46. 惑星C66、聞き取り
◆
脱出ポッドは静かに漂流を続けていた。
狭い空間に三人が身を寄せ合っている。
ミラのモノ・アイがくるくると回転しながら、救助信号を発信し続けていた。
『惑星開拓事業団の巡回船が接近中です。到着予定時刻は約三時間後』
「三時間か……」
君はため息をつきながら、ザッパーの視線を感じていた。
彼女はじっと君を見つめている。
君が話を──恥を晒すのを待っているのだろう。
ややあって、君は観念したように頭をかいた。
◆
君は深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「実は……ギャンブルで大負けしちまってさ」
ザッパーは無言で先を促す。
「で、借金のカタに……その、体を改造されちまったんだ」
沈黙が流れる。
重い沈黙だった。
やがてザッパーが口を開いた。
「……どの程度?」
「ほぼ全身」
ザッパーの目が大きく見開かれる。
彼女は君の顔に手を伸ばし、そっと頬に触れた。
金属の指先が君の肌を撫でる。
「温かい……」
「まあ、一応人間らしさは残してあるらしい。肌の感覚もある」
君は苦笑いを浮かべる。
ザッパーは黙って君の体のあちこちに触れていく。
腕、胸、首筋。
その度に彼女の表情が曇っていった。
「なぜ、そんな賭けを……」
「いや、最初は小さな賭けだったんだよ。でも負けが込んで、取り返そうとして、また負けて……」
よくある話だった。
下層居住区ではありふれた転落の物語。
だが、それが愛した男の身に起きたとなれば話は別だ。
「胴元はどこのギャングですか?」
冷たい声だ。
まさにこれからちょっとそいつらをぶっ殺してきますとでも言わんばかりの。
君は慌てて首を振った。
「いや、もう関係ない。このええと、実験的オペレーションを受けた事で返済したことになってるから。金が必要な理由は、この体を元に戻すっていうかな、生身にするための手術費用を稼ぐっていうか……まあそんな感じだ」
「ではすぐにどうこうという話ではないのですね」
君は頷く。
そうしてザッパーの肩に手を置きながら言った。
「大丈夫だって。こうして生きてるし、仕事もできる。むしろ前より強くなったくらいだ」
「私が、あなたの傍にいれば……」
「やめろよ」
君は彼女の言葉を遮った。
「過ぎたことだ。それに、俺の不始末は俺の責任だからな」
ザッパーは何か言いかけたが、結局口を閉じた。
──もしザッパーが傍にいたら、何人死んだ事か分かったもんじゃないしな。それに、格好悪すぎる
君は別にスラムのギャングが何人くたばろうが何か想う様なタチには出来ていないが、自分の責任で生まれた借金を払いたくないからと元カノに殺しをさせるほど恥知らずでもなかった。
◆
三時間後。
惑星開拓事業団の巡回船が脱出ポッドを回収した。
君たちは医療チェックを受けた後、惑星C66へと護送される。
船内で君は改めて報告書を作成していた。
エルカ・スフィア号での出来事を淡々と記録していく。
奴隷商人の実態、戦闘の詳細、そして入手したデータの概要。
ただし、ザッパーとの関係については必要最小限の記述に留めた。
もちろん、このあたりはミラが補助をした。
そういった報告書を十全に作成できるほど君のオツムは上等ではない。
スペック的には可能かもしれないが、性根が駄目なのだ。
『ケージ、報告書の作成が完了しました』
ミラが告げる。
君は端末を閉じて立ち上がった。
「さて、支社に行くか」
隣でザッパーが頷く。
彼女は君と一緒に支社へ向かうことになっていた。
奴隷商人から解放された被害者として、事情聴取を受ける必要があるのだ。
◆
惑星C66、開拓事業団支社。
エントランスを入ると、いつものようにアルメンドラが受付に座っていた。
青い髪が照明の下で淡く光っている。
「お帰りなさいませ、ケージ」
その声は相変わらず無機質だった。
君は軽く手を上げて応じる。
「任務報告書を提出しに来た」
アルメンドラは端末を操作し、データの受信を確認した。
「エルカ・スフィア号における奴隷売買の証拠、確かに受け取りました」
彼女の青い瞳が端末のデータを走査する。
表情は相変わらず能面のようだが、その視線がある箇所で止まった。
君には分からないが、アルメンドラは重要な発見をしていた。
貨物リスト、偽装された出発地、そして承認印。
その印影は事業団上層部のものだった。
『なるほど、そういうことですか』
アルメンドラの思考回路が高速で情報を処理する。
事業団の一部が奴隷商人と癒着していた。
見て見ぬふりをする代わりに、利益の一部を得ていたのだろう。
しかし彼女は顔を上げると、いつもと変わらぬ口調で言った。
「ご苦労様でした。報酬は規定通り振り込まれます」
「そうかい。まあ、危険手当も含めて弾んでくれよ」
君の軽口に、アルメンドラは小首を傾げる。
その仕草に宿る人間らしさに、君は改めて感心する。
「危険手当については別途審査が必要です。しかし、今回の件は確かに想定外の危険を伴いました。考慮いたします」
そう言って、アルメンドラは視線をザッパーへ向けた。
「そちらの方は?」
「ザッパーだ。奴隷商人の被害者として保護された」
君が説明すると、アルメンドラは頷いた。
「では、別室で事情聴取を行います。こちらへ」
ザッパーは君を見る。
君は安心させるように頷いた。
「大丈夫だ。終わったら外で待ってる」
ザッパーはアルメンドラに従って奥へと消えていった。
◆
君は支社のロビーで待っていた。
ミラが隣で静かに浮遊している。
『ケージ、今回の件は複雑な様相を呈していますね』
「ああ。事業団の上層部が絡んでるとなると、厄介だな。まあどうでもいいけど」
君は天井を見上げる。
巨大組織の腐敗など珍しくもない。
だがそれに巻き込まれるのは御免だった。
『アルメンドラは何か考えがあるようでした』
ミラの言葉に君は頷く。
確かに、データを見た時の彼女の反応は興味深かった。
一瞬だけ見せた思考の間。
あれは何かを企んでいる表情だった。
──まあ、俺には関係ないか
君はそう思いながら、煙草を取り出す。
有害物質満載の下層居住区製だ。
深く吸い込んでも、体内ですぐに無害化される。
それでも習慣は捨てられない。
やがて、ザッパーが戻ってきた。
その表情はいつもと変わらない。
「どうだった?」
「形式的な質問ばかりでした。すぐに終わりました」
「そうか、じゃあとりあえず俺の部屋へ戻るか」
◆
その夜、君は襤褸ホテルの部屋にいた。
ザッパーも一緒だ。
狭い部屋に二人きり。
昔を思い出す状況だった。
「なあ、これからどうするんだ?」
君が尋ねると、ザッパーは窓の外を見つめながら答えた。
「まだ決めていません。ただ……」
彼女は君を見る。
「あなたの力になりたい」
君は苦笑いを浮かべた。
「気持ちは嬉しいけどな。でも、これは俺の問題だ」
「でも……」
ザッパーの頬へ手をやる。
「俺がヒモみたいじゃねえか」
「ヒモでもなんでも構いませんが──」
話すうち、自然と2人の距離は縮まっていく。
そして。
極々自然な成り行きとして、唇を合わせた。
長い口づけの後、君は彼女の額に自分の額を押し当てる。
「今夜は、昔話でもしようぜ」
ザッパーは小さく微笑んだ。
「そうですね」
二人は夜が更けるまで語り合った。
過去の思い出、別れてからの日々、そして再会の喜び。
明日のことは明日考えればいい。
今はただ、この時間を大切にしたかった。
◆
翌朝、君は支社からの呼び出しを受けた。
アルメンドラからの直接の連絡だった。
隣で寝ているザッパーにその旨を告げ、急いで支社へ向かうと、アルメンドラは奥の会議室で待っていた。
「お待ちしていました」
アルメンドラは立ち上がり、ドアを閉める。
「どうした?」
「昨日提出していただいたデータの件です」
アルメンドラは端末を操作し、ホログラムを表示させる。
そこには複雑な相関図が浮かび上がっていた。
「エルカ・スフィア号の奴隷売買には、事業団の複数の幹部が関与していました」
君は口笛を吹く。
「大事になりそうだな」
「はい。そして、これは連合政府も看過できない問題です」
アルメンドラは説明を続ける。
惑星開拓事業団は連合政府の準国策企業だ。
未開惑星の調査と開発を担う重要な組織である。
その信頼性が揺らぐことは、連合政府にとっても大きな痛手となる。
「つまり、上からの粛清が始まるってことか」
君の言葉にアルメンドラは頷いた。
「その通りです。そして、あなたにはその証人として協力していただく可能性があります」
君は頭を掻いた。
面倒なことに巻き込まれそうだ。
だが、アルメンドラの次の言葉が君を驚かせた。
「その代わり、特別報奨金が支給されます。額は……」
指し示す額に君の目が見開かれる。
それは決して小さくない額だった。
「本当か?」
「はい。これは私からの提案でもあります」
アルメンドラは続ける。
「この問題を適切に処理することは事業団の健全化につながります。証人として発言することであなたの立場は守られます。それはひいては報復からあなたを守る事にもなるでしょう」
「それはうれしいけどさ、でも別に俺がいなくても処理できる問題ではあるんじゃないのか?」
君の言葉にアルメンドラは頷く。
「その通りですね。しかしその場合、あなたは報復を受ける可能性があります」
「なぜ俺を守る? 血も涙もない事業団らしくねぇな」
「あなたのような優秀な団員を失うことは、組織にとっても損失ですからね」
そんな言葉を受けて、君は彼女を見つめた。
「そうかな」
君はアルメンドラの言葉に懐疑的だ。
自分が果たしてそこまで有用な人材だろうか? という疑念がある。
「ええ。あなたの依頼達成率は高く、そして余計な事を考えません」
「余計な事?」
「奴隷たちを横流ししたりしませんでしたね」
ああ、と君は頷く。
「まあ別に──趣味じゃないしな」
君の遵法意識は決して高くはない。
違法ドラッグ、脱法ドラッグを売りさばいたり、詐欺まがいの保険契約を結ばせたり──そういった小悪党じみた真似をすることにいささかのためらいもないイリーガルなマインドの屑だ。
目的のために手段を選ぶ事も余りないし、必要とあらば殺人にも手を染める。
しかしそんな君でも、ポリシーらしきものはある。
どこぞの罪なき奴隷を搾取してアレコレするというのは、極めて複雑怪奇な君のポリシーに反する事であった。
「これは組織の利益を考えた上での判断です」
それで納得しろ、という言外の圧。
君はそれを敏感に感じ取り、頷いた。