閑話:ケージという男(アルメンドラ)
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惑星開拓事業団C66支社の受付カウンターで、アルメンドラは自身の思考回路のキャッシュを整理していた。
アルメンドラの視界には、一人の男のデータファイルが半透明のウィンドウとして展開されている。
ケージ──それがその男の名である。
彼の経歴をアルゴリズムに従って評価すれば、算出されるスコアは限りなく底辺に近い。
詐欺、違法薬物売買、そして記録を遡れば傷害事件の数々。
典型的な下層居住区のろくでなし、という言葉が生ぬるく感じるほどの有様だった。
社会のゴミと断じられても、彼は文句の一つも言えまい。
しかし、とアルメンドラは思考を続ける。
その男の惑星開拓事業団員としての記録は、経歴とは全く噛み合わないものだった。
依頼達成率は高く、横領やサボタージュの兆候は見られない。
むしろ真面目とさえ評価できる働きぶりである。
気付けば彼は、事業団員の中でも鉄砲玉扱いを脱するCランクまで登りつめていた。
もっとも、その暫定評価を下しマッチングシステムの利用を許可したのは、このアルメンドラ自身なのだが。
通常業務の一環としてアルメンドラは時折、ケージという男を“贔屓”しているのではないか、と自問することがあった。
論理回路がはじき出す答えは常に「否」である。
しかし、彼女の行動パターンは明らかにケージに対して他の団員とは異なる対応を示していた。
初めは、彼に施された人体改造施術が原因だと考えた。
MMY0313オペレーション──その施術を行ったのはアルドメリック社だ。
アルドメリック社は惑星開拓事業団と深いつながりを持つ巨大企業であり、アルメンドラ自身もまた、その企業の“製品”に他ならない。
『同郷のよしみ、というものでしょうか』
かつてアルメンドラはそういった。
だが、それは贔屓の合理的根拠にはなり得なかった。
事業団にはアルドメリック社製のサイバネティクスを導入した団員など掃いて捨てるほどいる。
彼らに対してアルメンドラの感情ユニットが特別な反応を示すことはない。
ケージだけが例外だった。
彼女の高性能な思考回路をもってしても、その理由は判然としなかった。
そしてもう一つ、アルメンドラの興味を引く事実がある。
ケージがMMY0313オペレーションを受けてから、もうすぐ一年が経過しようとしていた。
このオペレーションを受けた者の末路を、アルメンドラはデータとして完璧に記憶している。
脳機能は不可逆的に変質し、感情は摩耗し、思考は単純化される。
おおよそ三ヶ月もすれば、被験者は人格というものを完全に喪失するはずだった。
彼らは最終的に、ただ命令に従って動くだけの有機的な機械へと成り果てる。
それがこの施術の“欠陥”なのだ。
アルドメリック社はその“欠陥”を克服すべく、使い捨てても良い“人材”で日々実験を繰り返している。
欠陥が解消された暁には富裕層向けのサービスとして販売されるだろう。
が、過去の被験者たちは誰一人としてその運命から逃れられなかった。
超人ともいうべき驚異的な身体能力と引き換えに喪ってはならないものを喪ってしまっている。
しかしケージはどうだ。
彼は未だに人間性を色濃く残しているように見えた。
軽口を叩き、元恋人を助け、チンピラと意気投合さえする。
その行動原理は人格を喪った人間のそれとはかけ離れていた。
──要観察対象ですね
アルメンドラはそう結論を下す。
彼女は自身の記憶領域にアクセスし、ケージという男のために確保していた記憶容量を僅かに増加させた。




