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シアの国  作者: 薄荷堂
左の国
10/106

10.商館

「こんにちはー」


商館の事務所を訪ねて声をかけると、奥から出てきてくれたのは祖母だった。


「おまえか。細々やってないで、ばーんと売れないのか?」


「宮廷を出ればすぐ、商店街だからね。食堂もあるし、宮廷内に存在する店に需要がね‥‥‥」


ふん、と祖母は不満そうだ。


「宝石飴、売れてるよ」


「宮廷内でも、店に並んでるとすぐに売れてるね」


「リタが話を通してくれたんだろ?」


「助かるよねー」


実際にはルツが動いてくれたそうなのだが、祖母の前でルツの名は出さない方がいい。


祖母は鞄や籠に商品を詰めていく。


「‥‥‥リンランのこと、聞いたか?」


リンランを店には出さずに裏方の仕事をさせているのだろうと予想しつつ、ここまでこそこそ入ってきた。


こうして話題に出すということは、事務所にはいないのだろう。


「使用人として、ってのは聞いた」


「自宅でもらしい‥‥‥」


「それは‥‥‥えっと、他人として、ってこと?」


「あそこは住み込みの連中がいるだろう?食事なんかも、家族とではなくそいつらと一緒に、とな‥‥‥ミレットだそうだ‥‥‥」


「‥‥‥恋のため?」


祖母は、すうっと目尻から頬へと指をすべらせた。


リンランの失恋は確定ということだろう。


「見上げた根性、と言うこともできるが‥‥‥周りは参っている‥‥‥」


決別というものを告げたからには、ということなのかもしれないが。


「おまえはいつまで浮遊霊をやるつもりなんだ?」


(いつまで‥‥‥)


この先なんてものを思えば、すぐさま視界が歪んでしまう。


生きていくのは疲れることだ。






◇◆◇◆◇◆◇






大荷物で商館の裏手に回ると、リンランが休憩中だった。


「お!元気?」


いつも通りなリンランにほっとして、荷物を下ろし、リンランの隣に腰掛けた。


「宝石飴、いいね!」


どうにも言葉が出てこないばかりか、笑い返すことも難しい。


「‥‥‥ミレット?」


泣かせたくはないのだが、リンランの目には涙が満ちていく。


「だって、もう決めたんだもの‥‥‥やっぱり家族でいる、なんてできないよ」


リンランの涙声は胸に響くので困りものだ。


「奥さまが泣いてても、私を責めるために泣いてるんだ、って思うんだよ‥‥‥悲しんでる、って思えない‥‥‥もう別々なんだよ」


「‥‥‥そっか」


「そんなのもう一緒にいない方がいいでしょ?どこか住み込みで働けるところがあるといいんだけど、この辺りではそんなの無理だし‥‥‥ここもだめだって‥‥‥」


「別に暮らすなら、リンランでいられるの?」


「自分は浮遊霊なのに‥‥‥」


じとっとした目で見られ、目を逸らしたくなってしまう。


「そうなんだけど‥‥‥同じ名の人っているでしょ?」


「そんな風に言われると、こだわってることが馬鹿みたいじゃない!」


「‥‥‥そう思えるのなら、リンランの中での気持ちの置き所で区別したら?」


「老婆はこれだから!こっちはお子さまを生きてるの!」


リンランにも老婆認定されているとは。


「‥‥‥これから先に好きになる相手が上流階級だと、レンギョウ商会のご長子さまというのは大いに役立つよね?」


「卑怯者!」


「持っていられる武器を磨くのも、一つの生き方でしょ?」


「‥‥‥私に生まれ以外の何があるの?」


「そこをこれから磨くんだよ」


「錬金術師さまにはわかんないんだよ!」


リンランは立ち上がり、何か言いたそうにしていたのだが、何も言わずに行ってしまった。


(あーあ‥‥‥いい天気)


ごろんと横になると、洗濯物がはためいていて、日常というものの圧迫感を感じてしまう。


「はーああっと!」


隣にするんと寝転がってきたメイシャンは、私の額を一撫でして微笑んだ。


「すっかり春ね」


「そうだね」


「あの子がああでは、館主は出発できないわ‥‥‥」


「あー‥‥‥私が行こうかな」


メイシャンはどこか寂しそうにしていたのだが、ぎゅっと目を瞑り、目を開けばまた微笑んでいる。


「お子さまは、暗くなる前には帰宅しないとでしょ?」


メイシャンは私の手を取ると、ぐいと引っ張って起こしてくれた。


納品に向かわなければ。

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