27.報告
(ん?)
少し開いた扉の隙間から、こそこそ手招きしているのはオリーブ長官だ。
他の皆も気付いているようだが、ギドロイが目だけで、行け、とやったので、扉の方へと向かう。
隙間から外へ出ると、オリーブ長官の手招きは続いていく。
廊下の角を曲がったところで、オリーブ長官はしゃがんだので、私もしゃがんでおいた。
「ねえ‥‥‥何が起きてるの?私は、かるーく通訳するだけだと思っていたんだよ?報告したら私はどうなるの?って思ってる」
どうやら混乱中らしい。
「まあ、本当のこと言ってるかの判断は、お偉い皆さんでやってくれますよ」
「いいね!いいこと言ってくれるね!私は通訳に呼ばれただけ!」
「何か入用なものはありそうでしたか?」
「‥‥‥そこもね?あの子どう扱うの?って思ったら、聞いてしまっては用意してもらえると思わせてしまう、と思って‥‥‥」
「牢屋ですか?」
「もー!嫌だわー‥‥‥このお子さまはー‥‥‥巧みに情報を得ようとしてー‥‥‥あー‥‥‥報告してくるー‥‥‥」
どうやら私を連れ出してくれた、ということだったようだ。
オリーブ長官は、先ほどの応接間の扉へと近付くにつれて、背筋をきちんと伸ばしていく。
お子さまを背後に回らせてくれる大人の存在は頼もしい。
私はどこかで時間を潰しているとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
「あー、出戻りでしたか」
私の反応にギドロイは何か言いたそうだ。
「‥‥‥自分達を王子と姫だと偽ってこちらに渡り、あの子はおそらくセンリョウ家へ。そこであの女性と再会。あの女性は‥‥‥まあ、出戻ってきた子だと気付いてくれて、親身になってどうやって生きて行こうかと考えてくれたそうだ」
「大変でしたね‥‥‥」
「そうだがな‥‥‥?こちらの言葉もある程度はわかるそうだ。あの子によると、あの女性は、ヒイラギ家の皆さんはいい人だから、あの子のことを追い出したりしないし、必要なものは全部揃っているからすぐに暮らせる、と言ってあの子を連れ出したそうで、あの女性は、新婚となったヒイラギ卿の娘の代わりにと、ヒイラギ卿の妻としてあちらに渡るつもりでいたそうだ」
(娘の代わりに‥‥‥)
「あの子はどうしたいんですか?」
「あっちの国では、雇先の女主人が亡くなって、その息子に解雇されてしまい、野心の塊と一緒に勤め先を探しているうちにこんなことに、らしく、どうしたいもこうしたいも何も、という状況のようだ」
「あちらの国の内情なんかは聞けましたか?」
「‥‥‥おまえって、どうしてそんなに‥‥‥落ち着いているんだ?」
ギドロイは、ルツに気を遣って言葉を選んでくれたようだ。
(老婆だから?)
にこっとして首を傾げておくと、ギドロイは悲哀を滲ませ小さく頷いているので、言いたいことが伝わったのだろう。
「どうやって信用度というものを計るんですか?」
「あー‥‥‥そういうのも考えないとな‥‥‥ぶっ潰そうとしてくれるのを狙ってる、なんて可能性も?」
「ぜーんぶきれいに準備し終えたから、あの女性を自由にさせているのかもしれませんし、あの子は台本を読んでいるだけかもしれません」
「台本?」
「こちらに渡ってから知ってしまったのかもしれませんし、野心の塊が去勢されてしまったので、そういうことにしているのかもしれませんし、本当にモクレン家の娘なので、お嬢さまとして他家にやろうとされているのかもしれませんし、先ほどの私の発言を聞いて、台本を書き上げたのかもしれません」
「おまえって‥‥‥」
何やら可哀想がられているようだ。
(そうだよ?こういう人間だよ?)
にこっとしておくと、ギドロイからの憐れみが増量したような気がする。
「言葉です。ギドロイさまは、モクレン家三男がこちらの人間であることに疑問を持ちましたか?」
「それは俺も気になっているが、双子間ではこちらの言葉で会話してきた、と言われてしまえば、とならないか?」
「ならばこそ、これは計画的なものなのではないか、と考えます」
「いつか使うつもりだったから、ということか‥‥‥」
「洗脳です。どうして、こちらの言葉を教える必要があるのでしょうか?経費を抑えて高値で売ろうと思うのなら、すぐに使えるように、あちらの言葉、あちらの習慣、あちらの行儀作法を教え込みます。こちらの言葉、こちらの習慣、こちらの行儀作法まで身につけているあの二人は、あちらに売られたのだとするなら、かなりの高値で売られたということになりますよね?そんな人材がぽんと解雇されて路頭に迷います?」
「そこは錬金術師さまではないから、極安で売られたのかもしれないし、何か問題を起こしたのかもしれないし、野心の‥‥‥教育係として雇われていた先の姫をこちらへ?」
ギドロイは早速半泣きとなっている。
「追いやられそうな姫の追いやられ先をこちらにするために、こちらに渡って大騒ぎ、かもしれませんね」
「それだけのつもりで渡ってきたのに、知ってしまってこうなっていて、どうにかあちらの姫に辿り着かれないようにしている、とも考えられないか?」
「あるかもしれませんね」
ギドロイに告げ口するように見られて、館主とルツは苦笑いだ。
「モクレン家三男本人、というのはどうです?」
「えー‥‥‥?」
ルツの予想を聞き、ギドロイは天井を仰ぎたそうにしている。
「告発しようとして大騒ぎ。あちらの姫の留学で覆い隠そうとされてしまっている中で、センリョウ家で育ったあの子はこういう形で告発した」
「あー‥‥‥自分は出戻りだって言ってしまえば、ということか?」
「私は、野心の塊はモクレン家三男にされてしまった、と予想します!」
館主も予想を始めては、ギドロイは、ぎゅっと口元を歪めている。
「こういう形で密輸なんてものを打ち切ろうとしている、という展開ですよ?」
「‥‥‥野心の塊は?」
「センリョウ家からモクレン家へ移され、誘導されてあのように大騒ぎ、となったんですね」
「あー、それでモクレン家三男としてお披露目されてしまい、モクレン家をぶっ潰してくれ、か‥‥‥」
(ディードは?)
皆の視線を集めると、ディードは、ぼそぼそと予想した。
「自分は‥‥‥野心の塊は任された仕事を終えて、処分された。密輸は野心の塊があの子と協力して始めようとしていたところだ、とされる‥‥‥でしょうか」
「それで、あの子は孤立無援状態、ということか‥‥‥」
「で、どう思ってるんだ?」
おまえも予想しろ、ということのようだ。
「密輸相手である、あちらのちょっといい家のお坊ちゃんの家出」
ディードは、ふすっと笑っている。
「大騒ぎは、俺はモクレン家三男として生きていく!で、あっちの国は、追いやられそうな姫の追いやられ方として留学を!あちらの国内での今回の動きにびびっている現王が、妾腹の姫を国外へ、とね」
「モクレン家とセンリョウ家は?」
「お坊ちゃんのせいで、大注目されてしまったので、密輸がばれないかと大慌て。私をあちらに渡らせ、密輸がばれれば、レンギョウ家の所業とするつもりで協力している」
「あの子は?」
「お坊ちゃんの双子の片割れで、本当のモクレン家三男のお相手。あの子の結婚が決まり、野心の塊も同行してきて、俺こそがモクレン家三男だ!とね」
「密輸関係者の中だけで収めることができるな‥‥‥あの女性は?」
「あんな女性が、出戻った子だと気付けるほど関わらせてもらえているんだとすると、あんなの全部演技だと思える」
「演技‥‥‥あの子に利用されている、ということか?」
「あの女性は、同じ手は通用しないだろう、ってことで、ヒイラギ家に押しかけずに、こっちに来たのかな?」
「双子?!だめよ!そんなのだめ!私が嫁ぎ先を見つけてあげるわ!と騒いでセンリョウ家から連れ出してくれて今現在、かもしれないね」
館主が情感たっぷりに予想を述べてくれると、ディードは笑いを押し込めこちらを見てきた。
(笑っていいんだよ?)
「御者は?」
「だんまりだ。戻ってこないことで、こちらの動きは筒抜け‥‥‥と考えていたが、もしそのように出てきたのなら、センリョウ家としても、そのうち追い返されてくるだろう、と思っているのかもな」
「オリーブ長官とは?」
ディードは押し込めようとしているのだが、滲んでいる。
ギドロイは、ちらりとディードを見て面白がってから、聞いてきた。
「そこでも簡単に連れ出せているもんな?」
「あの女性って本物ですか?」
ギドロイが、ぎょえっとなってルツと館主の方を見ると、二人も同じような状態だった。
「とまあ、センリョウ家はもう切り捨てたのかもしれません」
「錬金術師さまなら即処分、ということか‥‥‥」
「モクレン家の奥さまと娘として回収予定?モクレン家の奥さまと娘が演じている、なんてことにもできそうでは?」
「双子かー‥‥‥」
「センリョウ家に移されていた、ということは、モクレン家を調べられることを想定済みかもしれませんね」
「何もかも闇にー‥‥‥」
「あの子は、もうこの国にいる必要がないのかもしれません‥‥‥」
「偽物が表に出ていては本物は、な‥‥‥」
「しかし、あの子の実家が、そういうことにしてあの子だけ返してくれ!となっているのかもしれませんし、あの子は遺体となったお坊ちゃんを持参して、本物のモクレン家三男を婿として連れて帰ろうとしているのかもしれませんし、嫌々モクレン家三男に嫁がされそうになっていたところを、野心の塊が助けてくれた、なんてこともあるのかも?」
「モクレン家をぶっ潰してくれ‥‥‥?国の力関係を思えば、密輸の力関係も、あちらが弱そうではある‥‥‥あの子は、密輸関係者ではないものとして、俺達の知っているモクレン家三男と合流したがっているようにも思える‥‥‥」
「ま、センリョウ家から来たって証言してますし、あの御者には、ヒイラギ家にある荷物を持ち帰ってもらいませんか?そこでヒイラギ家の御者なのかはわかりますよね?そうなれば、残る候補はセンリョウ家、とできます」
「私も同行します」
ルツが賛成してくれると、ギドロイは小さく頷いたので採用してくれるようだ。
「あの二人はどうする?」
「そこも、センリョウ家から来たって言ってくれましたから、あの女の子は小道具に使われた被害者なのか?ということで、父親は誰なのか、とセンリョウ家を調べましょう。あの子の調達方法について調べようとすれば、モクレン家から預かったー、とでも言ってくれるかもしれません」
「とにかく、あの二人がそう言ってる!で調べるんだな!」
ギドロイがやる気を出せるほどに元気を回復できたので、このまま交渉しておこう。
「私とあの子で、宮廷内にある二人部屋の宿舎を使わせてもらえませんか?」
「助かるが、いいのか?」
「言葉を教えてもらえるでしょうし、あちらの食事を作ってもらいます」
「できて当然、ということか」
「殿下、ライリを付けましょう」
「それがいいな」
(そうなると四人部屋かな)
「殿下!あの二人の身の回りの品はいかがいたしましょうか?」
館主に期待に満ちた目を向けられ、ギドロイは悩みだした。
「自由に出歩かせるつもりはないし‥‥‥患者用のものでいいんじゃないか?」
(ちぇっ!)
同じ気持ちなのだろう館主と小さく頷き合う。
「では、行きましょうか」
ルツが立ち上がると、館主も立ち上がる。
「荷運びの注文をもらいに同行しよう!」
「そうだよな‥‥‥すぐ動かないとな‥‥‥」
いざとなると腰の重いらしいギドロイが、のそっと立ち上がると、ディードがさっと扉を開けた。
皆、今夜は長い夜となるのだろう。




