14.思惑の外で
工房に入り、私の持ってきた本を手にしたのだが、ファーゼはいつものように椅子に腰かけない。
「ねえ、学術所の話、知ってる?」
「知ってる。まず一期生を確定させて、それから建物を準備することになった。おじさん、仕事が増えるって?」
「そうね‥‥‥後進育成だとか、医療を行き届かせるって観点から見れば歓迎すべきだけど、現場としては、って」
「そこは、研修ってことで雑用をこなさせてくれると、医療に携わって生きていく気概のある人材だけ残ってくれそうだな、と私は思ってる」
「便利に使うかどうかは現場次第‥‥‥怠惰な商売人が錬金術を展開しようとしているのでは、誰も止められないわね」
「あ、そんなに反対してる?」
「ううん、そうじゃなくて‥‥‥私には、父さんは、今いる人員をどう使うかというところで悩んでるだけ‥‥‥では‥‥‥ないようにも‥‥‥」
なんとも歯切れの悪い。
これは、ファーゼをどのような人材と捉えられているのかが気になっているのだろうか。
「現場で学生をどのように扱うかによって、医局近くに学生の寮を、となるだろうし、受け入れる人数や、質なんかも現場の意見を最優先、という方針らしい。今現在の医局が滞ることは避けたいんだけど、新しいことを始めるからには負担を強いてしまうことにはなる。指揮を執っているギドロイさまは、医局の人員との話し合いを綿密に、と思っているんだけど、そこでも負担を強いていることにはなるよな‥‥‥と悩んでいるみたいだね」
ファーゼは、すっきりしない顔でのろのろと椅子に向かっていく。
「みーんなが満足、なんて無理よ‥‥‥」
「どこが気になってる?」
「え?!‥‥‥どうして急に、ってことかな‥‥‥」
ファーゼは、そろーっと椅子に腰を下ろしていく。
「ファーゼへの贈り物だったりしてね」
「はあ?!ははっ!無い!それは無いわよ!」
ぴしっと直立したファーゼは、落としそうになって受け止めた本を開きながら椅子に腰かけた。
「まずは国内の希望者だけを対象に試験を行う予定なんだけど、どんな思惑だったとしても受ける?」
「受ける!」
ファーゼは、やる気を漲らせて本に視線を落とす。
真っ直ぐ前へと進んでいくファーゼは、可能性というものに満ちている。
◇◆◇◆◇◆◇
「嫌です」
「どうして?」
「僕の助手なんですよ?」
「リンランを後任に推薦したい」
「僕の助手は、シアしかなれないんです」
館主が出発できないのなら、私が買い付けというものをやってみたい、と思ったのだが。
(ま、代わりとはいかないだろうしな)
単なる旅行で終わるような気もしているので、やめておこう。
「‥‥‥学術所の試験、受けたいんですか?」
「え?ああ、それは思ってないよ」
リタは、私の読んでいる本のページの隅をつまむと、ぱらぱらぱらと捲っていく。
「単なる読書ですか?」
「そうだね。妹さんは受けるの?」
「さあ?どうなんでしょうね?僕は、ぼんぼんぼんくらお坊ちゃんなので、実家の思惑というものを知らないんです」
(それ、気に入ってるの?)
リタは自分の立場を好ましく思っているようではあるのだが、よくわからない。
「テオって、もしかしてナツメ家所属?」
「そうですが‥‥‥どうしてです?」
「いや、リタがキリ家で、げっしー、ならナツメ家なのかな、って」
「答え合わせですか?」
「そうだね」
「ふーん‥‥‥」
リタは何やら不満そうだ。
本を閉じてリュックに戻すと、リタは起き上がって灯りを消してくれた。
「あ、もうすっかり春だし、私ここで寝るよ」
「えー‥‥‥では、僕もここで寝ます」
「はみ出すんじゃない?」
リタは私のベッドに横になると、膝を曲げて、はみ出す部分もベッドの上に収めたのだが、それでは私はどこに収まるというのか。
「シア‥‥‥僕は意外と繊細な生き物でした‥‥‥」
(何の話?)
「そっか」
「僕は、すやすや眠っていない、ということでしょうか?」
「あ、いや、そういうことではないよ。これから夏になっていくからだね」
「僕から湯たんぽを取り上げるんですか?」
リタは、湯たんぽを守ろうするかのように抱えてきた。
「いや‥‥‥うん‥‥‥まあ、そう」
「繊細な生き物には、年中湯たんぽが必要なんです」
「キリ領って夏も涼しいの?都の夏は暑いよ?」
私を膝に座らせているリタは、ぬーんとなっているような気がするのだが、確認するのはやめておこう。
リタはこてんと私の肩に頭をのせてきた。
「‥‥‥僕はルツさまの気持ちが、ほんの少しわかったかもしれません」
「ふーん‥‥‥?」
「ということで、僕の部屋のベッドを拡張しましょう。もう一つ置けます」
「そっか」
「ので、現僕の部屋を僕とシアの寝室にしたいです」
「書棚や机はここに移すってこと?」
「あー‥‥‥それは不便かもしれ、あ、ここを寝室にしましょうか?」
小さな家具ならば、ベッドを二つ置いたとしても、部屋の中に十分に通り道を残しておけるだろう。
「いいね」
「シアも、あっちの家具も使ってください」
「そうするよ」
ここの本棚は、とっくにいっぱいになっているので有り難い。
リタは、私を抱えたまま立ち上がって部屋を出た。
いつものように、リタの湯たんぽとして布団に入ると、すぐに眠気がやってくるのだから、湯たんぽ生活は私に合っているのかもしれない。




