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シアの国  作者: 薄荷堂
左の国
29/106

29.出発

隣国の王都を訪ねるには、国境の次は山を越えることになる。


(ここで、もう寒いな)


朝になると、リンランとファーゼのお古をどっさり渡してもらえたのだが、冬物も入っていたので、そんな予感はしていた。


お嬢さまのお古を着用すれば、即席お嬢さまの出来上がりということで、見た目はどうにかなっていると思っておこう。


留学を希望している姫のところに押し付けてもらえることになり、私は通行証ではないブローチを賜った。


ブローチには台座となる円環だけ。


偉くなると、ここに石が散りばめられていくので、私はまっさらな下っ端なのだが、給料がもらえるというのは素晴らしい。


(正規雇用!)


安定収入とは、なんと素敵な言葉なのだろうか。


「ねえ‥‥‥口封じとかじゃないんだよね?」


「だーいじょうぶですって!フユーを預けたらすぐ帰れますから」


オリーブ長官が心配してくれているのは、我が身以上に、私の身なのだろう。


「でも、こんなに急いで‥‥‥荷物もあんなに‥‥‥」


「雪が降るようになると、移動が大変ですからねー」


ライリの言葉では、オリーブ長官の曲がった口元は戻らない。


本人は暢気なものなのだが、こんなに心配してくれるとは。


「ギドロイさまは、気掛かりが一つ減れば、それだけ目の前のことに集中できるはずですからね」


「モクレン家三男の大騒ぎの時に、ぱーっと連れて行ってこうなってますからねー。でも、今回は、坊は熟考してから自分で立ち上がりました!これでフユーが、こっちの問題の防波堤になってくれてれば、あっちの問題に集中できるってもんですよ」


「そうかもしれないわよ?でもね‥‥‥?いいの?」


「正規雇用のお官吏さまとして、給料をいただきながら!こちらの言葉を学べるなんて!」


「金の亡者ー‥‥‥!」


どうにか笑おうとしてくれているのだが、オリーブ長官の口元はやはり下向きにしか弧を描かない。


「まあまあ。あの子が言っていたことが本当なのかも、確かめることができますよー?」


「だからよね‥‥‥だからこんなに率いているのよね‥‥‥」


「行きで包囲はさせてもらって、王城でフユーを預けた帰りに、こっちの人達も一緒に、って流れでしょうね」


どうやらすぐには帰してもらえなさそうだという情報を得てしまい、オリーブ長官は遠い目となりつつある。






◇◆◇◆◇◆◇






「オリーブ長官は、あの女性の、わーわーわーは演技だったと思います?」


「宮廷の門前に馬車止めて待ち伏せ、って時点で、とんでもない人物なんだと思えるけど‥‥‥?どうして演技なの?」


「フユーはそうかもって思ってるんだろ?」


ライリに促されているようなので、述べておくとしたいのだが。


どうにも気が重いのは、お子さまだからだろう。


「‥‥‥あの女性は、ヒイラギ卿のお相手を攻撃することで、ヤマブキ家を潰した。今回は、私と入れ替わろうとすることで、センリョウ家とモクレン家を‥‥‥?」


「あの女性が内に入り込んで潰れたかどうか、という点だけで見ると、ヒイラギ家を守った、とも言えるな。だからといって、ヒイラギ卿のお相手のことも守ってくれた、なんて思えないが」


ライリの気遣うような笑顔は、私のお子さま具合を察してくれているからだろうと、なんだか情けない気分になっていく。


「‥‥‥でも、身を守らせるためだったのかも」


(って思う私に疲れる‥‥‥)


私はあの女性に攻撃される以前の母を知らない。


母が生き続けていたのは、あの女性のおかげなのかもしれない、と考えると、どうにも手の平を見つめてしまう。


「フユーのこともか?」


「そこは、あの女性は、自分が私の母親だと騙らなかった」


「あー、フユーはあの子の妹だ、ともできたもんな」


「あの女性は、あの子を保護してもらうために来たのかな?」


「それは、あの子をフユーにされたくなかった、ということか?」


「そうなると、こっちの国から逃げてきた、ってことになる?」


「どうぞ本物が渡ってくださいよ、とやりに来たってことか?」


「出戻り品だということは、もとはうちの国の人ってことにできるよね?」


「本当に姫と王子だったりしてー!」


ライリが笑顔でオリーブ長官の方を向くと、オリーブ長官も暗い顔で予想してくれた。


「逃げおおせたぞー!で大騒ぎ‥‥‥」


馬車の中での雑談ということで、言葉にしてもいいだろうか。


「‥‥‥私、出荷先はもう一つ隣だと思うんですよ」


「あっちはいいとこの使用人となると、皆去勢済みらしいよな」


「そう思うと、あっちにやられそうになって逃げだしたのかしら?」


「国の力関係を考えれば、野心の塊が行きたがるのはうちでしょうね」


「行儀見習いのお嬢さま方のお茶会に混ざってたのは、どなたか気に入ってくれないか、ってことでもあったのかもな」


「暢気なものね‥‥‥」


「そう思うと、何も知らずに、モクレン家乗っ取ることにしたー!と騒いでたんでしょうか?」


「モクレン家三男は、レンギョウ家については、単に名を知っていただけかもしれないわね」


「本物のモクレン家三男の顔を知ってるレンギョウ家を皆殺し!なーんて!」


「それで、ヒイラギ卿も?」


「ヒイラギ家へ行くんだから、とか言って馬車に押し込めて、始末!」


笑えないらしいオリーブ長官の口元は、またも下向きとなっている。

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