38.次の仕事は
◆
惑星C66へ帰還してすぐ。
ドックに着陸するや否や、支社から早速の呼び出しがかかった。
整備員に軽く手をあげて挨拶し、君は雑踏の中、ロビーを抜けて宇宙港を後にする。
宇宙港から支社までは徒歩10分もかからない。
支社に辿り着くと、アルメンドラがいつもの無表情で迎えてくれた。
艶やかな青い髪と冷ややかな瞳。
ボディスーツを着こんだ彼女はどこか艶めかしい。
そんなアルメンドラにおいたをしようとする勇気ある調査団員も極稀に現れるが、そういった者の末路は無惨だ。
地球と違って惑星C66の人権意識は様々な政党が掲げるマニフェストよりもふわっとしている。
「お帰りなさいませ」
淡々とした口調はいつも通り。
君は軽く手を上げて応じた。
「呼び出しがあったって聞いたんだが」
「ええ。あなたの報告書を拝見した結果、惑星F25での調査において高品質な映像とデータを回収していただきました。その成果を評価して、上層部から特別ボーナスが支給されることになりました」
そこでアルメンドラは端末のスクリーンを操作し、君の口座情報を確認するように視線を落とす。
「具体的には、24時間以内に調査5回分相当の金額がまとめて振り込まれることになるでしょう」
君は思わず目を丸くした。
「まじか。そんな大盤振る舞いがあるとは思わなかったな。いやあ、どうせケチな連中だろうと思ってたが、たまには太っ腹なこともするんだな」
アルメンドラは小さく首をかしげる。
「たった一つの命を危険に晒した額としては些少でしょう。それでもあなたにとっては大きな額でしょうが」
「全然悪気がなさそうに言うんだもんなぁ。で、次の仕事はないのか? 珍しいものを見れたからな……今ちょっとやる気が、こうね、もりっとね」
君が言うと、アルメンドラは書類端末をスリープモードに落とし、一瞬考え込むように黙り込んだ。
「どうかしたのか?」
尋ねると、アルメンドラは少し目を伏せて答えた。
「実は……ここ最近、宇宙海賊の活動が活発化しているとの報告が増えています。そのことを考慮すると、受ける依頼は慎重に選ぶ必要があるかもしれません」
「そりゃおっかない……でもうまく立ち回れば向こうの“お宝”をいただいちゃうなんてこともあるんじゃねえかな? 連中、結構ため込んでるんだろ?」
そんな言葉に、アルメンドラは君に色の無い視線を注ぐ。
どこか呆れている風情だ。
「宇宙海賊はそんな甘い相手ではありません。どういうルートに通じているかは知りませんが、正規軍の装備を持つ者たちもいます」
「おいおい、心配してくれてるのか?」
君がからかうように言うと、アルメンドラは一瞬言葉に詰まったように見えた。
──関節部から、ぎゅる、と小さな機械音が鳴る。
アルメンドラはかすかにうなずいた。
「惑星開拓事業団は優秀な事業団員があたら無駄に喪われる事を良しとしません」
「ほ~……じゃあ簡単に使い捨てられる事はないのか」
「はい。今の所は、ですが」
開拓事業団は血も涙もない巨大企業だ。
きちんと仕事をする者への扱いは相応なものとなるが、仕事が出来ない者に対しての扱いは過酷かつ冷酷である。
「あんたらはおっかないからなぁ……俺もせいぜい稼いで目をつけられないようにしないとな。それじゃあまた良い仕事があったら教えてくれよ」
そういって君は去っていく君の背にアルメンドラは意味深な視線を注いで──小さい声を呟いた。
「もう目はつけられているのです。それが良い事なのか、悪い事なのかはあなた次第ですが」
◆
『ケージ、アルメンドラが言っていた通り、ここ暫く宇宙海賊の近隣宙域での活動が活発化しています。彼らは裏取引で得た非常に強力な武装を所持していることもあるため、なるべく遭遇しないようにじっくりと慎重に依頼を選んでいくべきでしょう』
襤褸ホテルへの道すがら、ミラがそんな事を言った。
街路灯は故障なのか明滅を繰り返している。
下層居住区へ近づけば近づくほどに、各種インフラは劣化していくのだ。
「慎重に選ぶべきっていわれてもなぁ。具体的にどうやって依頼を選べばいいのか教えてくれよ」
『もちろんです』
ミラの声は先程までと違い、やや明るめのトーンに感じる。
『海賊との遭遇リスクを下げるためのポイントを、まとめておきました』
「おお、助かる」
『まず第一に、航路がしっかりと管理されている案件を選ぶことです』
「管理航路ってことか?」
『はい。正規軍や惑星警備隊の巡回が行われているエリアを通る依頼なら、海賊が近づきにくい傾向があります。もちろん万全とは言えませんが、それでも自主航路をふらふら行くよりは安全でしょう』
「なるほどね。海賊もそれなりに装備があるって話だし、警備隊が巡回してるルートなら避けるかもしれねえな」
『そうです。第二に、作業期間が極端に長い依頼は避けましょう。長期滞在の案件は、その分だけ海賊に狙われるリスクが高まります』
「要はサクッと終わる仕事のほうがいいわけだ」
『その通りです。惑星表面での拠点構築や大規模な採掘作業は、海賊に見つかれば目を付けられる可能性が高いです。さっさと済ませる調査系や、短期の輸送案件の方がリスクは低くなります』
君は顎をさすりながら、ふむ、と相槌を打つ。
『そして第三に、依頼元の評判や情報を事前にチェックしておくこと。海賊と繋がっている勢力が依頼元に潜んでいる場合もありますから』
「海賊とグルってわけか。やれやれ、人間不信になりそうだな」
『そういう構造は下層居住区でもよくあることだと思いますが』
ミラがサラリと言うと、君は苦笑いを浮かべる。
「ああ、まあそうなんだけどよ。あっちじゃソイツらが繋がってるって噂はすぐ立つから、まだ判断しやすい。でも宇宙での仕事はスケールが違うからな」
『だからこそ、情報収集が大事なのです。私が得られる範囲でのデータは常に調べていますが、人づての噂話も含めて幅広くアンテナを張ることをおすすめします』
言われてみれば、そういう“生の噂”を拾うにはジャンク屋やバーなど下層社会のコミュニティが最適だ。
君はセコハン・ローズの爺さんの顔を思い浮かべる。
「あの爺さんも何か知ってるかもな。ちなみにミラの主な情報源って何なの?」
『“MYUTUBE” ですよ』
「……は?」
一拍遅れて君は何を言ってるのか分からずに聞き返した。
「動画配信の、やつだよな?」
『はい。MYUTUBEは超光速通信による動画配信サービスです。簡単に言えば、銀河系中から投稿された映像や生放送などをリアルタイム、またはオンデマンドで視聴できるプラットフォームですね』
この時代はFTL──超光速通信技術が普及している。
『天の川銀河系一帯で視聴できますよ。辺境域だと遅延や接続不良が多々あるのですが、それでも多くの人が利用していますね』
「なるほど。じゃあ、海賊対策の動画とかあるのか?」
『ありますよ。“海賊の最新装備まとめ”や“海賊と遭遇したときの対処法”など、様々なクリエイターが情報発信しています。もちろん真偽不明の噂も多いですが、参考にはなるでしょう』
「いまどきの宇宙事情はMYUTUBEで調べるもんなんだなぁ」
君は呆れ半分、感心半分でため息をつく。
『ちなみに、惑星開拓事業団の団員の中にも配信業を副業としてやっている人がいるようです。ただし、仕事中の配信行為は固く禁じられています』
「まあ当然だろうな。企業の極秘情報なんて垂れ流された日にゃ、信用ガタ落ちだろうし」
『ええ、もしそれが発覚すれば文字通り消される可能性もあります。実際、過去に仕事中の動画をこっそり配信してしまった愚か者がいたらしく、すぐに行方不明になったという話も……』
ミラがそこまで言うと、君は首をすくめた。
「ヒエッ……恐ろしいな。さすが開拓事業団、抜け目ないっていうか冷酷っていうか」
『効率と情報管理が彼らの根幹を支えていますから。余計なリスクは容認されないわけです』
周囲のビル群は鉄錆びのようにくすんだ色合いで、真昼なのにどこか夜のような薄闇を漂わせている。
「まあ俺には配信業なんて無理だなぁ……大炎上しちまいそうだ」
『そうですか? 案外向いているかもしれません』
それを聞いた君はなんとも言えない苦笑を受かべる。
「……ま、今は海賊よりも、俺の財布の中身が危機的状況なんだけどな。修理費でボーナスがすっ飛びそうだし、さて次の仕事はどうするか」
『先ほどまとめたポイントを踏まえて依頼を探せば、海賊に遭遇するリスクは多少下げられるはずです』
「結局、俺は短期の調査依頼あたりを狙うのがいいんだな」
『そうですね。航路も慎重に選び、可能なら護衛付きの輸送任務があれば一番安全でしょう。ただし報酬は少し下がりますが』
「安全か金か、悩みどころだな。まあ、死んじまったら何もならねえ。しばらくは慎重に稼ぐとするか」
君は先ほどから握り締めている端末を取り出す。
そこには開拓事業団の仕事リストが並んでおり、ざっと見ただけでも数千件は候補がある。
だが、長期の開拓支援や危険地帯の調査は軒並み報酬が高い代わりにリスクも大きい。
『悩んでいますね』
「おう、珍しく優等生スタイルで生きてみるか考えてんだよ」
そう答えながら、ふと真横に漂うミラのモノ・アイを覗き込む。
『なぜ私を見つめるのですか』
「どうせなら、お前が俺の背中を押してくれたら楽だなと思って。“安全第一で行きましょう、ケージ”とか、“いや、ギャンブルに賭けましょう”とか、なんかいいアドバイスないのか」
ミラは一瞬の沈黙の後、ごく淡々とした声を出した。
『ではコインで決めてはどうですか? あなたが好きな事でしょう、ケージ』
「理解のあるガイドボットちゃんだなぁ! よし、それでいこう。表が出れば安全第一だ。でも裏が出れば──」
君はポケットからコインを取り出した。
通貨としては使えないジャンク・コインである。
それをピンと弾いた。