15.惑星D80①
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惑星D80の仕事が決まり、君たちは準備を整えた。準備と言っても単純な清掃業務であり、大掛かりな器具は必要ないのだが。
現地の環境は比較的落ち着いており、有害な放射線で汚染されていることもなく、大気の状態も安定しているとのことだった。
翌日、君たちはアサミの宇宙船「ブルーバード号」に乗り込んだ。
君もレミーも宇宙船は事業団からレンタルしていたが、お世辞にも居住環境が良いとは言えなかった。しかしアサミの船は君とレミーとは違い、完全に自前の船で居住性もよいということで、アサミの提案もあって君たちは彼女の船で現場へ向かう事となったのだ。
「中古で安く売られていた宇宙船を買い取って、内装を少しいじったんだよね」とアサミが説明した。
「よくそんな金があるなぁ」と君は少し驚きながら言った。
この時代、宇宙船は乗用車と同じ感覚……とまではいかないが、大富豪でなくとも少し背伸びをすれば購入できる乗り物という立ち位置である。
つまり買えなくはないが、安い買い物ではないということだ。
基本的に開拓事業団に所属する者たちは金がないか、特別な事情があって大金を必要としており、余分なことに金を使えないのが通説なので、中古とはいえ宇宙船を買う余裕があるアサミのことを君は少しうらやましく思った。
「まあ、そこは伝手でね。退役軍人のおじいちゃんとそこそこ仲が良くて、その辺のあれこれで安く手に入ったってわけなんだぁ」とアサミは笑顔で言った。
──なるほど、パパ活ってやつか
君はアサミがエンパシストであることを思い出し、おそらく孤独な独居老人の孤独感につけ込んで、その承認欲求を満たしてやったのだろう、などとひどく失礼なことを考えていた。
──多分この子は詐欺か何かで首がしまっている状況なんだな。きっと騙しちゃいけない相手を騙しちまったんだ
たかがパパ活だが、されどパパ活である。
特にアサミのようなエンパシストが本腰を入れてパパ活をすると、被害者はひどい目に遭う。
何せ相手の感情の機微がリアルタイムで読めてしまうのだ。
相手が何を求めているか、何に飢えているのか、それを的確に満たしてやれば、財布を開かせることなど借金持ちの売春婦に相場以下の値段で股を開かせるより簡単だろう。
「ねえ、ケージ? なんだかちょっとすごく失礼なこと考えてない?」
名誉毀損に相当することを考えていた君は「ウッ」と声を詰まらせた。
レミーは状況を理解できないのか、小首をかしげながら君たちのことを見ている。
「いや、失礼なことなんて考えていないさ。なんて言うか、生きていくっていうのは簡単なことじゃないからな。清濁併せ呑むというか、綺麗事ばかりじゃどうしようもないこともある。そうだ、俺も──」
君が自分語りを始めようとしたところ、アサミはストップの意味を込めて手のひらを君へ向けた。
「別に変なことなんてしてないよ。ほら、そのおじいさん退役軍人だって言ったでしょ。でね、私もまあ軍属だった時期があってね、その辺で色々とね」
「そのじいさんは今はもう……?」と君がノンデリな質問をすると、アサミは苦笑しながら首を振った。
「全然元気にしてるよ。今は傭兵団で働いているみたいだけど。結構いい年なんだけどね。全身を改造しちゃってるから、生身の部分はあまりないんだけど、そのおかげで老化せずにすんでるのかな、なんて」
君はふと行きつけのジャンク屋のことを思い出す。(第19話 惑星C66、準備よし参照)
「じゃあ私は準備しちゃうね。ほとんど自動運転なんだけど、設定とかいろいろ済ませちゃうから、レミーとケージは後ろのほうでゆっくりしてて。最大限の設備は整ってるからさ」
アサミがコックピットで出発の準備を進める間、君とレミーはそれぞれの寝室に荷物を運び込んだ。
寝室が複数あるというだけでも君のシルヴァー号とは段違いである。
なにせ君の船には寝床すらない。
ちなみに今回の航海は往復で1週間といったところだ。
ハイパーワープの限界距離は理論上存在しないが、ワープに必要なエネルギーは有限だ。距離が長くなればなるほど多くのエネルギーを消費する。だから、そこまで危険ではない航路は巡航速度で移動するというのがこの時代のスペースジャーニー・テンプレである。
「出発するよ。座席に戻ってシートベルトを締めて」とアサミの声がコックピットから響いた。
君とレミーは戻って座席に座り、シートベルトを締めた。船が滑らかに動き出し、徐々に宇宙港から離れていく。窓の外には広大な宇宙が広がっていた。




