40.エルカ・スフィア②
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船内には警備員が何人も立っているが、やたらと視線を浴びせられる。
それだけではなく君と同じく護衛依頼を受けたと思われる連中もいた。
ただ、その質は余りよろしくはないようだ。
案の定、ロビーを歩いていると外惑星人の三人組が目に入った。
鱗のような皮膚と、尖った角が特徴的な、どうにも喧嘩っ早そうな顔つきの奴らだ。
「よう、お前らも依頼を受けたのか?」
長身で角が二本ある男が、君をねめつけるように視線を寄越す。
「まあな」
君が肩をすくめて答えた瞬間、男達の一人がわざとらしく肩をぶつけようと間合いを詰めてきた。
──が、その動きに気づいた君は、ごく自然に身を引き、逆に相手の肩を掴んでみせる。
「おっと、ふらついてるぜ。船酔いか?」
掴んだ肩にそっと力をこめながら、顔をぐいと覗き込む。
ぐいっと見上げるようにメンチを切るのが君の好みの流儀である。
そして君のサイバーな目玉がキュイン──と瞳孔を拡大する様は外惑星人の男にも一瞬衝撃を与えたようで、男はぎょっとしたように目を見張った。
君の手がギチリと男の肩を強く締め付けると、男の目は怯えの光を帯びる。
「あ、ああ……そうかもしれねぇな」
舌打ち混じりの声を漏らしながら、男は無理やり笑って肩を引きはがそうとする。
自分で仕掛けてきたくせに、まるでこちらが凶暴であるかのように振る舞うのがおかしい。
「そうか。じゃあ酔い止めでも飲んで大人しくしてろよ」
男たちの仲間が「行こうぜ」と低く呟き、三人組は足早に通路を離れていった。
その背中が見えなくなると、ミラがモノ・アイをじっと光らせながら小声で言う。
『あまり彼らに関わるべきではありません』
君は軽く鼻を鳴らし、ポケットに手を突っ込んだ。
「だろうな。まあでもああいうのはこっちが大人しくしてるとつけあがってくるからよ」
下層居住区では相手からナメられた際、チ〇ポを舐めるか血を舐めるか──要するに、更に媚びを売るか、相手をぶち殺すか、どちらかの対応を取るものが多い。
君はどちらかといえば後者の場合が多かった。
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船のロビーには、会社のロゴが飾られていた。
しかし妙に陰気な照明のせいか、それほど華やかさを感じない。
周囲には他の事業団員らしき者もちらほらいて、誰も彼もが不穏な雰囲気をまとっているように見える。
「なあミラ、護衛なのにあんなのばっかりってのは何かおかしくねぇか?」
君が言うと、ミラも同意する。
『はい。一般的には素行が良い者を雇うはずです』
そこへ、やけに整ったスーツ姿の人物が近づいてきた。
「初めまして。本船のオーナーをしているクラウゼと申します。あなたがケージさんですね」
スーツの男は丁寧な口調で、だがどこか胡散臭い。
「エルカ・スフィア号へようこそ。惑星S13へ向かう途中、どうしても危険宙域を通過せざるを得なくてね。そこで、いざという時に備え、護衛を増強したわけです」
「危険宙域か。なるほど、そういう話だな」
君が頷くと、クラウゼは周囲を見回してから声を落とす。
「もちろん、万が一そういう事態にならないに越したことはありません。ただ、積み荷が訳アリでしてね。念には念を、というわけです。まあ滅多な事ではお手を煩わせる事はありませんよ。それでは少しの間ですが、宜しくお願いいたします」
クラウゼはそう言って去っていった。
ミラが君の肩口に寄って小声で耳打ちする。
『……あのコインは裏表間違っていたのではないですか?』
君は返す言葉もなかった。
全くの同感だったからだ。
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商船の内部通路を抜け、指定された個室へ向かう。
ドアが開くと、簡素なベッドとロッカー、それに小さな卓があるだけの殺風景な部屋が現れる。
だが護衛仕事ではこれでも十分だ。
ミラが室内のセンサーを軽く走らせ、盗聴器やカメラがないかをチェックしているらしい。
『大きな問題はなさそうです』
それを聞いて君は一息つく。
「トラブルが起きなきゃいいんだけどなあ」
ベッドに腰かけて、けだるそうにボヤく君。
『ケージ。この船の設計図面の一部が公表されていないようですが、外観と内装を照らし合わせる限り、普通の商船にはない構造が見受けられます』
「つまり?」
ミラはモノ・アイを青白く瞬かせて続ける。
『大容量の貨物を積載する形状より、警護や拘留を目的としたスペースを持つ船に近いです。普通は乗客用の区画がもっと快適に作られるものですが、ここの通路は防衛線を意識した配置ですし、何より隔壁がやたらと重厚ですよ』
それを聞いて君は舌打ちした。
「やっぱり訳ありか。企業の極秘貨物を運ぶどころか、何か──生体とか、厄介なものを運んでる可能性があるな」
窓の外には、ターミナルの明かりが薄ぼんやりと輝いている。
船が今にも出航準備を始めようとしている気配があった。
君はポケットからコインを取り出して、マジマジと眺める。
もしかしたら本当に表と裏を間違えたのかもしれない──そんな事を思いながら。




