17.惑星D80③
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君たちの宇宙船は静かに惑星D80の軌道に乗った。
船から見下ろす地上の景色は、荒涼としている。
彼方には廃墟と化した高層ビル群が点々としており、かつての文明の痕跡が随所に見られた。しかし今ではすべてが風化し、無残な姿を晒している。
「もうすぐ着陸するわよ」
アサミが操作パネルを確認しながら言った。
「座標55.36。グリッド2024の近くに降りるから、しっかり準備して」
グリッド2024とはこの惑星に点在している廃墟群の名称で、現在では4000近くのグリッドが存在している。
君とレミーは座席のベルトをしっかりと締め直し、アサミの指示に従った。ブルーバード号は滑らかに降下し、やがて地上へと着陸した。
廃墟群の周囲には荒地が広がり、草木の一本も生えていない。
茶色い土が剥き出しとなり、あられもない地肌をさらけ出していた。
「あの廃墟群は昔の文明の名残ってところね。資料によれば、都市の周辺もしっかりと地面が舗装されていたらしいんだけれど」
アサミが説明する。
かつては人々がここで生活し、働き、夢を追いかけていたのだろう。しかし、今残っているのは荒地と瓦礫と、永遠に続くかとも思われる静寂だけだ。
「じゃあ行こうか」アサミが言い、君たちは船外に出た。周囲には他の宇宙船もいくつか泊っている。見た所、惑星開拓事業団の船であるようだった。
アサミが船を指差しながら「他の事業団員も来ているみたいね。この惑星の清掃作業は大規模だから、私たちだけじゃないのよ」と言う。
君は視線の先にある廃墟群をみながら「でもこれだけでかいと、いつまで経っても終わらなそうだよな」と答えた。
君の言葉にアサミは苦笑しながら頷く。
「この惑星にはあの廃墟群の他にも似たような場所があるけれど、惑星開拓事業団はそういう廃墟群をすべてクリーンにして居住可能な環境を作るって喧伝しているわね。まあ、問題はその事業がそろそろ100年になろうかとしているっていうところなんだけど」
「もしかしたらそこまで真剣にこの辺をきれいにしてやろうっていう気はないのかもな。なんて言うか、ほら、あるじゃん、予算を使いきらないと~……みたいなアレが」
君がそう言うと、アサミは「ありえそう」と少し呆れたように笑う。
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「まさかこんなものまで積んであるとはなぁ」
吹き付ける風に髪をたなびかせ、落っことしてしまったら大変だとばかりに、君はミラを抱える腕に少し力を入れた。
君たちはアサミの船に積んであった小型の調査車両に乗車していた。
アサミが運転し、君が助手席、そして体が大きいレミーは後部座席だ。
さすがに車までは自前ではなく、レンタル車両となっている。
下手な宇宙船よりも実用的な陸上車両の方が値段が高いということも珍しくない。
これは皮肉な話だが、宇宙進出に関しての技術が発展し過ぎたせいで、過去の技術が徐々に忘れ去られようとしているからだ。
とはいえ、開拓事業団が貸し出すレンタル車両のレンタル料金は別に法外なものというわけではなく、開拓団員ならば格安で借りることができる。
その辺は惑星開拓事業団が保有する"技術"が、他の企業とは一線を画すということなのだろう。
車両は無難な性能の調査車両で、なんだか口の中が酸っぱくなるような鮮やかな黄色い塗装がされている。ちなみに塗装はアサミがやったとのこと。
レンタル車両を勝手に塗装しても良いのかという向きもあるが、その辺は基準が曖昧で、車両本体を壊しさえしなければ良いというカジュアルなノリであった。
なお、レンタルにも当然等級による制限があり、素行如何では事業団からレンタルを断られることもある。
「レミー、どう? 狭くない? もう少しだから我慢してね」
アサミの言葉にレミーは軽く腕を上げることで答えた。
ベルトラン外星人にとって、発声しての会話は専門の技術を要するため、声を出さなくて良いなら出さない方が肉体的にも精神的にも楽なのである。
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車は市街地へと入って行った。
ここはかつての繁栄を物語る朽ち果てた遺構だ。
高層ビル群は軒並み崩壊し、その多くは骨組みだけを晒している。
建物の外壁は風化し、かつての企業ロゴや広告が色褪せて見えにくくなっている。地面にはガラスの破片が散乱しているが、調査車両のタイヤはそれくらいではパンクしないため、アサミも気にせず運転を続けた。
「さすがに動くとは思わないけど、車も結構放置されているんだな」
君は窓の外を指してそんなことを言う。
そこかしこに放置された車両は錆び付き、タイヤはぺちゃんこになり、車体の塗装も剥げ落ちているが、好事家などは喉から手が出るほど欲しがるだろう。
「さすがに持って帰れないけどね。もしバレたらお尋ね者になっちゃうよ」
この惑星のいかなるものであろうと持ち帰ることは許されない。惑星D80は地球政府管理下にあり、この惑星の人類生存圏の再構築に関して政府から依頼された惑星開拓事業団が目を光らせている。
まあ、いつの世も手癖の悪いものはいるので、定期的にネズミ狩りが行われたりもするが。
「ここね」
アサミが短く言い、車を停めた。
君たちの目の前には大きなビル……だったものがそびえている。
「清掃部はこのチュウニドラビルヂングの16階よ。他のフロアには別の事業団員が入っているから、間違えないようにしないとね」
「30階建てくらいか。このビルも元は金持ち企業の持ち物だったんだろ? いい暮らしをしていたんだろうなぁ」
君がそんなことを言うと、腕に抱えていたミラがモノ・アイを数度明滅させて答えた。
『チュウニドラビルヂングはかつてこの惑星で栄えていた大企業のビルです。しかし大規模な気候変動により、この惑星が生存に適さない環境となるにつれ、最終的に経営者一族は別の惑星へ逃亡しました。そして惑星の住人たちも次々とこの星を去って行ったのです。現在、惑星D80の気候は安定していますが、かつては連日のように風速100m/sを超える嵐が吹き荒れていたとデータにあります』
熱帯低気圧が「台風」と呼ばれる条件は最大風速17m/s以上である。
風速100m/sともなると竜巻のそれに等しい。
とても人間が暮らせる環境ではないだろう。




