2.浮遊霊
少年は、隣に座っている父だそうな男性に背を向けるように、私を片膝に座らせ腰を支えてくれている。
父だそうな男性を視界に入れずに済むのは有り難い、と、思っておくことができなくもないのだが。
少年は、にへっと微笑んでいて、伯父の笑いはくすぶり続けている。
「さっき拾ったんですが、ハルクさんにも浮遊霊さんが見えますか?」
「見えるねー!自分に霊感があったとは驚きだよ!」
そのわりには、私の分の茶は注いでくれないのだな、などと思っていると、少年は出された菓子を私に持たせてきたので、食べてもいいのだろう。
「食べてますね!」
「食べてるねー!」
これが最後の食事かもしれないと、現実を見つめることもできやしない。
考えることがどれだけあるのか考えないといけない、という事態なのだが。
「ルツさま、僕、浮遊霊さんを浮遊させたいので、宿舎には入りません」
「は‥‥‥?」
「だって、単身者用の宿舎に入る予定でしたから」
「そ‥‥‥え?」
父だそうな男性も、理解が追いつかない様子だ。
「それでは浮遊霊を浮遊させるのはちょっとな?所帯持ち用のが何とかならないのか?」
「え‥‥‥?」
「今すぐとなると難しいでしょうから、僕、浮遊霊さんと暮らす家を借りようと思います」
「は?!」
「いいのがあるよ!」
父だそうな男性を置いてきぼりにして、少年と伯父は、居住先について話し合っている。
安易に受け止めることはできないのだが、これも親切ということなのか。
浮遊霊、という生き方とはどういう生き方なのだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇
伯父の紹介した先は、三人暮らし用の家だった。
錬金術と呼ばれる賃貸契約に組み込む前の新築物件。
その一室を自室として与えられ、私が生前使用していたものを丸っと伯父は移してくれた。
「あの子はもういないから、ちょうどいい処分先が見つかってよかったよ」
「浮遊霊さんの大きさな家具!」
少年は、ちんまりした家具で揃えられた室内を眺めて、ふむふむと頷いている。
三人暮らしに必要なものは伯父があらかた用意してくれたのだが、その中には私が使うのにちょうどいい踏み台がいくつもあった。
キッチンや洗い場など、必要な個所へと配置し終えて自室へ戻ると、少年は部屋の真ん中にしゃがんで部屋の中を眺めている。
「この部屋、なんだかわくわくします」
そんなに気に入ったのなら、ここを少年の部屋としてくれてもいいのだが、さすがにこのベッドは少年には小さいだろう。
館主の奥さまが贈ってくれたこのベッドを、私が使えるのは長くてもあと二年ほどだろうか。
(これらの家具が使えるうちは面倒みてくれる、ってことなんだろうか‥‥‥?)
少年はひょいと私を抱え上げると、少年の自室に移動して、元通りにベッドに寝転ばせておいた。
少年の部屋は殺風景だ。
荷物はすべて家具の中に収納済み、ということだろうか。
少年は隣に俯せで寝転び、地図を開いた。
「ルツさまは、国中盥回しとなり、僕の故郷にも流されてきました。ここです」
少年の指さしたところは、海に面している都市だ。
母からは、父は名家に分類される家の落ちこぼれだと聞いていたのだが、国中盥回しとはどれだけ持て余されているのだろうか。
「ルツさまが都に戻るのについてきたんです。これからはルツさまの副官として働きますが、浮遊霊さんはどうしましょうね?」
少年に首を傾げられ、こちらも一緒に傾げてしまう。
「あ、文字読めますか?浮遊霊さんが今いるのは、王都と呼ばれる地域です。迷子になっては困るので、僕の近くしか浮遊しないように」
なんとも背きたくなる言いつけなのだが、ここは頷いておくとしよう。
自分では同年代の中ではしっかりしている方だと思っている。
しかし幼子ではあるので、周りの目というものを気にするべきだろう。
「お世話になります」
「浮遊霊さんは享年いくつなんですか?」
これは、浮遊霊呼びが定着するのだろうか。
「四つでした。身の回りのことは自分でできます。文字も街中で見かけるようなものはすべて読めます」
「おー!僕は四つの頃は何してたんでしょうね‥‥‥浮遊霊さんのように、はっきり生きてなかったことは確かです」
(どういう意味?)
どう反応したものかと思っていると、少年は起き上がり、地図を片付けた。
「僕は、リタジオード。十二です。夕飯は何にしましょうね。買い物に出ましょうか。それとも外食‥‥‥ルツさまはぽんこつなので、徐々に馴染んでいきましょう」
少年は私の手を引いて起き上がらせると、そのまま部屋を出るようだ。
(ぽんこつ‥‥‥)
母は、随分いいように語っていたのだろうか。




