26.キッシュ
私の前にあったキッシュの皿は、すーっとディードの前へと移動させられ、ディードは激安売りを開始した。
「説明しようか?」
「あの子は、確かにモクレン家三男として宮廷に来ていた人物と似ているように思うけど、モクレン家三男って、あの人物じゃなかったと思うんだよね」
ディードの顔面は、投げ売りとなりつつあって若干怖い。
「断言できるほどしっかり覚えていないので、そうと言われるとそうなのだろう、ということか?」
「そうだね。あの二人は、私と入れ替わろうとしている。でもあの女の子を置いていく気でいて、相手はディードでもいいようだ。リタジオードさんとディードの共通項となると、まず挙げたくなるのは、名家の御曹司さま。婚姻ということは出してこないが、男女関係を否定できないような環境を用意しようとしているし、ディードの食い散らかしに加えるのでも構わないように聞こえたよね?」
「いや」
ここできっぱり否定されてしまっては、と皆の方も見たのだが、皆もそうは聞こえなかったそうだ。
(あれー?)
「婚姻ということを出してこないということは、あの子の戸籍が、ということか?」
「今すぐきちんとできないのかもしれない、ってところでは、こちらの国で隠し育てていた子だから、という可能性もあるし、こちらの国まで連れ出せた、こちらでは丁重に扱おうとしているようだ、ということ‥‥‥が、引っかかる。どうしてこちらで丁重に扱おうとするような子を、こちらに連れ出すことができたのか。あちらは代替わりがあった。先王の妾をきれいに一掃なんて物騒な話も聞こえてきたけど、離宮扱いとなっている物件を整理しているだけかもしれない。それに伴う人員整理として、追いやられた姫が‥‥‥?とも考えられるが、モクレン家三男は?」
「モクレン家に、あの子は追いやられた姫だと言って入国‥‥‥かもな」
「半信半疑で迎え入れてやり、あの子はセンリョウ家へ。という経緯かもしれないし、モクレン家三男の双子の妹ということで、センリョウ家へ引き渡されたのかもしれない」
「今のところ、あの子はあの女性の手の内だからな」
「指定しておいた私と入れ替わろうとしているのは、夢見がちさんを、お姫さまの暮らしができるー!とでもさせて、身代わりとなる誰かをあの子として連れて隣国へ行かせるためかもしれない。そうすれば迎え入れたことを無かったことにできる、けど?」
「どうして、あの子をそのまま帰さないのか?」
「そう考えると、こちらの国に残す理由があるはずだ。でも、この機会に私を排除したい、ということかもしれない。夢見がちさんに、私が本物の姫だよ、って言っておくと手っ取り早いよね?」
「妾というのはおまえの母君となるから、簡単そうに思えるな」
ルツは青いのか暗いのかとなっている。
(守るとは、何なんだろうな‥‥‥)
館主もこの席にいるのだし、もうこんなに話してしまったのだから、明らかにしようとしてもいいだろう。
「‥‥‥野心の塊のような少年」
「あいつか!」
拳を握りしめた館主は、隣に座るギドロイを睨んでしまったのだが、徐々に商売人の笑みとなっていく。
「私共は、モクレン家の皆さまと親交がございます!」
「‥‥‥え?で?どっちなんだ?」
「私共をお使いくださいますよね?」
「‥‥‥どっちなんだ?」
「ルツくんだって、モクレン領も回ってきたんだろう?」
ルツは、じーっとギドロイを見たまま止まっていたのだが。
「‥‥‥モクレン領での騒ぎを聞きつけ、センリョウ家があの女を厄介払い、と予想します」
「あの子はどうなんだ?」
「あの女はセンリョウ家所属です」
ギドロイは、ぐっと渋みを蓄えこちらを見てきたので、私も同じような表情を作って、じっとキッシュを見ておいた。
「‥‥‥いい子には、丸っと持ち帰らせてやろう」
「ありがとうございます!では契約書を!」
ギドロイは、意地悪をされた幼子のような顔となってディードを見たのだが、ディードは私の分だったキッシュを味わっている。
ディードも気になっていたのだろう。
丸っともらえるかもしれないとあっては、ディードが食べるのを寛大な気持ちで見ていることができる。
◇◆◇◆◇◆◇
「モクレン家当主があの子も愛人にしようとしているから、あの女はそれを妨害、というのはどうだい?」
「それで、とにかく他家へ、ということですか?」
「今のところあの女が主犯で、あの女の子は小道具だろう?」
「あの女は牢屋にぶち込んでおいて、あの女の子からは話を聞けば、国で保護することができた、とできますね!」
「そうだ!」
ルツの予想に基づいて話して笑い合っていると、館主が気の毒そうに笑って言った。
「国で保護ってところは殿下としては引っ掛かるでしょうが、現段階での次の動きとなると、そうなるのではないですか?あの二人、別々の部屋に入れておいたんですよね?」
「‥‥‥このまま帰すつもりはないが‥‥‥」
「ルツくんの言う通り、あの女の子は小道具のように扱われていたんですから、それを理由にして、取り調べという形ではなく話を聞いたんだ、とできるのでは?」
「‥‥‥そうだが‥‥‥」
「はい、魔女さま」
ディードに促され、予想を述べておく。
「あの子が去勢を実行させられてきたのかも」
「はい、錬金術師さま」
「妾だった母親は殺処分され、どうにかこうにか逃げてきた。戻ってきては殺されてしまうのでと、こちらに留学という形で受け入れさせて、こちらで怪死したことにして、それを理由にあちらはこちらに強気で交渉を開始」
「で、どう思ってる?」
うぅん‥‥‥と失速してしまう。
「野心の塊が探していたのは、レンギョウ家の長女?」
館主は怒りに顔を歪めたのだが、どうにか鎮火させてくれたようだ。
「あの子は別名を名乗っていたそうで、使用人だと明かすと、だったそうだが‥‥‥」
「ヤマブキ家のように、モクレン家を潰してくれ?」
「あー‥‥‥地方暮らしの若い子なんかだと、そう見えていることもあるようだね‥‥‥」
館主は困ったように微笑んでいて、ちらりと見ると、ディードはばつが悪そうにすいと目を逸らした。
(こういうところは、子供っぽいよな)
「野心の塊は、あの子を人質とされているのかも?」
「え‥‥‥」
ギドロイは、すっと目を瞑り、そのままぽすんと天井を仰ぐ態勢へと移行した。
「野心の塊とあの女の子がこちらの国へ。センリョウ家へ移されたあの女の子を取り戻そうと、モクレン家三男を自称して大騒ぎ。ギドロイさまが出てきてくれたことで、こちらの国とあちらの国でのやり取りが実現。モクレン家は、三男を預かってくれと依頼してきた。三男は、レンギョウ家と繋がろうと動いていたのかもしれない」
「‥‥‥今思えば、急かすような内容だとも思える手紙がモクレン家から来ていたよ‥‥‥今年はゆっくりしていて、まだ買い付けに出ていなかったから‥‥‥シアを指定してきたのも、うちに出てきてもらいたかったのかもしれないね。目的は‥‥‥?」
「モクレン家と三男はあの子を取り戻すために協力しているんだ!とやってレンギョウ家を巻き込むつもりだったのかもしれないし、レンギョウ家にすべて押し付けて、モクレン領は通り道にされてただけでーす、とするためだったのかもしれないし‥‥‥」
「モクレン家三男が生きているのか、というのは、始末されたのではないか、ということかい?」
ルツが察してくれたので、その予想も述べておこう。
「本物の三男は生きているのか。あの三男が本物だとしても処分は容易。あちらの王子だとすると、遺体で帰ってきてくれると安心できますよね?」
「運ばせようとってことかー‥‥‥」
館主はギドロイと顔を見合わせて、うへー‥‥‥となっている。
「まあ、静かにしているようだが、まだ国境が封鎖中だからね。あの女の子は手間賃だろうか?」
「そこは‥‥‥二人とも隠れ暮らさせようとしていたのに野心の塊が、ですとか、野心の塊に人質とされてこちらへ、あと‥‥‥本当に隠しておきたいのは野心の塊、といった可能性もありませんか?」
「双子というのは、センリョウ家にとって、あの子と同等以上の価値を有している存在だ、という精一杯の主張だったのかも‥‥‥?ま、次の動きは決まりましたね、殿下」
ルツに言われ、ギドロイは姿勢を正したのだが。
「‥‥‥え?」
皆の視線を集め、ギドロイは確実に追い込まれていくのだから面白い。
ギドロイは助けを求めているようだ。
くいと眼鏡を上げる仕草をしておくと、ギドロイは元気よく言った。
「オリーブ長官を呼べ!」
これでキッシュをもらえることは間違いないだろう。




