47. 惑星C66、日常
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襤褸ホテルの一室。
君は床に胡坐をかき、ミラの球体ボディを膝の上に乗せていた。
手には使い古された布切れ。
それでミラの表面を丁寧に磨いている。
金属の光沢が徐々に戻ってくる様子を眺めながら、君は鼻歌を口ずさんでいた。
「ケージ、くすぐったいです」
ミラのモノ・アイが青く点滅する。
「機械がくすぐったいなんて感じるのか?」
「比喩的表現です。センサーへの刺激が通常とは異なるパターンで入力されています」
「要するにくすぐったいってことだろ」
君は苦笑しながら、布を動かす手を止めない。
エルカ・スフィア号での一件から数日が経っていた。
ザッパーは新しい仕事を探すと言って、朝早くに出かけている。
君は特にやることもなく、ミラのメンテナンスをしていた。
『ところでケージ、興味深い情報があります』
ミラが唐突に切り出した。
「なんだよ、急に」
『惑星開拓事業団で大規模な粛清があったようです』
君は手を止めることなく、ふーんと生返事を返す。
『エルカ・スフィア号の件に関与していた幹部たちが、次々と更迭されているとのことです』
「へえ、そりゃ大変だな」
まるで他人事のような口調だった。
実際、君にとっては他人事だ。
上層部の権力闘争など、下っ端には関係ない。
『もう少し関心を持つべきではありませんか?』
ミラが少し呆れたような電子音を発する。
「なんで? 俺には関係ないだろ」
『情報収集は大事なことですよ、ケージ。組織の動向を把握することは、自分の身を守ることにも繋がります』
「そんなもんかね」
君はミラの表面を最後にひと拭きして、布を脇に置いた。
ピカピカに磨き上げられたボディが、薄暗い部屋の中でも鈍く光っている。
「よし、綺麗になった」
君はミラを持ち上げ、部屋の隅にある充電ユニットへと運ぶ。
古びた充電器だが、まだ十分に機能している。
ミラをそっとユニットの上に乗せる。
接続音と共に、充電が開始された。
「じゃあ良さげな奴をなんか教えてくれよ」
君は適当に言いながら、ベッドに寝転がる。
天井のシミを眺めながら、煙草に火をつけた。
紫煙が立ち上る。
『良さげな奴、ですか』
ミラのモノ・アイが赤く光った。
次の瞬間、部屋の壁に向かって光を照射し始める。
薄汚れた壁が、即席のスクリーンに早変わりした。
『自分で情報収集してください』
そう言って、ミラは勝手に番組を映し出した。
画面には「連合ニュース」というロゴが浮かび上がる。
君は煙草をくわえたまま、半身を起こした。
「おいおい、勝手に……」
文句を言いかけたが、画面に映ったアナウンサーを見て言葉を飲み込む。
触手が六本生えた頭部。
複眼がギラギラと光っている。
明らかに地球人ではない。
おそらくケンタウリ系の外星人だろう。
『皆様、こんばんは。連合ニュースの時間です』
アナウンサーの声は、不思議と聞き取りやすかった。
翻訳システムが優秀なのか、それとも向こうが地球語を話しているのか。
『まず始めに、惑星M42で発見された新種の宇宙クラゲについてお伝えします』
画面が切り替わり、暗い宇宙空間を漂う巨大なクラゲが映し出された。
透明な傘の部分が虹色に輝いている。
『このクラゲは、体長約800メートル。体内に特殊な発光器官を持ち、獲物をおびき寄せると考えられています』
君は煙を吐き出しながら、ぼんやりと画面を眺めた。
──宇宙クラゲか。白鯨といい、でかい生き物が多いよな
『続いてのニュースです。惑星C66の下層居住区で、違法賭博場の摘発がありました』
君の耳がピクリと動く。
画面には見覚えのある路地が映っていた。
『摘発されたのは、通称"ラットホール"と呼ばれる地下賭博場。常連客を含め、23名が拘束されました』
──あそこか。俺も何度か行ったことあるな
懐かしさと同時に、少しの後ろめたさを感じる。
あの賭博場で、君は何度も有り金を溶かした。
『店主のゴンザレスは、違法薬物の販売も行っていた疑いが持たれています』
ゴンザレスの顔が大写しになる。
脂ぎった顔に、下品な笑みを浮かべている男だ。
君も何度か顔を合わせたことがある。
『次は経済ニュースです。ガス採取企業の株価が軒並み上昇しています』
画面がグラフに切り替わる。
右肩上がりの曲線が、各企業の好調ぶりを示していた。
『これは先日、惑星F25で発見された新種のガス成分が、新たなエネルギー源として期待されているためです』
君は思わず身を起こした。
──俺が採取したデータのことか?
確かにミラが言っていた。
未知の元素が含まれている可能性があると。
『このガスは従来のものより効率が30%向上すると見込まれており、各企業が採取権を巡って激しい競争を繰り広げています』
なるほど、と君は納得する。
道理で特別ボーナスが出たわけだ。
『続いて、生活関連のニュースです』
アナウンサーの触手がゆらゆらと揺れる。
『惑星S13で人気の飲料"ネクター・ブルー"が、ついに当星系でも販売開始となります』
画面に青い液体の入ったボトルが映る。
『この飲料は、特殊な発酵技術により、飲む者に軽い幸福感を与えるとして話題になっています』
──合法ドラッグみたいなもんか
君は鼻で笑った。
下層居住区には、もっと強烈なものがいくらでもある。
『ただし、地球人には効果が薄いとの報告もあり、購入の際はご注意ください』
やっぱりな、と君は思う。
外星人向けの商品は、大抵そんなものだ。
『最後に、明日の天気です』
画面が惑星C66の全体図に切り替わる。
『上層居住区は晴れ、気温は23度から27度。下層居住区は……相変わらずスモッグに覆われ、視界不良が続くでしょう』
君は苦笑する。
下層の天気なんて、毎日同じだ。
汚れた空気と、薄暗い空。
それが日常だった。
『以上、連合ニュースでした。良い夜を』
画面が消え、部屋は再び薄暗くなった。
君は煙草を灰皿に押し付けて消す。
「なあミラ、結局何が良さげな情報だったんだ?」
『全てです』
ミラが即答する。
『賭博場の摘発は、下層居住区の治安動向を示しています。ガス関連のニュースは、あなたの仕事の価値を再確認させます。新商品の情報は、市場の動向を知る手がかりになります』
「そんなもんかね」
君は再びベッドに横になる。
『情報は武器です、ケージ。使い方次第で、生き残る確率が上がります』
ミラの言葉に、君は天井を見上げたまま答えた。
「生き残るだけじゃつまんねえけどな」
『では、何を望むのですか?』
君は少し考えてから、ニヤリと笑った。
「金だよ、金。たんまり稼いで、この体を元に戻す。それから……」
言いかけて、口を閉じる。
──それから?
それから、の先は自分でもよくわからなかった。
『ケージ?』
「なんでもねえよ」
君は目を閉じた。
妙に時化た気分だった。
こんな時ドラッグでもキメられたらなぁ、と思う君であった。
下部のランキングタグのリンクに、5/30以降に書いた短編をまとめて載せてるので、暇な人はぜひ。ジャンルはまあ色々です。




