50. 汚船掃除
◆
清掃指定日、君は第3宇宙港の係留ドックへ向かっていた。
ミラはなぜか転がりながら移動している。
「なんで飛ばないんだよ」
『先日インストールしたアプリケーションで、回転運動によるエネルギーチャージが出来るようになりました。現在はその機能の試運転中です』
「そうなの? ふーん……」
最安値のガイドボットのくせに妙に自律行動を取るミラに、君はちょっと疑念の目を向ける──
が。
──まあ別にどうでもいいか
清掃作業。
実に地味な仕事だが、白鯨に追いかけられるよりはマシだろう。
係留ドックに着くと、ガラの悪そうな若造が壁に寄りかかっていた。
髪は蛍光グリーンに染められ、ツンツンに逆立っている。
まるで放射能を浴びた雑草みたいだ──などと君は失礼な事を思った。
両耳には光るピアスが合計6個。
銀色のタンクトップから露出した両腕には、ホログラムタトゥーがうねうねと動いていた。
ドラゴンが火を吹いたり、裸の女が踊ったりと実に品がない。
まあ品の悪さでは君も似たようなものなのだが。
「おっせーぞ、おっさん!」
腕時計を見る。約束の5分前だ。
「早く来すぎたんじゃないの?」
「あぁ? ナメてんのか」
BBモチダと名乗った若造は君を睨みつける。
「つーかよ、なんでこんなショボい仕事なんだよ。俺の実力ならもっとビッグな仕事が」
「じゃあ断れば?」
「金がねえんだよ!」
──なんだ、同類か
そんな事を思う君である。
◆
ハッチを開けた瞬間、強烈な悪臭が鼻を殴りつけた。
「ゲロォォォ! なんだこりゃあ!」
モチダが大げさに悶絶する。
確かに凄まじい。
腐敗臭とカビと、そして謎の化学臭。
船内は予想通りというか予想以上のゴミ屋敷だった。
床一面に散乱する食べかけの宇宙食、飲みかけのドリンク缶、そして──
「バナナの皮? なんでこんなに大量に?」
『ヘブンズバナナですね。皮には幻覚作用があります』
「あー、なるほど。ヤク中か」
君は納得しながらマスクを装着する。
「おい、これヤベーだろ! やべーって!マジで!!」
モチダが大袈裟に騒ぐ。
「大丈夫だって。大丈夫大丈夫」
君は大丈夫を繰り返す。
意図的な声かけだ。
うるさいヤツには大丈夫を連呼すればいい──豊富な女性経験が活きている。
まあそれで静かになった事のある女は一人もいなかったのだが。
◆
作業を始めて30分。モチダの愚痴が止まらない。
「クソが! 俺はこんな仕事するために事業団に入ったんじゃねえ! もっとこう、ビシッとレーザー撃って、ドカンと爆発して──」
君は聞き流しながら、床に落ちていた古い電子機器を物色していた。
「お、これは売れそうだ」
「おい聞いてんのかよ!」
「聞いてる聞いてる。ビシッとドカンだろ?」
「テキトーに返事すんな!」
モチダが君に詰め寄ってくる。
「なあおっさん、ムカつくんだよ。そのヘラヘラした態度がよぉ」
君は振り返る。
「ヘラヘラはしてないけどな。これでも真面目に──」
言いかけた時、モチダが急に顔色を変えた。
「う゛っ」
そのまま膝から崩れ落ちる。
「おいおい、演技にしちゃリアルすぎるぞ」
だが、モチダの顔は本当に真っ青だった。額に脂汗がびっしり。
「ミラ! こいつどうした!?」
『スキャン中……あ、これはマズいですね』
「マズいって何が」
『この区画、放射線レベルが通常の5000倍です。ゼノニウム鉱石の欠片が転がってますね。……ああ、容器からこぼれてしまったせいのようです』
見ると、奥の方で薄緑色に光る何かが転がっていた。
「なんでそんなもんが個人の船に!?」
『コレクターかもしれません。光るから綺麗だと思って収集し、被曝して死ぬ者が毎年そこそこいます』
「アホか!」
君は慌てて支社に連絡を入れた。
「緊急だ! 相棒が放射線でぶっ倒れた!」
『確認しました。BBモチダですね』
「そう! 早く医療班を!」
『不要です』
「は?」
『彼には第三世代放射線中和ナノマシンが投与されています。問題ありません』
「問題ないって、死にそうな顔してるんだけど」
『一時的な症状です。作業を続けてください』
プツッ。
「切りやがった……」
君は呆れながらモチダを見下ろす。
「おい、ナノマシン入ってるから大丈夫だってよ」
「まじ……かよ……」
モチダは壁にもたれながら苦笑いを浮かべた。
「前の仕事で……実験的に入れられて……」
「人体実験仲間か」
「笑えねえ……」
◆
が、15分後──モチダは復活していた。
「いやー、マジで死ぬかと思った」
すっかり元気になった彼は、さっきまでの態度はどこへやら。
「おっさん、ありがとね」
「別に何もしてないけど」
「いや、でもよ……あれだ、なんつーか」
モチダは頭をガシガシ掻く。
君は放射性物質を専用容器に詰めながら言う。
「ところでさ」
「ん?」
「これ、売れるかな?」
君の言葉にモチダの目が輝いた。
「は? 売るって……放射性物質を?」
「だって持ち帰り自由だろ? マニアとかいそうじゃん」
「お前、頭おかしいだろ!」
そう言いながらも、モチダは興味深そうだ。
「でも……いくらくらいになるかな?」
それから二人の作業は俄然やる気に満ちたものになった。
「おっさん! これ見ろよ!」
モチダが掲げたのは、ドクドクと脈打つ肉塊。
『生体コンピュータの残骸ですね』
「うわキモ! でも売れる?」
『正規のルートでは売れませんが、アンダーグラウンドでなら買い手はつくかもしれません。食用として使い道があります』
「よっしゃ!」
ゴミ掃除は宝探しに変わっていた。
虹色のメモリークリスタル、大量のハッピーキャンディ(違法薬物)、謎の触手植物。
「これ全部売ったら」
「ウハウハだな!」
二人はハイタッチを交わす。
船の最奥部は特に酷かった。
天井まで積み上がったゴミの山。
「なんか動いてる!」
緑の触手がニョロニョロと。
『宇宙ツタです。アースタイプへの脅威度は弱。子供などは近寄れば絞め殺される恐れがあります。はぎとると暴れるので除草剤での──』
「待て待て」
君は制止する。
「これも売れるんじゃね?」
「マジかよ!」
『はい。これも食用として買い手はつくでしょう』
結局、ツタも丁寧に採取することになった。
◆
8時間後、船はピカピカになっていた。
そして君たちの戦利品の山も相当なものに。
「いやー、掃除最高!」
宇宙港の安酒場でモチダは上機嫌だった。
「最初は最悪だと思ったけどよ、おっさんと組んで正解だったわ」
「そりゃどうも」
君も缶ビールを飲む……まあ一瞬で分解されるのだが。
「でもあの放射線はビビったな。俺の短い人生が走馬灯のように」
「まだ若いだろ」
「でもよ、ナノマシンなかったらマジでヤバかったよな」
「人体実験も役に立つ時があるってことだ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「なあ、また組もうぜ」
「ああ、次はもっとヤバい船がいいな」
「金目のゴミがたくさんある奴な!」
そしてカンパイ。
◆
帰り道、ミラが聞いてきた。
『放射性物質、本当に売るんですか?』
「冗談に決まってるだろ。普通に処分場行きだよ」
『でも他のは?』
「それは売る。せっかくの役得だしな」
君は鼻歌を歌いながら歩く。
『モチダさん、最初と印象が変わりましたね』
「金の話したら急に仲良くなっちゃってさ。現金な奴だよ」
『ケージも人のこと言えませんが』
「そりゃそうだ」
君は愉快そうに笑う。
今日は実にいい日だった。
楽な仕事で、思わぬ収穫があって、ついでに放射線浴びて死にかけた奴と友達になった。
そうして歩いていると襤褸ホテルが見えてきた。
「明日は何の仕事にしようかねぇ……できればまた掃除がいいんだけどよ」
他人のゴミは宝の山だ。
『明日までに依頼を探しておきます』
「頼むよ、まあ焦らなくてもいいけどな。──あ、そういえばさ」
『何ですか?』
「依頼主、絶対またゴミ屋敷にするよな」
『間違いないでしょうね』
「リピーター確定だな」
『不謹慎です』
「いいじゃん、win-winってやつだよ」
君は上機嫌で歩き続ける。
「ゴミ掃除バンザイ、人体実験バンザイ──でもないか」
『そうですね。人体実験の被験者の末路はおおむね碌でもないですよ」
「だよな」
でもまあ、今日みたいな日なら悪くない。
そんなことを考えながら、君は鼻歌を歌い続けた。




