっさと決めてくれ!状態‥‥‥そこで、王妃から、きちんと見合いの席を設けなさいという話をされて、ケイオスさまは、じゃあ婚儀をって言いだして‥‥‥そこでは、段取りについてもめた‥‥‥」
「王妃さまは、まずは見合いで周知させて、次に、というような段階をきちんと踏んでもらいたいの?」
「そうらしいが、ケイオスさまは、そういうの柄じゃないとか言って、婚儀も本当は無くていいと思ってるし、偉いのずらーの晩餐会のようなお披露目もしたくなくて、夜会にお妃さまを伴って出席するだけにしたい、と言い出し、王妃は、どこの小娘なの?!となった‥‥‥」
「それは‥‥‥そういう場に出せないようなお嬢さんなのか、ってこと?」
モーリスは夜空を見上げて微笑む。
「そういう言葉を使ってほしかったな、って思うんだ‥‥‥ケイオスさまは、こんなババアが姑では毎日いびられて暮らすことになるから婿に行くと言い出した‥‥‥」
「あらー‥‥‥」
「王妃は、何言ってるのよ!?きちんと紹介できないような相手なの?!」
「さらにね‥‥‥」
「ケイオスさまは、そんな相手と知り合う機会が無いだろうが!」
「あ、結構真面目に王子さまとして生きてるんだね」
はっとされては笑ってしまうのはヨツバも同じで、二人してさっと口元を隠す。
「そう言われるとそうだな‥‥‥そうして、ケイオスさまはこっそり婿に行くと言い張り、王妃は、この子でしょ?!見合いの席を用意してあげたから!‥‥‥」
三人で顔を見合わせてしまう。
「‥‥‥選んだんだよね?」
「‥‥‥ヨツバさんも?」
「‥‥‥思うな」
モーリスは、悔しそうに俯いたのだが、笑いを隠しているようにも思える。
「ケイオスさまは、そっちじゃねえ!と言った‥‥‥」
「‥‥‥その流れでは、見合いの席を潰すために出してきた、と思われてしまうかもね」
「でも、ケイオスさまが初めて、この方だ、と!‥‥‥婿にというのはだけど、引き裂くことまでする?!というのが‥‥‥」
「別れなさい!となったの?」
「そうやってケイオスさまが見合いをぶっ潰すと、王妃は、ケイオスさまの選んだ方を、そちらではないお隣さんの後宮に入れる、と‥‥‥あんなの脅しだ‥‥‥」
悲しむモーリスは、そっとココアを口に含む。
「私達は、どっちかに決めないから、どっちもお妃さま候補として留学させて様子をみよう、ってことだと聞いてた」
「そうやって、どっちも辞退、としたいんだろうな‥‥‥」
「私が行く!となるようなら、って可能性は?」
「え?そういう‥‥‥?」
「ケイオスさまはその方へ向けて、お妃さま候補として留学してきてくれって手紙を書いているのかも?」
「まっさかー!」
(そこは即否定できるんだね)
「‥‥‥もしかして、ケイオスさまと接触するようなら後宮へ、だったり?」
「私には、そういう可能性ばかりなんだ‥‥‥」
この厳重さは、二人のことを思うが故ということのようだ。
「‥‥‥姫の方はどうだったんだ?」
ヨツバに聞かれ、モーリスは小さく首を横に振る。
「わかりません‥‥‥夜会に出ても、すみっこにいるような方で、確かにいびられそう、というようなことしか‥‥‥」
(そこだけか‥‥‥)
二人の内情なんてものは、二人にしかわからないものらしい。




