35.惑星F25⑦
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上空へ向かうと、視界の先に淡い輝きが見えてきた。
太陽光というわけではない。
どうやら惑星F25特有のプラズマ放電らしい。
上層域になるほど電離層に近くなり、ガスの粒子同士が衝突して不安定な電磁現象を起こすのだ。
まばゆい帯電現象が細長い稲妻のようにガスの中を駆け抜け、時々雷鳴めいた音が遠くから届く。
「きれいだな……」
君は思わず見惚れた。
虹色のガスと電磁放電が相まって、まるで光の花火がゆっくりと咲き乱れているように見える。
しかしそんな光景に浸っていられる余裕はない。
白鯨には飛び道具がある。
もしシールドを抜かれて船体への着弾があれば甚大な被害を受けるかもしれない。
そのことを頭の片隅に置きながら、君は操縦を続ける。
『船の温度が限界を超えないうちに冷却したほうがいいです』
「そうだな……少し安定してきたら自動冷却システムをフル回転させる。けど、ブースターは切っちまったし、加速が落ちてるから動きも鈍い。あんまりノロノロしてると、また白鯨に追いつかれるかもしれねえ」
脳裏には先程見たあの巨体のイメージがこびりついている。
まるで山のような質量を誇る化け物が、こっちを見定めるように口を開けたら最後、船体ごと呑み込まれてしまう──そんな最悪の想像が離れない。
君は操縦席で汗ばんだ手を拭い、荒い呼吸を抑えつつ思案する。
「……ミラ、やつの反応は?」
『後方のセンサー範囲外です。ただ、だからといって完全に撒いたと断言はできません』
「だよな……」
幸い、前方にはガスの密度がさらに薄まる場所があるようで、そこまで行ければエンジンも一休みさせてやれそうだ。
君は舵を握り直し、システムの冷却コマンドを準備する。
数分後、緑がかったガスの雲を抜けると、一気に視界が開けた。
惑星の上層域は光が差し込むわけではないが、ガスの層が薄いぶん先まで見渡せる。
眼下には色とりどりの渦が幾重にも重なり合っていた。
船内温度を少しでも下げるため、君は加速を抑えながらゆっくりとガスの流れに乗せる。
船外にはかすかな放電の光がチラチラと瞬き、外は危険だが艶やかなガス雲がたなびいている。
『冷却効率が60%ほど改善しました。船体温度が緩やかに下がっています』
「よし……ここで本格的にワープ航行の準備をしたいところだけど……」
念のためワープのゲート座標を確認しようとするが、ここF25は重力異常や電磁波の干渉が激しく、安定した座標を取得できない場合が多い。
そんな状況でいきなりワープはハイリスクだ。
「くそ、やっぱりそう甘くはないよな。大気圏内だと難しいか……?」
『はい、ケージ。ワープ・ドライブをするにせよ、可能な限り宇宙空間に近い場所で行う必要があります』
君は舌打ちを噛み殺しながら、船をさらに上層へと引っ張ろうとする。
上層域を抜ければ惑星の重力圏外まで出ることもできるはずだ。
そこまで上昇すれば安定したワープの座標が確保できるだろう。
白鯨が追いかけてこないとも限らないが、このまま星の内部を逃げ回るより外へ出たほうが確実に助かる可能性が高い。
『前方に大きな乱流域を確認。回避しないと危険です』
「どこに逃げたらいい? 下にも渦、上にも渦で逃げ道がねえぞ……」
モニターには複数の乱気流が交差し、激烈に回転する様子が映し出されている。
それは自然発生した暴風とプラズマ放電が合わさったもので、船が巻き込まれれば甚大なダメージは避けられない。
かといってシールド強度を高めれば今度こそ機関部がオシャカになるかもしれない。
君は一瞬目を閉じ、呼吸を整える。
頭の中でシミュレーションを走らせる。
右に逃げれば乱気流が2つ、左に逃げれば3つ。中央に突っ込むのは論外。
でも下へ戻れば白鯨がいるかもしれない。八方塞がりとはまさにこのことだ。
だが、何もしなければどうにもならない。
「……右に行く。乱気流が2つなら、まだ突破のチャンスがあるかもしれない」
決断して舵を切る。
ミラは何も言わない。
黙って君の行動を受け入れ、必要なサポートを計算してくれているのだろう。
「もし俺の勘が外れたら心中だな! 一緒にこの星の藻屑になろうぜ!!!」
危機的状況が齎す脳内麻薬のおかげでハイになった君は、こともあろうに心中アプローチなんてものをしてしまうが──
『はいわかりました。その時は喜んでご一緒します』
と、モノ・アイを青く点灯させて答えるミラを見て、 "もう少し長生きできますように" と内心思うのだった。




