27. アサミ(惑星D80編、終)
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──アサミって何なんだろうな
まず、金には困ってなさそうに見える。
着ている服も調査員にしてはしっかりした素材のものだし、いつもどこか余裕がある雰囲気をまとっている。普通、惑星開拓事業団なんて命を張ってまで金を稼がないといけないような連中ばかりが集まってるものだが、彼女はそのタイプには見えない。
君の思考は進んでいく。
──どこかで訓練でも受けたのか? そうとしか思えない動きだった
君にはアサミのような人間が命の危険を冒してまで開拓事業団で働くというのが、どうにも腑に落ちないのだった。
──案外金が理由じゃなかったりしてな
そう思い至ると、君の中で扉を開ける為の鍵──物理鍵なのか電子ロックなのか、そういった鍵の形状がどんな形なのかが分かったような気がした。
そうしてもう少し思考を進めていこうとすると、まるでそれを邪魔する様に──
「ねえ、ケージ。私たちさ、今回の仕事は手ぶらで帰る事になったけれど、もしかしたら運が良かったのかもしれないね」
と、アサミからの声がかかる。
アサミの素性は気になるが、手ぶらで運が良かったというのも気にはなる。
「どういう事だい?」
「ほら、あれ見てよ」
アサミが指で指し示す方向に奇妙なモノが見える。
「ありゃあ……なんだ……竜巻、か?」
巨大なナニカの指が虚空から伸びているように見える不気味なそれは、この世界では宇宙竜巻と呼ばれる宇宙災害の一つだ。
この現象は宇宙空間に存在する超大規模な磁場とプラズマガスの相互作用によって引き起こされる。
発生の一例として、恒星が寿命を迎えた後に放出する星間ガスや超新星爆発の残骸は、非常に高エネルギーで強力な磁場を形成することがある。この磁場が局所的に集中すると、磁場とプラズマの相互作用によってアルフヴェン波と呼ばれる波動が伝播され、渦を巻き始める──これが宇宙竜巻の正体だ。
当たり前の話だが、巻き込まれれば命はない。
超弩級に分類される全長500m以上の宇宙戦艦と言えども木端微塵に粉砕されてしまうだろう。
「惑星D80に向かっているわね……私たちが着陸したポイントとは離れているけれど、あれほど大規模な宇宙竜巻には関係ないわ」
アサミの顔色は良くない。
「マジかよ、じゃああれは?」
「あれって?」
「ええと、俺の言う方向を拡大して映せるか?」
「いいわよ──できた。って、これは……」
君が言う方角を拡大表示してみると、そこには雷雲にも似た黒いガス状の物体が映り込んでいた。
しかも高速で惑星D80に接近しつつある。
「ハイパーキュムロニンバスね。いわゆる宇宙版積乱雲だけれど、なんで惑星D80に……ああ、なるほど。宇宙竜巻の磁場に引き寄せられているのね」
「見る限りヤバそうな雲だなあ」
「まあヤバいわ。内部ではプラズマの嵐が吹き荒れているもの」
気丈そうに振舞ってはいるが、アサミの顔色は更に悪化している。
「おいおい、大丈夫かよ。まあ危なかったとは思うぜ、巻き込まれてたらアウトだったかもな。でも助かったんだしいいじゃねえか。あのロボット共に感謝だな、サンキュークソロボット!」
おっとお前の事じゃないよ、とミラのつるつるボディを掌でこする君の姿は、アサミからはどうつっているのだろうか。
アサミは暫時君を見つめ、その視線に気付いた君はふざけた調子で「怖いのかい? ぎゅっと抱きしめてやろうか?」などと言った。勿論本気ではない。(少なくとも君主観では)小粋なジョークというやつだった。
しかし──
「いいわね、そうして」
アサミは言うなり、船をオートパイロットに設定して座席のベルトを外し、隣に座る君の前に立つ。
アサミの顔は普段の冷静な表情と確実に何かが違っていた。
頬には赤みが差し、先ほどまでの不安そうな様子が消えている。
そして瞳には何か妖しい光が湛えられていた。
君はアサミの様に相手がどんな感情を抱いているかといった事は分からないが、少なくとも朴念仁ではない。
「レミーが後ろで寝ているぜ」
「極度の疲労で休眠状態になっているから、暫くは起きないわよ」
「そうかい」
かちゃりと君の座席のベルトが外される音がなると、アサミがゆっくりと君へ近づいていき──影が重なる。
──『私、タフな男は結構好きよ』
君の耳元でアサミが囁いた。