13.別案
「僕の浮遊霊さんが本体に戻りました!」
テオは、ぱちぱちと瞬きをしながら、どう反応しようかと考えているようだ。
「おー、そうかー、よかったなー」
「はい!」
「おまえは、僕の、って言ってる時点で束縛野郎なんだと自覚しないのか?」
「え?でも、僕のなんで、そこは違いますよね?」
気分を害されたかのような口調でリタに言われ、テオは自分を納得させようとしているかのように頷いている。
「ぼんぼんぼんくらお坊ちゃんは、ハザンさんの胃に穴を開けるつもりなのか?」
「え?どうしてですか?」
「王太子相手に、僕の、ってやったんだろ?」
「そこははっきりさせておかないと!ぼんぼんぼんくらお坊ちゃんが対抗できると思います?」
「自分で言うなよ‥‥‥」
(聞きたくなかったな‥‥‥)
何故かルツも遠い目となっているのは、同じ気持ちだからだろうか。
◇◆◇◆◇◆◇
(あれー‥‥‥?こっち?)
私のリュックを肩にかけているディードは、私を視界に入れると、ぶふっと笑ってしまうので、私を視界に入れないようにしてくれているというのに、王太后は真正面から半笑いでこちらを見ている。
「おまえ、本体に戻ったそうだな?」
「‥‥‥そうみたいです」
「学院、いい案だ」
「ありがとうございます!」
「だが、あまりギドロイを甘やかすな」
「‥‥‥申し訳ございません」
王太后は、小さく溜め息をついて、肘掛けに頬杖をつく。
「留学などと、ふわっとした名目で丸め込まれてきたのはあいつだ‥‥‥」
(そこは‥‥‥確かにね)
「モクレン家の言いなりもいいところ‥‥‥」
(そこも‥‥‥確かにね)
「あげく、とんずらされたまま何も‥‥‥」
王太后が支えるのは、頬ではなく額となってしまった。
「学院はいい案だ。だが、わかるな?」
どうぞ来てください、と環境を整えてしまっては、ギドロイの面目というものが、ということだろう。
商機を逃した喪失感をどうしたものか。
「あの‥‥‥研修先は医局のみ、という学術所はいかがでしょう?」
王太后は、すっとカップを手にして、こくり、こくりと飲んでいく。
「国内に散ることを前提に学ばせることが可能‥‥‥医薬を学ぶ覚悟があるのならば、入所試験を受ける機会を与える‥‥‥」
王太后は、鷹揚に微笑みカップを置いた。
「できるな?」
「‥‥‥仰せのままに」
◇◆◇◆◇◆◇
(で、こっちか‥‥‥)
ディードがリュックを返してくれないな、とは思っていたが、その足で向かってどうにかできると思っているのだろうか。
わかりやすく落ち込むギドロイは、不憫になるほどに暗雲を纏っている。
「学院‥‥‥だめだって‥‥‥」
「‥‥‥ギドロイさまは、色々見てみたいなー、とか思わないんですか?」
「おまえは俺も入学させるつもりだったのか?!」
ギドロイの涙目は見慣れているので、面白がることさえできてしまうのだが、面白がってばかりはいられない。
王太后の指示なのだから、どうにでもして何とかしなくてはならない。
「そうではなく、人となりですとか、そういうのはある程度関わってみないとわかりませんよね?政治的に最適な人材であれば、夫婦としての内情というのは、というお考えなんですか?」
「あー‥‥‥そういうのか‥‥‥おまえは老婆だからわかるだろ?」
「それは‥‥‥政治的に最適な人材というのは、個人としても優れている方となるので、自ずと夫婦としてもそれなりにやっていけるはずだ、ということでしょうか?」
「そうだ!」
「‥‥‥では、ギドロイさまの意見は」
「あー!待て!そういうことか‥‥‥でもな‥‥‥おまえは老婆だからわからんだろうが、色恋というのは判断を鈍らせ」
突然ぶはー!と笑い出したギドロイは、こちらを指さし、腹を抱えて笑っている。
「おまえのところの副官!あれは、どうかしているぞ!俺が、こんなお子さま老婆!」
げはげは笑う姿は、とても王太子とは思えない。
ちらりと見ると、ディードは肩を揺らしながら笑いを押し込めようとしているようだ。
リタが何をしてくれたのか、断じて知りたくない。
「‥‥‥では、やはりギドロイさまの意見は」
「まあ、待て待て!お子さま老婆にもわかるだろう?とても実現できないような相手をうっかり好いてしまった場合、なんてものを考慮するなら、な?」
「候補者の中から選びたいってことですか?」
「たい、というか‥‥‥そういうことになるだろ?」
これは、ファーゼが候補者に入ると思っていることからくる余裕なのだろうか。
「では、夜会を開きましょう」
「うぉーい?!」
「何か?」
「今か?」
「今です」
「俺、まだ、十一なんだ‥‥‥早くないか?」
「しかし、留学希望者がすでに二名となれば、年頃になると‥‥‥?」
「だから学院を‥‥‥!」
「そこで、研修先が医局のみ!という学術所を設けるのはいかがでしょうか?留学希望者には入所試験を受けさせて、あげる、という形を取ることで、俺さまにお近付きになりたければ上ってこいよ形式となり、医薬を修めた暁には、戻って活躍してくださいね、と送り出すことも可能!もちろん、入所試験はそれ相応の難易度となりますので‥‥‥?」
「俺がやろう!」
「ぜひともレンギョウ商会をお使いください!」
「考えておく」
(あ‥‥‥)
ギドロイはさっさと応接間を出て行ってしまった。
「さすが、魔女さま」
(魔女さまね‥‥‥)
ディードがリュックを背負わせてくれたので、館主に報告に行くとしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
「医局のみ?!‥‥‥無理だ‥‥‥」
希望を抱かせておいてから蹴落とすこととなり、大変申し訳ない。
館主に暗雲を纏わせてしまい、館主の秘書と一緒に溜め息をついてしまう。
「あの子は典型的なお嬢さまなんだ‥‥‥うちの奥さんに似て器量はいい!礼儀作法もばっちりだ!だが、お勉強となると‥‥‥あー!どうして男というのはなんてことを!」
男性の自尊心というのは複雑な構造をしているらしいので、学術方面で賢い女性は敬遠されることもあるというのは、確かに事実だろう。
そしてまた、男親の娘を思う心というのも複雑な構造をしているらしく、館主はリンランのことを思うが故に、リンランに学ばせる内容を限定してきた。
「一期生とはなれないかもしれないけど、リンランのやる気次第、ということも‥‥‥」
「そこは、そうなんだけど、あの子は‥‥‥受け取ってくれるだろうか、というのがね‥‥‥」
皆で溜め息をついてしまう。
「家庭教師となると、なんだけど‥‥‥専門書の詰まった本棚を置いておくことはできるけど、それを読むかどうかは、というのは‥‥‥」
「そうだね!そうだよね!親にできることなんてのは、環境を整えてやることぐらいなんだ。できることをやってみるよ。まずは寮を採用してもらわないとな‥‥‥」
館主が顔を上げてくれたので、館主の秘書も、ほっとしているのだが。
(医薬か‥‥‥リンランはどうなんだろうな)
館主が買い付けに出ることができるのは、まだ先となりそうだ。




