セコハン・ローズ再び
◆
注意勧告というのは要するに「行ってもいいけど死んでも知らないよ」という意味であり、事業団が発信するメッセージとしてはむしろ誠実な部類に入る。普段は死んでも知らないという事実すら教えてくれないのだから。
中継点E―91を経由する航路に注意勧告が出た。
出たからどうなるかといえば、別にどうもならない。封鎖ではない。誰もあの宙域を使うなとは言っていない。ただし使って消えても補償はしないし捜索もしないし追悼の言葉もない。つまり平常運転だ。
もっとも、消失者が三百を超えたという噂はステーション中に広まっている。噂というのは管理局の公式発表より遥かに速く伝播する。下層居住区の飲み屋で聞いた話が翌日には中層の商業区画に届いている。逆に公式発表は三日経っても下層に届かなかったりする。情報とはそういうものだ。
そんなわけで君は今日、依頼を受けなかった。
受けられる依頼がなかったわけではない。ステーション外壁のメンテナンス補助だとかセクターD―33の遺棄物回収だとか、命の危険がほぼゼロの地味な仕事はいくつも転がっている。だがどれもE―91に近い航路を使う。近いといっても数十光年単位の「近い」だが、消えた船の中には直接E―91を通っていないものもあるらしい。なんとも気味の悪い話だ。
──まあ、暫くは様子見だな。
という判断に至るのに三秒かかった。君にしては慎重だ。普段なら一秒で「知るか」と言って依頼を受けている。
『珍しいですね。ケージが仕事を選ぶとは』
ミラがレンズを傾けた。
「選んでるんじゃねえよ。行きたい場所がないだけだ」
『同じことです』
「うるせえ」
実際は君のような単細胞の中にも、この様な判断に至った理由の軸のようなものがある。
それは波だ。
運気の波というか、なんというか。
それが今、余り良くないカンジになっている──そんな気がしている。
いわゆる直感というやつだが、君はこの波というやつを信じている。実際それで大儲けしたこともあるのだ。
まあ、最終的には全身ブリキという体たらくなわけだが──。
◆
行く当てもなく下層居住区をぶらついていると、自然と足がそちらへ向いていた。
セコハン・ローズ。
スラム街の外れにひっそりと佇むジャンク屋だ。看板の文字は半分以上が剥げ落ちており、かろうじて読めるのは「セコ」と「ーズ」だけだ。初見の客は「セコーズ」という名の店だと思うかもしれない。
店の前には正体不明のガラクタが山と積まれている。錆びた外殻パネル。配線がはみ出した基板。片方だけの磁気ブーツ。用途を失ったものたちが寄り集まって小さな墓場を形成していた。
「爺さん、いるか」
シャッターは半開きだ。断末魔のような軋みを上げるそれを手で持ち上げて中に入ると、油と錆の匂いが鼻腔センサーに届く。有害物質は検出されないが快適でもない。
奥のカウンターに老店主が座っていた。
眼鏡をかけて薄汚れた襤褸服を纏ったパッとしない爺さんだ。名前はサイモン。この辺りの出にしては珍しく前科がない──らしい。年齢は誰も知らない。君が生まれた頃からすでに爺だったと聞いているのだから、逆算しても大した情報は得られない。
「おう、小僧か」
サイモンは手元の端末から目を上げずに言った。今日はポルノ雑誌ではなく何かの部品カタログを眺めているらしい。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」
「ほう」
カウンターの手前に腰を下ろす。椅子はない。いつもないのだ。客に長居されたくないのか、そもそも客のことなど考えていないのか。どちらにせよ君はカウンターの端に尻を乗せてしまうので同じことだ。
「最近、船が消えてるって話、知ってるか」
「ああ」
サイモンはようやく端末を置いた。顎髭を撫でながら、気だるそうに息を吐く。
「管理局がやきもきしとるらしいの。なんでもあちこちで船が行方不明になっとるとかで、会議だの対策委員会だのとバタバタしておるようじゃ」
「爺さんの耳にも入ってるんだな」
「この店は色んな奴が来るからのう。噂なら嫌でも耳に入る。もっとも、何が起きとるのかまでは儂にも分からん。分かっとる奴はまだ誰もおらんのじゃないかね」
サイモンの口調には焦りがなかった。三百人が消えたという話を聞いても、この爺さんの顔色は変わらない。
「怖くないのかよ、爺さん」
「何がじゃ」
「何がって、船が丸ごと消えてるんだぜ。残骸も信号もなしだ」
サイモンは鼻を鳴らした。
「海が荒れる事なんてままあるもんじゃ」
「海?」
「宇宙は海と同じよ。凪の日もあれば嵐の日もある。海流が変わって馴染みの航路が使えなくなることもある。昔からそうじゃった。儂が若い頃にも似たような騒ぎがあったがの、結局は……まあ、宇宙のほうが勝手に片をつけよった」
◆
「して、最近はどうじゃ」
サイモンが話題を変えた。
「どうって言われてもな。面白い仕事があんまりねえんだわ」
「贅沢を言うの」
「贅沢かねぇ。この前までデブリ回収やってたんだぜ。宇宙のゴミ拾いだ。やりがいはゼロ。報酬もしょぼい。まあ死なねえだけマシだけどよ」
君は天井を見上げた。配管と壁の隙間から細い光が漏れている。
「まあでも、ペルセポネ・プライムの仕事は楽しかったな」
「ペルセポネ──ああ、ヴァリアン博士の依頼じゃな」
「ああ。惑星全体がひとつの生き物みたいな星でさ。岩の塔がオーロラ出して通信してんだ。六本脚の虫みたいな奴らが走り回ってて、星の養分を運んでた。まあなんていうか凄かったんだぜ」
言葉にすると陳腐だ。あの光景の凄みは言語に収まるものではなかった。だが君の語彙力で精一杯やるとこうなる。
「楽しかったか?」
「そうだな、それなりに面白かったぜ。まあ死にかけたけどな」
「ほう?」
「スーパーフレアが来てさ。十二分で焼き殺される距離にいたんだ。ギリギリで逃げたけどよ、惑星のほうは駄目だった。全部焼けちまったよ」
サイモンは黙って聞いていた。
「最後にな、あの星が光ったんだ。数千本の光の柱が立ち上がって……なんだろうな、花火みたいだった。いや、花火なんてもんじゃねえな。もっとこう……」
君は言葉を探すが、しっくりハマる言葉を見つけられなかった。
「……まあ、そんなような仕事がやりたいんだよ。ゴミ拾いじゃなくてさ」
店の奥から空調のかすかな唸りが聞こえる。埃が光の筋の中をゆっくり漂っている。
「怖かったか」
サイモンが言った。
「怖い? そりゃ怖かったさ。焼き殺されかけたんだぜ。粒子が肌に当たったら表面温度が一瞬で数千度だ。サイバネの装甲ごと蒸発する。怖くないわけがねえよ」
「そうか」
サイモンはそれだけ言った。
だがその目が妙だ。
いつもの緩んだ眼差しではない。顎髭を撫でる手は止まり、眼鏡の奥から覗く瞳が君の顔を──いや、君の全身を、ゆっくりと舐めるように見ている。何かを確かめているような、そんな目だった。
「……なんだよ爺さん、人の顔ジロジロ見て」
「いや、何でもないよ。まあ、怖かったなら、いい」
君は気にはなったが、サイモンに問い詰めたところで答えが返ってくる保証はない。のらりくらりと言い逃れされるだけだというのは、これまでの付き合いでよくわかっているため、それ以上追及をせずハァと溜息をつくのみに留めた。
「まあいいや。暫くは大人しくしとくぜ。注意勧告が出てるうちは無理しねえよ」
「それが良かろう。落ち着くまで適当に女遊びでもしとればええ」
サイモンは端末に目を落としたまま、やる気なさそうにそんな事を言った。
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