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★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)  作者: 埴輪庭


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47. 惑星C66、日常

 ◆


 襤褸ホテルの一室。


 君は床に胡坐をかき、ミラの球体ボディを膝の上に乗せていた。


 手には使い古された布切れ。


 それでミラの表面を丁寧に磨いている。


 金属の光沢が徐々に戻ってくる様子を眺めながら、君は鼻歌を口ずさんでいた。


「ケージ、くすぐったいです」


 ミラのモノ・アイが青く点滅する。


「機械がくすぐったいなんて感じるのか?」


「比喩的表現です。センサーへの刺激が通常とは異なるパターンで入力されています」


「要するにくすぐったいってことだろ」


 君は苦笑しながら、布を動かす手を止めない。


 エルカ・スフィア号での一件から数日が経っていた。


 ザッパーは新しい仕事を探すと言って、朝早くに出かけている。


 君は特にやることもなく、ミラのメンテナンスをしていた。


『ところでケージ、興味深い情報があります』


 ミラが唐突に切り出した。


「なんだよ、急に」


『惑星開拓事業団で大規模な粛清があったようです』


 君は手を止めることなく、ふーんと生返事を返す。


『エルカ・スフィア号の件に関与していた幹部たちが、次々と更迭されているとのことです』


「へえ、そりゃ大変だな」


 まるで他人事のような口調だった。


 実際、君にとっては他人事だ。


 上層部の権力闘争など、下っ端には関係ない。


『もう少し関心を持つべきではありませんか?』


 ミラが少し呆れたような電子音を発する。


「なんで? 俺には関係ないだろ」


『情報収集は大事なことですよ、ケージ。組織の動向を把握することは、自分の身を守ることにも繋がります』


「そんなもんかね」


 君はミラの表面を最後にひと拭きして、布を脇に置いた。


 ピカピカに磨き上げられたボディが、薄暗い部屋の中でも鈍く光っている。


「よし、綺麗になった」


 君はミラを持ち上げ、部屋の隅にある充電ユニットへと運ぶ。


 古びた充電器だが、まだ十分に機能している。


 ミラをそっとユニットの上に乗せる。


 接続音と共に、充電が開始された。


「じゃあ良さげな奴をなんか教えてくれよ」


 君は適当に言いながら、ベッドに寝転がる。


 天井のシミを眺めながら、煙草に火をつけた。


 紫煙が立ち上る。


『良さげな奴、ですか』


 ミラのモノ・アイが赤く光った。


 次の瞬間、部屋の壁に向かって光を照射し始める。


 薄汚れた壁が、即席のスクリーンに早変わりした。


『自分で情報収集してください』


 そう言って、ミラは勝手に番組を映し出した。


 画面には「連合ニュース」というロゴが浮かび上がる。


 君は煙草をくわえたまま、半身を起こした。


「おいおい、勝手に……」


 文句を言いかけたが、画面に映ったアナウンサーを見て言葉を飲み込む。


 触手が六本生えた頭部。


 複眼がギラギラと光っている。


 明らかに地球人ではない。


 おそらくケンタウリ系の外星人だろう。


『皆様、こんばんは。連合ニュースの時間です』


 アナウンサーの声は、不思議と聞き取りやすかった。


 翻訳システムが優秀なのか、それとも向こうが地球語を話しているのか。


『まず始めに、惑星M42で発見された新種の宇宙クラゲについてお伝えします』


 画面が切り替わり、暗い宇宙空間を漂う巨大なクラゲが映し出された。


 透明な傘の部分が虹色に輝いている。


『このクラゲは、体長約800メートル。体内に特殊な発光器官を持ち、獲物をおびき寄せると考えられています』


 君は煙を吐き出しながら、ぼんやりと画面を眺めた。


 ──宇宙クラゲか。白鯨といい、でかい生き物が多いよな


『続いてのニュースです。惑星C66の下層居住区で、違法賭博場の摘発がありました』


 君の耳がピクリと動く。


 画面には見覚えのある路地が映っていた。


『摘発されたのは、通称"ラットホール"と呼ばれる地下賭博場。常連客を含め、23名が拘束されました』


 ──あそこか。俺も何度か行ったことあるな


 懐かしさと同時に、少しの後ろめたさを感じる。


 あの賭博場で、君は何度も有り金を溶かした。


『店主のゴンザレスは、違法薬物の販売も行っていた疑いが持たれています』


 ゴンザレスの顔が大写しになる。


 脂ぎった顔に、下品な笑みを浮かべている男だ。


 君も何度か顔を合わせたことがある。


『次は経済ニュースです。ガス採取企業の株価が軒並み上昇しています』


 画面がグラフに切り替わる。


 右肩上がりの曲線が、各企業の好調ぶりを示していた。


『これは先日、惑星F25で発見された新種のガス成分が、新たなエネルギー源として期待されているためです』


 君は思わず身を起こした。


 ──俺が採取したデータのことか? 


 確かにミラが言っていた。


 未知の元素が含まれている可能性があると。


『このガスは従来のものより効率が30%向上すると見込まれており、各企業が採取権を巡って激しい競争を繰り広げています』


 なるほど、と君は納得する。


 道理で特別ボーナスが出たわけだ。


『続いて、生活関連のニュースです』


 アナウンサーの触手がゆらゆらと揺れる。


『惑星S13で人気の飲料"ネクター・ブルー"が、ついに当星系でも販売開始となります』


 画面に青い液体の入ったボトルが映る。


『この飲料は、特殊な発酵技術により、飲む者に軽い幸福感を与えるとして話題になっています』


 ──合法ドラッグみたいなもんか


 君は鼻で笑った。


 下層居住区には、もっと強烈なものがいくらでもある。


『ただし、地球人には効果が薄いとの報告もあり、購入の際はご注意ください』


 やっぱりな、と君は思う。


 外星人向けの商品は、大抵そんなものだ。


『最後に、明日の天気です』


 画面が惑星C66の全体図に切り替わる。


『上層居住区は晴れ、気温は23度から27度。下層居住区は……相変わらずスモッグに覆われ、視界不良が続くでしょう』


 君は苦笑する。


 下層の天気なんて、毎日同じだ。


 汚れた空気と、薄暗い空。


 それが日常だった。


『以上、連合ニュースでした。良い夜を』


 画面が消え、部屋は再び薄暗くなった。


 君は煙草を灰皿に押し付けて消す。


「なあミラ、結局何が良さげな情報だったんだ?」


『全てです』


 ミラが即答する。


『賭博場の摘発は、下層居住区の治安動向を示しています。ガス関連のニュースは、あなたの仕事の価値を再確認させます。新商品の情報は、市場の動向を知る手がかりになります』


「そんなもんかね」


 君は再びベッドに横になる。


『情報は武器です、ケージ。使い方次第で、生き残る確率が上がります』


 ミラの言葉に、君は天井を見上げたまま答えた。


「生き残るだけじゃつまんねえけどな」


『では、何を望むのですか?』


 君は少し考えてから、ニヤリと笑った。


「金だよ、金。たんまり稼いで、この体を元に戻す。それから……」


 言いかけて、口を閉じる。


 ──それから? 


 それから、の先は自分でもよくわからなかった。


『ケージ?』


「なんでもねえよ」


 君は目を閉じた。


 妙に時化た気分だった。


 こんな時ドラッグでもキメられたらなぁ、と思う君であった。

下部のランキングタグのリンクに、5/30以降に書いた短編をまとめて載せてるので、暇な人はぜひ。ジャンルはまあ色々です。

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最近書いた中・短編です。

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「屑王太子殿下の優雅なる廃嫡」

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※ カクヨム、ネオページ、ハーメルンなどにも転載
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あらゆる列は乱される事なく整然としていなければならない。
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「その追放、本当に正しいですか?」

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