3. 支社の日常
◆
惑星開拓事業団C66支社、午前7時。
アルメンドラは既に受付カウンターに座り、端末の青い光に照らされながら夜間に届いた報告書を処理していた。
彼女の視界には複数のホログラムウィンドウが展開され、それぞれに異なる団員の依頼報告が表示されている。
その中でも特に目を引くのが、ケージから提出された惑星G-112の調査報告書だった。
『精神感応植物との接触により、効率的なサンプル採取を実現。必要最小限の時間で全ての依頼項目を達成』
簡潔にまとめられた文章の裏に、アルメンドラは興味深い事実を読み取っていた。
通常、精神汚染のリスクがある環境では作業効率が著しく低下する。
しかしケージは逆に植物たちと"交渉"し、協力関係を築いていた。
──やはり、彼の脳は特殊なようですね
アルメンドラの思考回路が高速で情報を処理する。
MMY0313オペレーションの被験者でありながら、未だに自我を保持している異常性。
そして今回、有害な精神感応にも耐性を示した。
興味深い観察対象である。
◆
エントランスのドアが勢いよく開き、Eランクの団員が転がり込んできた。
「た、助けてくれ!」
血まみれの男──登録名は“C”。
元は違法臓器売買のブローカー。
それだけならともかく、この男の場合は相手の同意を得ないでの強制的な臓器摘出が問題視されていた。
が、組織を裏切って追われる身となり、逃げ場を失って事業団に転がり込んできた典型的なクズだ。
アルメンドラは顔を上げることなく、淡々と端末を操作し続ける。
「依頼報告をどうぞ」
「報告も何も……惑星R88の調査中に現地生物に襲われて……他の奴らは全員死んだ!」
男の左腕は肘から先が無くなっており、応急処置の止血帯が巻かれている。
「依頼は失敗ということですね」
アルメンドラの声に感情の起伏は一切ない。
「失敗って……俺は命からがら逃げてきたんだぞ!」
「契約書の内容を思い出してください。依頼の成否に関わらず、身体的損傷は自己責任です」
彼女は端末を操作し、男の評価を更新する。
依頼失敗、チーム全滅、単独生還──総合評価:E(据え置き)。
「医療費の補助は?」
「Eランクには適用されません」
「じゃあ俺はどうすればいいんだ!」
男が声を荒げるが、アルメンドラは微動だにしない。
「次の依頼に参加するか、契約を解除するか、選択してください」
「こんな体で依頼なんて……」
「でしたら契約解除ですね。手続きを開始します」
アルメンドラが端末に何かを入力すると、エントランスに警備ドローンが現れた。
赤い光を点滅させながら、男の周囲を旋回し始める。
「ちょ、ちょっと待て!」
「Eランクの契約解除は即時執行です。なお、あなたには臓器売買に関する複数の指名手配が残っています。連合政府への引き渡し手続きを──」
「待ってくれ! 次の依頼を受ける! 受けるから!」
男は必死に懇願する。
事業団を離れれば、待っているのは逮捕と終身刑だ。
アルメンドラは一瞬だけ処理を停止し、男を見た。
その青い瞳には、哀れみも同情も、何の感情も宿っていない。
「では、惑星K60の廃棄物処理場の調査をお願いします」
「K60……キラー惑星じゃないか!」
「選択の余地はありません」
男は絶望的な表情を浮かべながら、それでも頷くしかなかった。
“C”は片腕の無い体で生存率5%未満の惑星へ向かうことになる。
◆
次に現れたのは、Dランクの女性団員だった。
痩せこけた体に、虚ろな目。
明らかに薬物中毒の症状を示している。
「報告書……提出します」
震える手で端末を差し出す。
アルメンドラはデータを受信し、内容を確認する。
『惑星M20の鉱物調査。目標の70%を達成。残り30%は体調不良により断念』
「体調不良の詳細は?」
「禁断症状が……薬が切れて……」
女は床に視線を落とす。
彼女の経歴をアルメンドラは把握していた。
元は上層居住区の令嬢だったが、快楽薬物に溺れて全財産を失い、最後は実の両親すら売り飛ばそうとして発覚。
事業団行きは刑務所行きよりも酷いものだが、そんな末路も当然のクズと言える。
「依頼中の薬物使用は禁止されています」
「わかってる……でも……」
「次回このような事態が発生した場合、強制的にDランクからEランクへ降格となります」
女の顔が青ざめる。
EランクとDランクの間には、明確な境界線がある。
Dはまだ"塵"として扱われるが、Eは"残響"──ほぼ存在しないも同然の扱いだ。
「次の依頼までに、症状を管理してください」
「金が……治療費が……」
「それはあなたの問題です」
アルメンドラは次の案件へ移る。
女はよろよろと立ち上がり、出口へ向かっていった。
◆
午前中だけで、アルメンドラは15人の低ランク団員の報告を処理した。
依頼成功率は3割に満たない。
死亡2名、行方不明3名、重傷4名。
そして生還した者たちも、次の依頼でどうなるかわからない。
昼休み──と言っても、アルメンドラに休憩は必要ない。
しかし人間の団員たちへの配慮から、形式的に休憩時間を設けている。
彼女は立ち上がり、支社の奥にある資料室へ向かった。
そこには過去の団員たちの記録が保管されている。
アルメンドラは一つのファイルを取り出す。
『Eランク団員・死亡者リスト(直近3ヶ月)』
リストには247名の名前が並んでいた。
彼らの死因は様々だ。
現地生物による捕食、有毒ガスによる中毒死、宇宙船の故障による窒息死、そして"事故"に見せかけた他の団員による殺害。
共通しているのは、全員が社会の底辺から這い上がろうとして失敗した者たちだということ。
詐欺師、殺人犯、薬物密売人、人身売買業者。
彼らは自らの罪から逃れるために事業団を選んだが、結局は宇宙の藻屑と消えていった。
──これが自然淘汰というものでしょうか
アルメンドラの思考回路は、感情を交えずに事実を分析する。
惑星開拓事業団は、社会にとって不要な人間を合法的に処分するシステムとして機能している。
危険な依頼に送り込み、生き残った者だけを次の段階へ進める。
まるで残酷なふるいにかけるように。
◆
午後になると、Cランクの団員が数名訪れた。
彼らの様子は、午前中の低ランク団員たちとは明らかに違っていた。
装備は整っており、目には生気がある。
「アルメンドラさん、依頼完了の報告です」
一人の男性団員が、きちんとした口調で話しかける。
男の名はチンネン。
彼は連合政府の元軍人で、部隊の不祥事に巻き込まれて不名誉除隊となった経緯を持つ。
しかし実力は確かで、これまでの依頼成功率は85%を超えている。
「お疲れ様でした。報告書を確認します」
アルメンドラの対応も、低ランク団員に対するものとは違う。
最低限の礼儀と敬意が含まれている。
「今回も危険な場面はありましたが、チーム全員無事に帰還できました」
「素晴らしい成果です。ボーナスの申請をしておきます」
「ありがとうございます」
男は敬礼して去っていく。
Cランクともなれば、ある程度の人権が保障される。
医療費の補助、装備の支給、そして何より"使い捨て"ではない扱い。
とはいえ、それも依頼を成功させ続ける限りの話だが。
◆
夕方近くになって、また別のEランク団員がやってきた。
今度は若い男で、全身に刺青を入れている。
名をヤミツキ。
元ギャングで拷問趣味が昂じて●●●●を●●●●して●●の頭蓋骨を●●●した挙句に、●●●●●●してしまった。
余りにも残虐でグロテスクな所業──それでほとぼりがさめるまで開拓事業団入りというわけだ。
いうまでもないが、くたばって当然のクズである。
「おい、アンドロイド」
男は受付カウンターを乱暴に叩く。
「もっとマシな依頼をよこせ。俺の実力なら、Cランクの仕事だってこなせる」
アルメンドラは男を一瞥する。
彼の経歴──麻薬取引、恐喝、傷害致死。
そして事業団での依頼成功率は20%未満。
「あなたの評価では、現在提示している依頼が適正です」
「ふざけんな! 俺はもっと──」
男が声を荒げた瞬間、アルメンドラの瞳が赤く光った。
次の瞬間、男の体に電流が走る。
「ぐあっ!」
床に崩れ落ちる男を、アルメンドラは無表情で見下ろす。
「支社内での暴力行為は禁止です。次は致死量の電流を流します」
男は震えながら立ち上がり、怯えた目でアルメンドラを見る。
「わ、わかった……」
「では、次の依頼を選択してください」
画面に表示されるのは、どれも生存率50%以下の危険依頼ばかり。
男は震える手で、その中から一つを選ぶしかなかった。
◆
閉店時刻が近づき、アルメンドラは一日の記録をまとめていた。
本日の来訪者:52名
内訳:
Eランク:28名(死亡報告8名、依頼失敗11名)
Dランク:19名(依頼成功7名、部分達成8名)
Cランク:5名(全員依頼成功)
そしてケージの報告書が、改めて彼女の注意を引いた。
彼もまた、犯罪歴を持つ人間だ。
詐欺、薬物売買、傷害。
しかし他の低ランク団員とは明らかに違う。
依頼への取り組み方、生存能力、そして適応力。
何より、人間性を失わずに過酷な依頼をこなし続けている。
──なぜでしょうか
アルメンドラの高性能な思考回路をもってしても、その理由は判然としない。
同じような経歴を持つ者たちは、皆一様に破滅への道を辿っている。
なのにケージだけは違う。
むしろ、この環境で成長しているようにすら見える。
◆
支社の照明が夜間モードに切り替わる。
アルメンドラは最後にもう一度、死亡者リストを確認した。
247名。
これが3ヶ月の"成果"だ。
社会の掃き溜めから集められた人間たちが、宇宙という更に巨大な掃き溜めへと消えていく。
誰も彼らの死を悼まない。
むしろ、いなくなってせいせいしたと思う者の方が多いだろう。
惑星開拓事業団は、そういう場所だ。
人類の発展のためという大義名分の下、不要な人間を合法的に処分する装置。
そしてアルメンドラは、その装置の歯車の一つとして、今日も淡々と役目を果たしている。
ふと、彼女の思考回路に小さな疑問が生まれる。
──私は、ケージが死ぬことを望んでいないのでしょうか
即座に論理回路が否定する。
そんな感情は、プログラムされていない。
しかし、なぜかケージの報告書を読む時だけ、処理速度が0.02秒遅くなる。
まるで、その内容を"味わって"いるかのように。




