3.林檎
父親とはどういう存在なのか。
リタの洗濯物を洗うのは何とも思わないのだが、ルツの洗濯物を洗うのは若干の抵抗がある。
(おっさんだから‥‥‥?)
リタの次に浴室を使うのは何とも思わないのだが、ルツの次となるのは回避したい。
(おっさんだからなのか‥‥‥?)
ルツは特別汚らしい訳ではなく、特別小綺麗な訳でもない。
中年男性、そう認識してはいる。
リタとルツは、毎日早くもなく遅くもない時間に帰ってくる。
下っ端ではないが、そんなに偉くもない、ということだろうか。
二人は今日も帰ってくるなり、倒れこむようにどっかりと椅子に座り込んで、気の抜けた顔で天井を眺めている。
テーブルに食事を並べると、二人はのっそりと起き上がって移動を始め、席に着いて食事を始めた。
私の料理は、私が食べたいものを食べたいように作る。
万人受けはしない。
二人は何も言葉を発することなく、残さず食べてくれるのだが、言いたいことは積み上がっているだろう。
「浮遊霊さんは、どうして色んな地方の料理を作れるんですか?」
「館主が買い付けの道中で美味しかったものの作り方を書きためてきて、それをお土産にくれました。でも、その作り方通りではないものばかりなので、なんちゃって料理です」
「なんちゃって、ですか」
リタが食器を下げにキッチンへ向かうと、黙々と食べ続けていたルツも同じくキッチンへと向かった。
料理の面での、これからの私の成長というものを期待しないでもらえただろうか。
リタは物足りなかったらしく、キッチンにあったスコーンを持って戻ってきた。
「これもなんちゃってですか?」
スコーンは紅茶の茶葉を混ぜ、細かく切った林檎をこれでもかとのせてから焼いたもので、紅茶の茶葉や林檎については、私好みとするための変化なのだが、スコーンの作り方からして、館主の書き記した通りではない。
スコーンと呼んではいけない気さえする。
「‥‥‥焼いた何かです」
リタは興味深そうに頷いてから席に着き、ルツも一緒になって食べ始めた。
この分では、焼いた何かは朝食にはできそうにない。
パンを仕込んでおくとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
リタの部屋に行くと、布団の中にいるリタは上掛けをめくり、そのまま止まって待つ。
灯りを消してそこに入って横になると、リタは上掛けを下ろし、そっと頬に頬を寄せてから横になる。
「このほっぺ!至高!」
リタにとってはお子さまの使い道というものがあるらしく、私は湯たんぽとして活用されるようになった。
こちらとしても、一人で寝るより暖かくていい。
「ところで浮遊霊さん。林檎、どうやって手に入れました?」
お子さまは寝つきがいいということで、寝たふりを開始すると、リタは遠慮なく頬をぶすぶすと突いてくる。
「おお!これはこれは!」
リタは頬の弾力を堪能しようと、力加減を変化させつつ指で押してくる。
(寝てるよ?)
念を送ってみたところで、リタには通じない。
「馬を繋いでおかせてくれた場所、林檎も生ってましたね?」
食べ放題、そのなんといい響き。
製作所とは、食べ放題を実現するための土地だ。
実現した林檎食べ放題を堪能するべく、家事の合間に一人でいそいそ出かけているのだが、リタの許可はもらっていない。
瞼をぐいと開かせようとしてくるリタの手を払っておくと、リタは鼻をつまんできて、そのまま手をぱたんと倒し、口を手で覆ってきた。
(容赦しない性悪‥‥‥)
これでは自白できないのだと、リタは気付いているのだろうか。
「浮遊するのは?」
口頭では答えることができないので、リタの脇腹をぽんぽんとしてみると、リタはやっと呼吸を再開させてくれた。
そんなことを言い出しては、リタが出かけている間はどうなるのか、と心の中で文句を言っていると、リタは私の手を取った。
「僕が拾った浮遊霊ですからね」
製作所には布団など存在しない。
今日も布団の中で暖かく眠ることができるのは、リタのおかげだ。




