23.お祝い
「ねえ‥‥‥あれってお酒入ってる?」
「え?」
こそこそ聞いてきたリンランの示す方を見ると、余所行きお嬢さま中のファーゼがいた。
(リンランは初見なのか)
「あれもファーゼだよ」
「あれもファーゼ‥‥‥?」
リンランは怪訝そうな顔をしていたのだが、ケーキの欠片を口に入れると笑顔となるのだから可愛らしい。
今日は、試食処の開店祝いとして、内輪だけで貸し切って騒いでいる。
開店祝いとは言っているのだが、集まった皆は、見事研修生となったファーゼを祝っているようなものなので、主役であるファーゼは忙しそうだ。
「すごいよね。ただ一人の‥‥‥もう卒業したってこと?」
「次の段階へ進んだ、というものだね。最年少研修生」
「シアは?」
「私は優雅にふらふらしてるお子さま」
「ブローチつけてないの?」
「私のは、ただの通行証だよ」
「その髪と、その大きさで?」
門番の皆さんはとっくに覚えてくれているのだろうが。
「規則だからね」
「規則ね。シアが髪伸ばさないのって、自衛のため?」
「昔は頭の皮を剥いで縫い付けたー、なんてことがあったとか聞くよね。今でも、あの人は鬘だー、とか聞くけど、そういうのは、髪色は受け継いだけど優秀さは受け継がなかった人を揶揄するものだと思ってる」
「そういうものなんだね」
欠片をすべて平らげたリンランは、次の一皿を手にするべく、客の隙間を縫って歩いていく。
(‥‥‥いいな)
酒というのは、どうしてああも美味しそうなのか。
皆が美味しそうに飲むのはもちろんなのだが、あの見た目がいけない。
片っ端から一口ずつ飲みたいのだが、もちろんそんなことはさせてもらえないだろう。
「すみません、施錠します!」
騒々しく店に入ってきたリタは、急いで扉に鍵をかけようとしていたのだが。
「俺達もいる!」
扉を破る勢いで入ってきたのは、テオとルツだ。
私を見つけると、リタはこちらへと駆け寄ってきたのだが、ルツは青い顔できょろきょろしている。
「行け!」
館主が指示を出してくれると、館主の部下が数人急いで裏口から出て行った。
ルツが探しているのはノーラだろうと予想すれば、足が竦むのだから嫌になる。
◇◆◇◆◇◆◇
何事かと皆が騒めいている中で、店の扉を叩く音と女性の声が聞こえている。
「お婿さま!早くこの子を!ちょっと何よ!」
館主の部下が表に回り込んでくれたらしく、女性の声が遠のいていくと、リタの体から力が抜けた。
「‥‥‥すみません‥‥‥館主をあてにして、ここまで案内してしまいました」
「そんなこと気にしなくていい!無事でよかったよ‥‥‥怖かっただろう?」
「はい‥‥‥」
リタは、ぎゅっと私の手を握る。
母のことを知ろうとしない私は、リタを危険に晒したのだろうか。
(え‥‥‥そう?)
椅子を持ってこようと思ったのだが、この場にいた方がいいようだ。
館主は裏手に向かい、すぐに戻ってきた。
「ノーラの方には何も!」
ルツはへなへなとよろけ、テオが持ってきた椅子が間に合うと、そのままがっくりと項垂れた。
リタが私をこの場に止めたことからも、あの女性の攻撃対象は私ということだろうか。
(お婿さま‥‥‥追いかけられていたのは、ルツじゃなくてリタ‥‥‥テオも‥‥‥?)
「私は偽物?」
「違う!」
ルツを立ち上がらせてしまい、説明が足りなかったと反省したのだが、ルツが叫んだ相手はここにいないノーラのようだ。
思い詰めた様子で、また椅子に腰を下ろし、俯いたルツを見ていると、どうにも綻んでしまう。
私という存在は、二人にとって異物なのだろう。
「しっかりしろ!」
館主にぽんと頭に手を置かれ、顔を上げると、リタが悲しそうで、どうしたことかとハンカチを取り出す。
リタの目元にそっとあてると、リタはほんの一瞬微笑んでくれた。
「‥‥‥そういうことにしたいんでしょうね。宮廷を出ると、門前に止めるなと門番と揉めてる馬車がありました。馬車から降りてきたのは、女性一人です。その女性は、まずはルツさまに、本人達が望んでいるのだからいいじゃないの、一緒にうちで暮らせばいいわ、と言い、僕に、乗ってちょうだい、と言って馬車を示しましたが、馬車の扉は中から閉められ、その女性は馬車の中に向かって騒ぎ出したので、その隙にこちらへ逃げてきました」
「その女を馬車が追いかけて、ここの前まで来ている‥‥‥馬車の中には、女性と表現してもよさそうな年頃の女の子が確認できた。御者はだんまりだが、その女によるとヒイラギ家の者だそうだ」
「そうなると、ずっとヒイラギ家でルツの奥さんとして暮らしてきましたよー、この子がルツの娘ですよー、ってことかな?」
「そう予想する‥‥‥」
ふふっと笑うと、館主は、お!と明るさを取り戻した。
「ルツも一緒に来て?」
「え?ああ、行こう」
訳がわからないだろうに、ルツはすぐに立ち上がってくれた。
「頼めるかな?」
「もちろんだ!」
胸を張る館主の横では、ランセンも同じように胸を張っている。
皆の酔いを醒まさぬように、館主の奥さまが、とっておきだそうな酒を開けてくれた。
「お祝いだからね」
料理の並んだテーブルの方を示すと、リタは見たことない顔でこちらをじっと見ている。
「‥‥‥僕は、ぼんやり生きてきたことを後悔しています」
リタに涙を溜めさせてしまい、申し訳なさから綻ぶしかない。
どうすれば伝えられるのだろうか。
どうにか言葉を探してみる。
「あなたは素晴らしい。あなたが素晴らしい。あなたがあなたであることが、私は嬉しい」
リタは、ハンカチを目に押し当て、見えている口元は微かに弧を描いた。
どうか、リタの平穏がこれからも続きますように。
伝えきれない感謝を押し込め、そう願うことにしよう。




